短編夢小説
試練かもしれない



主人公設定:エリウッドの従妹
その他設定:−−−−−



++++++



大陸の命運を懸けた戦いから一年が過ぎ、フェレ侯爵を継いだエリウッド。
就任してから半年も過ぎた頃には、領内や国内もすっかり落ち着きを取り戻し、父が居た頃のような穏やかさを見せている。
正式な侯爵としての日々にも慣れつつあるエリウッドは、そろそろ恋人である従妹ミコトとの婚姻を真剣に考え始めていた。
幼い頃から共に過ごして来た彼女となら、きっと円満な家庭を築けると幸せな未来を想像する。


「ミコトは喜んでくれるだろうか……。まだまだ侯爵としては未熟だけど、真摯に伝えればきっと分かってくれるはず」


そもそも、ミコトとエリウッドは結婚を前提とした付き合いをしている。
喜ばないはずは無いと緊張する心を押さえつつ、処理していた書類を片した瞬間、執務室の扉を遠慮がちに叩く音が。
入れてみれば、つい今し方想っていた恋人の姿。
俯き気味でどことなく元気の無さそうな彼女を心配して、エリウッドは控え目に声を掛ける。


「ミコト? どうしたんだ、仕事なら一段落ついた所だから、入り口に立ってないで入りなよ」
「……」


しかしミコトが動く気配は全く見られない。
どうしたのか心配して傍へ寄ろうと立ち上がるエリウッドだが、その前に彼女が口を開いた。
その口からはエリウッドが絶対に聞きたくなかった言葉が紡がれる……。


「……エリウッド様、わたしと離縁して下さいまし」
「……」


時間が止まり、嫌な感じの沈黙が続いて声を出す事が出来なくなる。
暫く後、やっとエリウッドから出たのは「えっ?」という間の抜けた声だ。

いや、まさか、だって。
今まで結婚を前提に付き合い、戦いが終わって正式に爵位を継ぐまでは何の問題も無かった。
正式に爵位を継いでから今までの半年は少し忙しさが増して接する機会が減ったものの、これから求婚して挽回しようと考えていた所で……そう、まさにこれから。

そもそも結婚してもいないのに、離縁とはちょっと違う気がするが。


「待ってくれミコト、いきなり言われても納得できない。理由を教えてくれないか」


動こうとしないミコトを宥めて中へ入れ、ソファーに座らせ向き合う。
そんないきなり婚約解消されても理由が無ければ納得できる訳がない。
ミコトは俯き黙り込んでいたものの、やがてぽつぽつ話し出した。


「わたし、エリウッド様と結婚するつもりでしたわ。そして2人で幸せな家庭を築いていきたいと」
「ぼ、僕だって君と同じ考えでいるよ。なのにどうして婚約解消なんて……」
「……わたし、エリウッド様と……幸せな家庭を…」


よく見てみると、俯いているミコトは頬をほんのり朱に染めている。
ますます訳が分からなくなるエリウッド。
自分と幸せな家庭を築きたいと思ってくれているのなら、何故ミコトは婚約解消などするのか。


「ミコト、言い難いなら待つから……。ゆっくりでいい、婚約解消の理由を教えてくれ」
「……だって、わたし……」
「うん」
「わたし、子作りなど恥ずかしくて出来ませんわ!」



…………。



また沈黙。
何の冗談かと思ったが、彼女は至って本気らしい。

それは、婚姻したらいずれは子供を、と考えているのは確かだ。
ミコトとの子供なら欲しいし、侯爵家の主として子孫を残す義務もある。
子作りが出来ないとは、つまり子を成すに至る行為が出来ないという事で。
男女なら女性の方が不安に思いやすいのは分かるが、エリウッドもどう宥めていいか分からない。


「えーっと、ミコト。何と言えばいいか……。不安なのは分かるけど」
「あんな、あれをああしてそんなんであんなんで……。あぁ、無理です! そんな破廉恥な行為!」
「ちょ、ちょっと。分かったから声を抑えて!」


興奮して声が大きくなる彼女を宥めるエリウッド。
エリウッドは自分が随分と温室で育てられたと自覚があったのだが、子作りに必要な行為を破廉恥と言う辺り、彼女の方が上だったようだ……。


「無理ですわ不可能ですわ恥ずかしくて死んでしまいますっ」
「……えっと、取りあえず、ゆっくり話そうか……」


行為に関してはエリウッドも未経験なので、あまり深くは言えない。
だが流石に内容は知っているし、好きな人が相手で大っぴらにしなければ破廉恥だとも思えない。
何より嫌われた訳でもないのに婚約を解消されるなんて嫌すぎる。


「ミコト、僕だって未経験なんだよ。一緒に乗り越えてこそ絆も深まると思うんだけど」
「駄目です、やっぱり恥ずかしいですもの……! あんな事をするなど、例えエリウッド様が相手でも恐いのです」


ミコトの発言でさり気にショックを受けつつ、エリウッドは何とか正気を保って笑顔を作る。
大体、今までそんな事は全く気にしていない様子だったのに、突然どうしたというのだろうか。
結婚という現実が迫って来て急に恐くなってしまったのかもしれない。


「ミコト、一体どうしてしまったんだ? 今までは普通だったのに……」
「……実は」


ミコトの口から紡がれた言葉、それは……。


++++++


それから更に少し経った頃、エリウッドの親友ヘクトルのオスティア候即位式に招かれたフェレの二人。
そう、ミコトとエリウッドの二人である。
何とか婚約解消せずに済んだ二人だったが、エリウッドは即位式が終わった後、ヘクトルと二人きりで話を始める。
ミコトが行為を恐がって婚約を解消しようとしていた事、そしてその原因を作ったのが……。


「あっはっは、悪ィ悪ィ! まさかミコトの奴、そこまで恐がるとは」
「結局は君の親切だったから許すけど。彼女はそういう性格なんだから」
「いやぁ、ミコトの事に関しちゃお前には一生勝てないだろうな」
「全く……すぐそうやって調子の良いことを言う」


大陸に平和が戻ってから数ヶ月後、エリウッドとの婚姻を真剣に考えるようになったミコト。
だが子を成す事に関して詳しく知らなかった彼女は、その事を相談できる相手を探していた。
エリウッド本人に相談するのはどうにも気が引けてしまったのである。

そこでミコトが白羽の矢を立てたのが、エリウッドや自身の親友でもあるヘクトルだった。
手紙で不安を伝えると、最初の返信はエリウッドと話し合った方がいいというものだった。
だがエリウッドに相談できないからこそヘクトルを選んだミコトは、食い下がって何とか詳しく教えて貰おうと更に手紙を返信してしまう。
そして返って来たのが、ちょっと初心者にはハードルの高い内容だった……。


「ミコトが婚約を解消したくなる程の内容で返すなんて、もうちょっと考えてくれよ」
「マジで悪かったって。次からは気をつける」
「次は無い!」


エリウッドは婚約解消しようとしたミコトを、宥めすかして考えを変えて貰うハメになった。
彼女もエリウッドを嫌いになった訳ではないので、冷静になるととんでもない事を言ってしまったと分かったようだ。
すっかり仲直りした二人は結婚を目前に控える。


「お前らの結婚式、楽しみにしてるぜ。なんせ昔から見てきた二人だからな」


ヘクトルの言葉に、半分怒り気味だったエリウッドも笑顔を浮かべた。
今度こそ、憂う事もなく未来を浮かべられそう。
そこへミコトがやって来て一礼し、嬉しそうにエリウッドへ寄り添った。


「こちらに居ましたのねエリウッド様。そろそろ出発だそうですわ」
「もうそんな時間か。じゃあヘクトル、もっとゆっくりしたかったけど……。またいつかにするよ」
「あぁ。二人ともちゃんと仲良くしろよ」


ヘクトルの言葉に苦笑して顔を見合わせた二人は挨拶して去って行く。
ミコトはエリウッドの腕に抱きついて、いかにも幸せそうな様子だ。
そんな二人を、ヘクトルは微笑ましく見送った。


++++++


フェレへの帰路に就く馬車の中、エリウッドは改めてミコトへ告げる。


「ミコト、これからも何があるか分からないけど二人で乗り越えよう。君と一緒なら、僕は何でも出来る気がするよ」
「はい。わたしも以前は早まりすぎましたわ。エリウッド様と共に生きて行きたいと思っております」


取りあえず二人にとって当面の試練は、ミコトが婚約解消を望む原因になった事だが……そう急ぐ事も無いだろう。
そっと手を握り合って、どんな試練にも負けない事を静かに誓った。





*END*



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