短編夢小説
restful



主人公設定:ミルラの姉
その他設定:−−−−−



++++++



あの、戦い。
あの魔王を打ち倒した戦いから数年が経過していた。
敗戦国、しかも大地震にみまわれたグラドだが、なんとか復興が進み平和な雰囲気が溢れている。
グラド国の復興に尽力していたかつての魔術研究員ノールは、潮時を感じていた。

もうグラドには平和が訪れている。
これ以上この地に留まる資格は無い。

……留まりたくはない。

行くアテがある訳ではないので放浪する羽目になるだろうが、ノールにはどうでもいい事だった。
これで野垂れ死ぬ事になっても、それはそれで構わないと思っている。

しかしふと、1人の人物が浮かんで来た。
その人物と出会ったのはグラドの王都でエフラムと出会い、彼の軍に入った時。
同じ闇魔法を使うと知りその人物がノールの元に闇魔法について尋ねに来た事がきっかけだ。

名前は、ミコト。
驚いた事に、彼女は実は闇の樹海で魔王の亡骸を見張り、魔物が人の住む地に行かぬよう計らっていた竜族長の実の娘だと言う。
つまり彼女はマムクート。
竜の力を人相手に使うのは気が進まないらしく、それで闇魔法を使っているらしい。


「お父さん、ムルヴァって言うんですけど、すごく強くて優しいんです」


そう言ってミコトは誇らしげに父を自慢していた。
その彼女の父ムルヴァは、魔王に乗っ取られたノールの主、リオンが殺してしまう。
だがミコトはノールはもちろん、リオンにさえ恨み言1つ言わなかった。
悪いのは魔王だと、少なくともこうなるきっかけを作ったグラドの事は少しも責めなかった。
逆に申し訳なさが募り心苦しかったけれど、彼女のそんな優しさに救われたのも事実。
私は大丈夫、と言った時の彼女の笑顔はとても眩しかった。

ミコトとは戦いの合間に闇魔法について何度も話し合ううちに親しくなり、共闘する事も多かった。
ノールはそんな彼女の明るさ、優しさを好ましく思っていた。
正直な話、今も思っている。
戦いが終結した後も彼女に会いたかったが、グラドの復興を手伝いたかったノールは。闇の樹海へ残る彼女と共に居る事も引き止める事も出来ず、別れた。

その別れ際……。


「私、お父さんの代わりに闇の樹海に留まります」
「そうですか。私はグラドへ戻ります。せめて復興を手伝いたいので」
「復興が終わった後は、どうするんですか?」
「どうにも。姿を消せるなら消したいですね」
「……じゃあ、もし良かったら闇の樹海に来て貰えませんか?」
「え?」
「グラドの復興が終わってからでいいんです」
「……どうしてです?」
「闇の樹海なら、人前から姿を消すには丁度いいし……。……いえ、本当はノールさんと離れたくないんです」
「……」
「良かったら来て下さい。……待ってます」


彼女は待っている。
死に損ないの自分に出来る事は、まだある。
いや、本当は自分が彼女に会いたいだけ。
でもきっと自惚れでも何でもなく、彼女が笑顔になる回数は増える。
そうなるのなら、そこに自分が存在する事が出来るのなら。


++++++


一方、闇の樹海。

ミコトは、死んでしまった父・ムルヴァに代わり、闇の樹海に溢れる魔物を倒していた。
魔王が死んでから魔物はぐんと減ったものの消えた訳ではなく、油断すると時々湧いて来る。
ミコトはそれらを、残らず倒していた。


「最近出て来ないなって思ってたのに……まだ、こんなに」


人が相手ではないからかミコトは竜石を使って竜に化身し魔物を撃退する。
やがて魔物を倒してしまった彼女は、溜め息をついて化身を解いた。

この数年、ミコトはずっと闇の樹海に独りで居た。
ノールを待って。
やはり来てはくれないのだろう。
自分が一方的に約束を押し付けたのだし、来る方が凄いだろう。

もう諦めよう。
そう決めた時突然、生き残っていた魔物がミコトに襲い掛かった。
しかしミコトは全く動こうとしない。
ノールを諦めると決めてしまったら、何だか力が抜けてしまった。

魔物の凶器が迫る。
ミコトは動かない。


「ミコトさん!」


思わず振り返ったミコトの視線の先にはノールが居た。
ハッとして魔物を見るが、彼が倒したのか、もう居ない。


「……ノールさん?」
「何を……やっているんですか! 私が来なかったら死んでいましたよ!?」


初めて聞くノールの怒鳴り声に驚いて、ミコトは返事が出来なかった。
彼も我に返ったようで、少し溜め息をついて近付いて来る。


「ノールさん。来て……下さったんですか」
「ミコトさんとは、約束しましたからね」


一方的に押し付けた約束。
覚えて、しかも果たしてくれるなんて……。
ミコトは胸が詰まり泣きそうになる。

ノールはまだ魔物がいる事を疑問に思い尋ねると、ミコトはこの数年、毎日ではなくとも時々出ていたと説明する。
魔王が消え去っても奴が残した負の遺産は完全に消え去っておらず、ミコトはずっと1人で魔物を倒していたらしい。
義妹ミルラは戦いが終わった後にサレフに誘われ、ポカラの里へ行ったらしい。
なぜ一緒に行かなかったのか訊ねると、少し疲れた様子で言った。


「まだ魔物が溢れる闇の樹海を、放っておく訳にはいきませんから。ミルラも、私を独りに出来ない、一緒に残ると言ってくれましたが、せっかくの機会だから行かせましたよ」
「じゃあ……貴女はずっと独りでここに?」
「時々、以前の戦いで知り合った仲間が訪ねて来てくれましたが……。普段はずっと独りでした」


闇の樹海の魔物を外へ出さない為。
そしてノールを待つ為に。
ずっと独りで……。


「……私がもう少し、早く来ていれば……」
「仕方ないですよ。グラドの復興を手伝っていたんでしょう?」


殆ど私が勝手に待っていただけですから、来て下さっただけで嬉しいです、とミコトは微笑む。
その笑顔は心が洗われるようでノールも自然と微笑みを見せた。


++++++


「それにしても、さっきはびっくりしましたよ」


暫くお互いの事を話し合っていた2人だが、不意にミコトは切り出した。
先ほど魔物を避けようとしなかったミコト。
ノールが間に合わなければ確実に死んでいた。
そんなミコトを、ノールは思い切り怒鳴ったのだ。
ノールの怒鳴り声など初めて聞いたので、一瞬体が竦んでしまった程。


「すみません。驚かせるつもりではなかったのですが……」
「いいんです。それ程までに心配して下さったんでしょう?」


そうだ。
あれでミコトが死んでしまったらと考えると身震いさえ出てしまう。
もうあんな真似はしないで下さいと念を押すノールに、素直にうなずくミコト。
本当に馬鹿な事をしようとしていたと思う。
死のうとする前に彼を探すなりすればよかった。
ノールが来てくれなかったら、今頃自分は……。


「……いいですよ、もう、忘れましょう」
「……そうですね」


折角会えた。
過ぎた事より、先の事を考えよう。


「ノールさんは、これからどうするんです?」
「? もちろん、この闇の樹海に住むつもりですが」
「え……?」


まさかそこまで考えているとは思わず、ミコトはつい疑問系で聞き返してしまった。
ノールは不思議そうな顔をして、口を開く。


「何か、マズかったでしょうか?」
「い、いえ! ……その、嬉しくて」


一方的な約束が、まさかここまで発展するなんて、思いもしなかった。
勝手に約束を押しつけて勝手に待っていただけ、そう思っていたのに。
ノールはもう人前に姿を現す気は無いと言う。
どうやらほとほと疲れたようで、ミコトは自分でいいなら傍にいると誓う。
ノールは薄く笑顔を見せて、お願いできますか、と自分から頼んだ。

お互い色んな事がありすぎた。
これからはもう静かに生きていたい。


「でもここ、本当に寂しい所ですよ。人も居ないし何にも無いし」


ミコトは笑って告げるが、ノールは至って真剣な表情で返す。


「私に、余計なものは必要ありません。……貴女さえ居て下されば、それで」
「わ、私ですか?」
「貴女です」


もうふっ切れてしまったのだろうか、ノールは躊躇う様子も無くそんな言葉を口にする。
ミコトの方が照れくさくなってしまい、顔を赤く染めて俯いた。
そんな彼女の愛らしい様子にノールは微笑むが、すぐに少し寂しそうな顔をして、揺るぎない事実を告げた。


「ミコトさん、私は、人間です。貴女たち竜に比べたら、寿命は遥かに短い」
「あ……」
「貴女の一生の……取るに足りない時間しか共に過ごせません。それでも、私が傍に居てよろしいですか?」


そう、ミコトは竜。
気の遠くなる時間を生き抜く種族。
共に過ごしてもノールだけが年老い、そして死んでいく。
その後、彼女はどうするのだろうか……。


「……構いません。私は、ノールさんと一緒に居たいんです」


彼と共に過ごした後なら尚更孤独を強く感じるだろう。
しかし、それでもミコトはノールと共に過ごす事を選んだ。
彼女の決意に感謝し、ノールは微笑んでミコトの手を取る。


「分かりました。これから、よろしくお願いします」
「……はい」


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闇からの予見 ノール

明暗の竜人 ミコト


グラドの復興に尽力したノールは国に平和が戻った頃に姿を消した。
しかし噂によると、彼は闇の樹海でミコトと共に暮らしているらしい。
やがて2人の間には子供も産まれ、寿命の違いが2人を引き裂くまで共に暮らしたという。
この人と竜の恋物語は、静かに語り継がれていく事となる……。





―END―



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