短編夢小説
竜の石



主人公設定:ミルラの姉
その他設定:−−−−−



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フレリア王国。
ルネス王女エイリークは兄エフラムの救出に成功し、フレリア王子ヒーニアスも帰って来た。

そして、
エイリークはロストン、
ヒーニアスはジャハナ、
エフラムはグラド。

それぞれの道へ進む準備をしていた。


++++++


「姉様」


妹のミルラが話し掛けて来てミコトは目を向けた。
彼女はどこか心配そうで不安そうで、きっとあの話題だろうと分かったが、一応尋ねてみる。


「ミルラ、どうしたの?」
「姉様は、本当に闇の樹海に帰られるのですか?」


かつて魔王を封じた魔殿がある闇の樹海。
そこはミコトとミルラの故郷でもある。
各地に魔物が出没しているという事実。
闇の樹海も魔物だらけになっているかもしれない。
父1人に大変な思いはさせられないと、帰るつもりのミコト。


「大丈夫……おとうさんは、強いです」
「だとしても大変なのは変わらないでしょ?」
「はい。でも……姉様は、それでいいのですか?」


一体ミルラが何を言いたいのか、ミコトは少しも分からず首を傾げる。
ミルラは一呼吸置いてから、少し嬉しそうに告げた。


「姉様は、エフラムと一緒に居たいんじゃありませんか?」
「ミ……ミルラ!」


エフラム王子。
さ迷っていた自分達姉妹を助けてくれた人。
ミルラはミコトの態度から、きっとエフラムの事が好きだと感じ取っていた。
ズバリ言い当てられるとは思わず、言い淀むミコト。
姉様がエフラムと結婚したら、エフラムは私のおにいちゃんですね……なんて言うミルラに、ミコトは返答に困ってただ苦笑していた。
まさか、義妹にバレていたとは……他の仲間達にバレていなければいいが。


「おとうさんが心配なら、私が樹海に帰ります」
「ミルラは竜石を探さないといけないでしょ。樹海には私が帰るから」


でも、と引き止めるミルラを宥めて、ミコトは彼女と別れた。
フレリアの城は広い。
ミコトは迷いそうになりながら、なんとか中庭に出る。

頭を冷やしたかった。
ミルラの言う通りミコトはエフラムの事が好きだが、相手は王子。
言う事が出来ず、ただ憧れるしかない。
想うだけの恋は想像以上に辛く、ミコトがやり場の無い溜め息をついた瞬間。


「ミコト?」


突然、いつも焦がれている声がした。
振り返れば愛しい人。


「こんな所で何をしているんだ?」
「エフラムこそ」
「寝る前の散歩だ」


エフラムは明日、グラドに乗り込みに行く。
ひょっとすると戦いの好きな彼も彼なりに緊張しているのだろうか。
事前に他の仲間達に話していたので、ミコトが闇の樹海に帰る事はエフラムも知っている。
ミルラの事をお願いね、とミコトが言うと、任せろ、と力強く告げる彼。
彼ならばミルラを預けても安心だとホッとする。

しかしそれっ切り、会話が途絶えた。
気まずくなった雰囲気を打破するきっかけが見つからず、ミコトは視線を下げる。
が、不意にエフラムが話しかけて来た。


「ミコト……、話がある」
「なに?」
「この戦いが終わったら、ルネスに来て欲しい」
「は……?」


突然の頼み事に困惑するミコト。
ルネスに来いと言われても、自分が何かしたのかと疑問に思ってしまう。
どうして、と訊ねると、エフラムは少しだけ躊躇ってから口を開いた。


「単刀直入に言おう。お前の事が好きなんだ」


あまりにサラリと言い放った為、理解するまでに時間がかかるミコト。
今、彼は何と言ったか……。
好きだとか聞こえたが、誰を……お前とは自分の事だろう、きっと。
エフラムに、好きと言われた……自分が、今?

余りの展開に妄想が幻聴となって聞こえたのではないかと焦る。
エフラムは顔を上げたミコトを見つめ、切り出した。


「お前に初めて会った時、お前はミルラを護ってボロボロだった」


竜石を失ってしまったミルラ。
ミコトは人相手に竜石を使うのを好まない為、昔から使えた闇魔法を駆使し、襲い来る兵士や荒くれからミルラを護っていた。


「あ、あれね。あんな汚い所見られたなんて、恥ずかしいな」
「確かにお前は傷だらけで、血や泥で汚れ切っていた。だが……」


そこで一旦言葉を切り、一呼吸置くエフラム。


「だが、それでもミルラを護ろうと俺達を睨み付けてくるお前を……」


大事な家族を護ろうと、瞳に強い意志を湛えて最後まで抗おうとする。
確かにあの時の彼女は、ボロボロで酷く汚れていたけれど。


「……美しいと思った。あの時のお前の強い瞳が忘れられない」


戦闘中、余裕が出来れば真っ先に目で追っていた。
無事だろうか、生きているだろうか心配で、ピンチに陥っていればすぐに助けに行きたくて。
戦いの最中何度も彼女を助け、また助けられ……。
いつしか、何も言わずにお互いの背中を任せられるようになっていた。


「ミコト、俺は必ずグラドに勝って、お前を迎えに行く。お前さえ嫌じゃなければ、だが」
「……」
「俺と一緒になる事を前提に、ルネスに来てくれないか?」
「きゃっ!」


突然、2人のものではない別の声が聞こえる。
2人が驚いてその方向を見ると、ミルラを連れたエイリークが居た。
どうやら体を動かした拍子に、段差に躓いてしまったようだ。


「エイリーク……」
「す…すみません、兄上、ミコト。盗み聞きするつもりでは無かったのですが……」


畏縮するエイリークの横では、ミルラが嬉しそうに笑っている。
何だかその笑顔に少々後ろめたい思いになってしまうミコト。
ミルラはそれを実に忠実に実行してくれた。


「エフラムから言ってくれたんですね」
「なに……?」
「姉様も、エフラムと同じ事を望まれていました」
「ミルラ!!」


ミルラに突っかかって行こうとしたミコトは、エフラムによって引き止められる。
真摯な眼差しに見つめられて身動き出来ない。
どうしてもミコトの口から聞きたいらしいエフラムは放してくれそうにない。
そして彼女の口から肯定の言葉が出るのには、そう時間はかからなかった。
おめでとうございます、と早速お互いの家族に祝福され、照れくさくなる2人。


「ミコト、ありがとう。俺は必ずお前を迎えに行くからな」
「……分かった。待ってる」


エフラムを信じて微笑むミコト。
幸せな雰囲気に、みんな嬉しさでいっぱいだ。


「でも苦労するかもしれませんよ、ミコト……。……いえ、義姉上ですね」



……あねうえ。
突然出て来たその単語に一瞬、頭が真っ白になってしまう。
あねうえ、エイリークの義姉。
そしてエフラムの義姉、な、訳ではなく。
エフラムの………。


「ま、待って! 気が早いよエイリーク!」
「何だミコト、その気は無いのか?」


俺はその気なんだが、とエフラムが憤慨の表情を作る。
ミコトは焦るが素直に言うのは照れくさい。
微妙に視線をずらしながら、あるけど……と小さく言う。
何だかおかしくて笑い合う4人。
これからの戦いにも希望が持てる気がして、次へ進む勇気となった。

この戦いが終われば、ここに居る4人はきっと家族となる。
新しい生活への期待に胸を膨らませ、翌日、彼らはそれぞれの道へと旅立って行った。


++++++


そして、いくらか時間が流れた。
闇の樹海深部。
魔王にその身体を乗っ取られている、グラド帝国の皇子リオン。
彼の前には2体のドラゴンの遺体がある。
やがて、そのドラゴンの骸が、ゆっくりと起き上がった。


++++++


「ミコトは大丈夫だろうか」


リオンを追い掛けて、闇の樹海に足を踏み入れたエフラム達。
闇の樹海に帰っている筈のミコトの事が気がかりだった。
その不安を払拭するかのようにミルラは、おとうさんも姉様も強いですからと微笑む。


「そうか、お前達の父がいるんだったな」
「では兄上、『お嬢さんを下さい』と言わなければならないのでは?」
「……エイリーク……」


奥へ進んで行く一行。
突然、ミルラが反応を示した。
どうしたのかとエフラムが声を掛けた瞬間、樹海の奥から魔物が押し寄せて来るのが目に入る。

エフラム達は魔物に立ち向かって行くが、ミルラは嫌な予感が消えずにいた。
闇の樹海には父と義姉が居る筈。
それなのに何故こんなに魔物が溢れて来ているのか。
遥か昔から人の住む地へ魔物が出ないように戦ってきた二人なのに、こんな事を許す筈などないのに。

ただただ胸が苦しくなるのを抑え、ミルラも竜石で化身し、戦った。


++++++


そこは、尽きる事のない悠久の闇だった。

私は……。
もう、何も分からない。
ただ最後に見えた薄緑の髪は……。



……エフラム。


++++++


魔殿の前には、2体のドラゴンゾンビが居た。
肉は爛れ、骨が至る所から露出している。


「油断するな! 苦戦するようなら、双聖器を使うんだ!」


軍の仲間達に指令を飛ばすエフラムをどこか泣きそうな顔で見ていたミルラだが、エフラムに声を掛けられ我に返る。
調子が出ないなら危ないから下がっていろと言うエフラムは言うが。
エフラムには、エフラムだけには、あのドラゴンゾンビを倒させる訳にはいかない。


「あの、エフラム。ここは私に任せてください」
「何だって? ……駄目だ、危険だ」
「大丈夫ですから、どうかお願いします」


頭を下げるミルラに、エフラムは少し考え込んで道を譲る。
危険だが、彼女がここまで言うからには何か考えがあるのだろう。
無理はするなと念を押して、一体をミルラに任せてみる事にする。

ミルラは、今は見る影もない姉の前に立った。
かつてミコトだったドラゴンゾンビは、ミルラを認識する事無く腐敗のブレスを放った。
竜石の力によって竜に化身したミルラはそれに耐えブレスを放つ。
実の家族ではないとは言え、両親を失った自分を家族同然に扱ってくれた義父と義姉。
大好きなのに、いくら感謝してもし足りないのに。

倒したと思っていた。
倒れゆくであろう、かつて義姉だった死竜を見ていられずに目を瞑っていたミルラだが、ふと、妙な気配に目を開く。
ギリギリで体力が残っていたらしい死竜が、すぐに第二撃の腐敗のブレスを放とうとしていた。
もうミルラには腐敗のブレスに耐えられるだけの体力は残っていない。

それに気付いたエフラムは死竜がブレスを放つ前に、ミルラの前に進み出てジークムントを振るう。
槍の切っ先がドラゴンゾンビの体を貫いた。

……瞬間。


「……エフラム……」
「………?」


今、確かに。


「……ミコト?」


気のせいだろうか。
確かに今、ミコトの声が聴こえた。


「ミコト……まさか、居るのか? どこだ!」


エフラムが辺りを見回して目を逸らしている間に、かつてミコトだったドラゴンゾンビは、跡形も無く消えて行った。


++++++


ねぇ……エフラム……、どこ見てるの?
私はここだよ。迎えに来てくれたんだよね?
エフラムの生まれ育った国に連れて行ってくれるんでしょ?
……多分、私そこで暮らす事になるよね。
エフラムの、お嫁さんになるんだから。

……エフラム?
どこに行くの?

やだ、置いてかないで!
私も一緒に行く!
どうしてこっち向いてくれないの!?
行かないで、私に気付いてよ!

エフラム!!


++++++


魔王を倒し、大陸に平和が戻った。
闇の樹海に居た、あの2体のドラゴンゾンビ。
1体がミルラ達の父であるムルヴァ。
そして、もう1体が……、

ミコトだった。

あの後ミルラから聞かされた事実がエフラムを絶望に染めるのは容易だった。
しかしそれでも彼は自分を保ってリオン、そして魔王に挑み、勝利を収めた。
この事は、エイリークや家臣達には、戦いが終わってルネスに帰り着いてから告げたのだが、それまで1人で抱え込んでいたエフラムの胸中は察するに余りある。

生涯を共に過ごしたいと思っていた女性に自らの手で止めを刺した。
ミルラは、既にあの時ミコトは死んでいて、エフラムは亡骸を利用されていたミコトを助けたのだと言っていたが。
自分は、全く気付いてやれなかった。
確かに最後ミコトの声が聴こえたのに、全く気付かず彼女の側を立ち去ってしまった。
気付けば、最期くらいは一緒に居てやれたかもしれないのに。

今、エフラムはミコトの形見と共にある。
帰りにミコトが居た場所を通った時、落ちていた竜石を拾った。

ミコトの、唯一の形見だった。

ミコトそのものを表しているかのような、とても美しい石。


「……ミコト……」


余りにも美しすぎて、

エフラムはただ、こみ上げて来る嗚咽を抑える事しか出来なかった。





−END−



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