短編夢小説
想いの料理



主人公設定:エリウッドの妹
その他設定:−−−−−



++++++



「ロウエン! 良かった、探してたのよ」


静かなフェレ城内、こんなに騒がしい声を上げる女は仕事に追われた侍女か、後はフェレの公女であるミコトぐらいのもの。
声を掛けられた従騎士が振り返ると慌てて駆けて来る影がある。
血筋に忠実な真紅の髪と青い瞳は、間違い無くフェレ公女のミコトだ。


「ミコト様、どうかなさったんですか?」
「うん、ロウエンに頼みたいお願いがあるの」
「お、おれに?」


主君である彼女が従騎士の自分に何の用だろう。
少々緊張しながら言葉を待つと、ミコトは笑顔になって言葉を放つ。


「わたしに、料理を教えてちょうだい!」
「……えっ?」


予想外の言葉に呆気に取られるロウエン。
前髪に隠れて見えない瞳はきっと、驚きに見開いている事だろう。
しかし逆にミコトが自分に用事がある場合、他には浮かばない。
取りあえず何故だか理由を訊ねると……。


「わたしの大事な人にプレゼントしたいの。絶対に喜んで欲しいもん」
「……ミコト様の大切な方に、ですか」


一瞬チクリと胸が痛んだが臣下の立場を思い出し抑えるロウエン。
ミコトもそろそろ年頃だ、そんな想い人が居たって何の不思議は無い。
誰に渡すのだろうと余計な事を考えてしまうが、自分は臣下なのだから下手に希望を抱かない方がいいと、ロウエンは落ち着く。


「おれを頼って下さるのは光栄至極ですが、大切な方への贈り物でしたら、おれよりも料理長に習った方が宜しいのでは……」
「ロウエンじゃないと意味が無いの! わたしはロウエンに習いたいのー!」


そんな事を言われては、余計な希望を抱いてしまいそうだ。
違う、ミコト様はただ料理を習いたいだけで……。
第一、渡す相手に習ったりはしないハズ。
期待を抑えつつ、頼られる喜びに震えるロウエン。


「承知しました、おれなりに全力を尽くします!」
「ありがとうロウエン! じゃあ、さっそく厨房に行きましょ。料理長にはもうとっくに話をつけてあるから」


さすがミコト、もしロウエンが断ったら……なんて考えなかったのだろう。
まぁミコトならば無理矢理にでも連れて行きそうなのだが。
厨房に辿り着いた2人、ロウエンが何を作りたいのか訊ねると、またも彼女の口からは意外な答えが返って来る。


「マーカスに聞いたんだけどロウエンって、領内視察の時に父上の食事を作ってるんでしょ?」
「はい。エルバート様のお気に召したようで、ご用意させて頂いています」
「じゃあ、その料理を教えてよ」


本当にそれでいいのだろうかと迷うロウエン。
確かに栄養や味に気を配った品ばかりだが、見た目は割と地味だ。
想い人に渡す料理ならばもっと、華やかな見た目の料理がいいのでは。
しかしミコトは頑として意見を変えない。


「いいから教えなさいロウエン、命令よ!」
「は、はいっ!」


やはり臣下として、命令の単語を出されると弱い。
貯蔵庫から材料を持ち出して並べ下拵えする。
まずは野菜の皮剥きだが…ミコトは果たして出来るのだろうか。


「……ミコト様、おれが下拵えしましょうか?」
「それじゃ習う意味がないじゃない。いいから教えてよ、切るのよね?」


何だか心配になりつつ、包丁の持ち方から素材の動かし方まで教える。
熱心に聞き入るミコトは本気のようで、少し戸惑っていたロウエンも気を取り直したようだ。
下拵えにかなり悪戦苦闘してしまったミコト、疲れたー! と言うが、その顔は笑顔だった。
苦労さえも笑顔に変えてしまうミコトの想い人とは何処の誰なのだろう。
今の和やかな雰囲気なら訊いても大丈夫かと、ロウエンは意を決する。


「ミコト様、料理、喜んで頂けるといいですね」
「うん。わたしが作ったなんて言ったら、絶対にビックリするよ! 早く渡したいなぁー……」
「一体どちらのご令息なんです? その幸せな方は」


ついに訊いてしまった。
内心ドキドキしながら、どこの貴族の名が出て来るのか思考を巡らせる。

もしかしたら懇意にされているオスティアのヘクトル様……それとも、今まで詳しい話が聞こえて来なかった事を考えると、ひょっとすると他国の方かも?
そう言えばベルンの王子は年も近い……いや、エトルリアには名門貴族が沢山あるし、そちらの……。
考えれば考えるだけ頭と胸が痛くなって来る。
まぁ、そうしながらも料理の腕を止めないのは、さすがと言った所か。

しかし、ミコトがなかなか教えてくれない。
マズかったかと不安になりつつ彼女を見ると。


「あはははっ! ご令息って……違うよロウエン!」
「へっ?」


何故かミコトが、突然笑い出してしまった。
何が起きているのか分からないロウエンが唖然としていると、まだ少し笑っている彼女が教えてくれる。


「あのね、この料理は父上に差し上げるの」
「エルバート様に……?」
「そう。だから、父上のお食事をお世話した事のあるロウエンに頼んだんじゃないの! 大事な人って好きな殿方だけを指す言葉じゃないわよ」


確かにミコトは、大事な人……としか言っていない。
家族だって充分に大事な人と言える訳で。
早とちりと勘違いを起こしていた事実に、ロウエンは唖然としたあと力が抜けたように息を吐く。


「も、申し訳ありませんミコト様! 早とちりして、とんだ勘違いを……」
「んー。別にそんな謝られる事でもないんだけどね。何でそんな慌ててるの?」


核心を突かれ、落ち着きつつあったロウエンの心が再びざわつき始める。
まさか、ミコトへ密かに想いを寄せているから、彼女の色恋が気になったなどと言えない。
何とも言えずにあたふたするロウエン。
ミコトはニコニコと笑顔で、怒ってはいないようだ。


「あはは、別に責めてるんじゃないわよ。ま、それはいいから続き!」
「は、はい!」


ミコトの方から話を終わらせて助かったが……。
いざチャンスを逃してみると、少しだけ惜しい気もするロウエンだった。


++++++


やがて完成した料理を持って父エルバートの元へ向かったミコト。
随分喜んで貰えたらしく、再び彼女がロウエンの元を訪ねたのは翌日だ。
明るい満面の笑顔で礼を言うミコトに、ロウエンも嬉しくなる。


「ロウエン、昨日はありがとうね! 父上、すっごく喜んでくれたよ!」
「お役に立てて光栄です、ミコト様」
「でね、ロウエンにお礼をしたいんだけどー……」


思いがけない提案に、ロウエンは首を振って遠慮する。
お礼が欲しくてやった訳ではないし、主君であるミコトの命令だし……。
何よりロウエン自身が個人的に、ミコトという1人の人物の為にやりたかっただけ。
だがミコトも頑固で言い出したら止まらない。


「いいから、ねっ! はいこれ、お礼!」


半ば無理矢理に手渡されたのは、可愛らしくリボンが巻かれた袋。
開けてみると中にはクッキーが入っていた。
ミコト曰わく、手作りではなく、町まで行って買って来たらしい。
手作りじゃなくてゴメンねと謝るミコトだが、それでも嬉しいものだ。


「おれなんかに、ここまでして下さって……。有難うございますミコト様、大切に食べます!」
「やだ、元はロウエンがわたしに良くしてくれたんじゃないの。いつかちゃんとした手作りをあげるからね」


昨日からミコトの言動は、従騎士であるロウエンを恐縮させ、そして期待させるのに充分な威力だ。
それじゃあねー、と走り去るミコトの後ろ姿を見送ったロウエンは、袋からクッキーを1枚取り出し、実に幸せな気分で口に運んだ。





*END*



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