短編夢小説
支え合いのカタチ


 
主人公設定:エリウッドの従妹
その他設定:−−−−−



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オスティア侯弟ヘクトル。
彼に最初に会った頃、印象は余り良くなかった。
いつも穏やかで優しく紳士然とした従兄エリウッドとは正反対のような人で、粗暴さも感じられ顔を顰めた事もある。

しかし真面目なエリウッドが親友として信頼している所から見て、悪い人ではないとは思っていた。
竹を割ったような性格は好感が持てたし、上流階級で育って来たミコトにとってヘクトルのようなタイプは初めて。
それだけで興味を持つには充分だった。

エリウッドの父エルバートを探しに旅立ってから幾日も過ぎ、様々な辛い事が襲い掛かって来る。
それに疲れるのは当然の事で、一番辛いであろうエリウッドの手前、誰にも言わずにいたのだが。
そんなミコトの変化に気付いたヘクトルが、彼女にしつこく付き纏う。


「なあミコト、お前やっぱり無理してるだろ。かなり参ってねえか?」
「ですから、何でも無いと言っているではありませんか。ただの戦いによる疲労です、それは皆さん同じでしょう? なのにわたしだけが気を遣われる理由などありません。少し休めば治りますわ」


誰にも気取られたくないのにしつこく疲労を言い当てるヘクトルに対し、つい素っ気ない態度を取ってしまうミコト。
本当は敬愛していた伯父エルバートの死や日々の血腥い戦いに関しても心身共に参っているのだが。
そんな思いをしているのは自分一人ではないし、エルバートの死に関しては自分よりエリウッドの方が遥かに傷付いている。


「大体、ご自分はどうですの? 人の心配ばかりするなんて余裕ですわね」
「俺は強ぇし体も丈夫だからいいんだよ。お前やエリウッドは精神は弱くないけど体はそんなに強い方でもないだろ。そういうタイプの奴が一番調子を悪くし易いからな」
「知ったような事を言わないで下さいまし!」
「知ってるに決まってんだろ、伊達にお前らフェレ家と10年来の付き合いしてねえよ」
「……」


真顔でそんな事を言うヘクトルに調子を狂わされてしまうミコト。
反発したい訳ではないのにどうしてもヘクトルの前では素直になれない。
疲労を隠しているのは誰に対しても同じだが、万が一心配されても柔らかく対応する事が出来る。
しかしヘクトルに対して出してしまうのは、やや冷たく刺々しい態度だ。

こんな態度を取ってしまう自分に嫌気が差し、失礼します、とヘクトルの方も見ず立ち去る。
謝らなければならないのに勇気が出ず、浮かない顔で野営地を歩いた。
そんな彼女に声を掛けたのが従兄のエリウッド。


「どうしたんだ、何だか機嫌が悪そうだね」
「エリウッド様……。ヘクトル様を何とか止めて頂けませんか? 付き纏われて困っていますの」
「え、ヘクトルに?」
「的外れな心配ばかりをされて疲れましたわ」
「……ああ、君もか。きっと的外れじゃないよ」


エリウッドの言葉に疑問符を浮かべるミコト。
的外れじゃない、とはまさか、自分の疲労をエリウッドに悟られているのではという考えに至り、慌てて首を横に振ろうとするが。
彼は苦笑しながらミコトの頭を優しく撫でた。


「フェレの血なのかな……きっと君は僕と同じ、他にも辛い人は居るんだと考えて誰にも疲労を訴えないタイプだろう?」
「え……」
「そんな無理をしてしまう人なら沢山いるけど、僕は家族や親しい友人にも黙ってしまうから、悪化させて却って迷惑を掛けてしまう事もあるんだ。それで更に自己嫌悪に陥ってしまったり……」


まさにミコトも彼と全く同じタイプだった。
数年前に具合が悪くなったのを黙っていた結果、悪化させて余計な迷惑を掛けてしまった事がある。
それで更に自分を責め、もっと強くならねばと益々自分に厳しくなった。
今回もそう、エリウッドの方がもっと辛いし戦いで疲弊しているのは皆同じだと疲労を黙っている。
目先の迷惑しか考えず、無理をして後々かける大きな迷惑の事を考えていない。


「後々の大きな迷惑を掛けない為だと考えれば、時々は誰かに吐き出すのも有意義な事だよ。僕もヘクトルにそう諭されて、親友である彼ぐらいには甘える事にしたんだ。僕じゃ近すぎて逆に遠慮が出てしまうんだろう、ヘクトルぐらいの友人の距離感が一番いいよ」
「けれどわたし、聞いて頂いた所でそれまでですわ。エリウッド様はヘクトル様と支え合う事が出来ますけれど、わたしは彼に何もして差し上げられない。いくら友人でも、甘えっぱなしでは只のお荷物です……」
「ミコトがヘクトルにしてあげられる事は、ヘクトルに訊いた方がいい。何も出来ない人なんて居ない、きっと君はヘクトルの役に立てるよ」


エリウッドの優しい笑顔に背中を押された気がして、お礼を言い立ち去る。
取り敢えずは心配してくれたヘクトルに冷たい態度を取ってしまった事を謝らねばならない。
そして話を聞いて貰い、自分に出来る事を彼に訊ねて恩を返せばいい。
なかなか見つからずに歩き回っていたが、やがて野営地を少し外れた所にヘクトルを見つけた。


「ヘクトル様!」
「よおミコト。どうした、もうメシか?」
「いえ、そうではないのですが……先程は申し訳ありませんでした。心配して下さったのに、あんな冷たい言い方……」
「ああ、別に気にしてねえからいいよ。エリウッドも最初はお前みたいだったんだ。無理を悟られないように頑張ってたもんだから、しつこい俺にとうとうキレたりな」
「あ、あのエリウッド様が……ですか」
「お前ソックリだぜ、やっぱ従兄妹だなお前ら」


嬉しそうに笑って背中を軽く叩いて来るヘクトルに、ミコトも心の支えが取れて行く気がした。
そしてヘクトルに話を聞いて貰うミコト。
戦い続きで辛い事、敬愛していたエルバートを亡くして引き裂かれそうな程に悲しかった事、様々な苦難に耐えて気丈に振る舞うエリウッドに胸が苦しくなる事。

ヘクトルは茶化したりせずに聞いてくれたし、ミコトの話が終わる度に気遣いや労い、アドバイスなどをしてくれた。
本当に胸が軽くなって心なしか体調まで良くなったような気がする。
気がするだけかもしれないが、気がするとしないとでは大違いだろう。


「顔が明るくなったじゃねえかミコト、後は体の方もちゃんと休めれば良い感じだと思うぜ?」
「有難うございますヘクトル様。わたし本当は、ずっと誰かに聞いて頂きたかったのかも……胸の支えが取れたようですわ」


ミコトは気付いていなかったが、彼女がこんな風に心から笑うのは随分と久し振り。
旅で再会してからこっち、以前のような笑顔が無い事に気付いていたヘクトルは、何とかミコトを心から笑わせたいと思っていた。
過酷な旅の途中だからこそ、休息の時は心からの笑顔が出るくらい休まって欲しい、彼はずっとそう考えているがミコトには言わなかった。

さて、話を聞いて貰ったからには今度はミコトがヘクトルに返す番だ。
わたしに何かして差し上げられる事はありませんか、と訊ねるミコトだが、ヘクトルはあっけらかんとして言い放つ。


「ミコト、お前が無事で戦いを生き抜く事。俺はそれだけでいいよ」
「え……。お待ち下さい、それではわたしが一方的にお世話になっただけではありませんか。遠慮などなさらずに何か仰って下さいませ」
「いーからいーから、はい終わり終わり! とっとと飯にするぞ!」
「まだ夕飯までは時間がありますわ! 頼りないかもしれませんが、一生懸命頑張りますから!」


逃げるヘクトルを追い掛けるミコト。
少しおかしな光景に、周りの仲間達から自然な笑みや笑いが零れ落ちる。

ヘクトルは、ミコトに黙っている大事な事がもう一つだけあった。
だがそれもまだ言うつもりは絶対に無い。
この戦いが無事に終わり大陸に平和が訪れた時、告げるのはその時だ。
だから決してミコトを失う訳にはいかない。


「(礼なんてそんなの気にすんなよミコト、寧ろ俺が守ってやるぜ。お前が無事に生き残るのが何よりの俺の支えだ)」


追い掛けて来るミコトをちらりと見やるヘクトルの心中、それを彼女が知るのは、まだまだずっと後の事だった。





*END*



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