短編夢小説
お帰りなさい



主人公設定:エリウッドの従妹
その他設定:−−−−−



++++++



「ミコト……。いま何て?」
「ですから、わたしもエリウッド様の旅のお供に加えて下さいまし!」


ここはフェレ城。
フェレ分家の一人娘であり、エリウッドの従妹であるミコトが、先程からエリウッドに縋っている。
今から約ひと月前に、フェレ家の当主でエリウッドの父親であり、そしてミコトの伯父でもあるエルバートが謎の失踪を遂げた。
不安が募る家や領内を見かねて、ついにエリウッドは父を探す旅に出る事を決める。
今は出発の準備を整えているところ。

そこへ話を聞きつけたミコトがやって来た。
彼女はエリウッドを見つけるなり、挨拶もそこそこに彼に本題を話す。


「エリウッド様、わたしも共に、エルバート様捜索の旅へ参りますわ!」
「……え?」


暫しの沈黙が訪れ、その後に冒頭の状況になってしまったという訳。
エリウッドは呆然とした後に戸惑いながらも口を開く。


「その荷物は……。まさかもう、準備万端?」
「ええ、勿論です」


ミコトは程よい大きさの鞄に旅の準備を整えていた。
よく見れば格好も動きやすい旅装である。
余りの出来事に呆然とするエリウッドだったが、やっと我に返り、慌てて首を横に振った。


「駄目に決まってるじゃないか。危険な旅になるかもしれないんだ」
「だからです。エルバート様が心配ですし、それにエリウッド様お1人が危険な思いをされるなど……。身につまされますわ、耐え切れません!」
「マーカスも居るから」
「供は多い方がよろしいではないですか」


ミコトは1歩も引く気が無いようだ。
この見た目の穏やかさに似合わぬ頑固さはフェレ共通なのかもしれない。
エリウッドは、どうすれば分かってくれるのかと困惑してしまう。


「頼むよミコト、言う事を聞いてくれ」
「いくらエリウッド様のお言葉でも、聞くわけには参りません」
「……君を危険な目に遭わせたくないんだよ」
「そ、それはわたしも同じ事ですわ」


エリウッドが真剣な表情で気遣ってくれる事に流されそうになりつつも、ミコトは何とか持ちこたえて食らいつく。本当に引き下がる気は無い。
2人の時間が止まり、お互いを見つめ合ったまま動かなくなった。
その止まった時間を動かしたのは、エリウッド。
困ったようにミコトの肩に手を置いて、少し寂しそうな表情をする。


「ミコト、本当に頼む。フェレに残ってくれ」
「いやです……。エリウッド様を黙って見送るしか出来ないなんて」


本当に命を賭けた危険な旅になるかもしれない。
絶対に口に出したくは無いが、万が一、という事だってある。
そんな事にさせたくない、エリウッドを護りたい。
しかしエリウッドは困ったような切ないような顔のまま、ミコトが本当は考えたく無い事を口にする。


「もし、この旅で僕と父上が死んでしまったら」
「そんな……っ、エリウッド様!」
「聞いてくれ!」


縁起でもない事を言うエリウッドを止めようとするミコトだが、エリウッドは逆に止めると続きを話す。
言わなければならない、きっとミコトは分かってくれる。
そんな期待と信頼がエリウッドにはあった。


「勿論、父上と生きて帰るつもりだよ。でも万が一……が無い訳じゃない。そうなったら兄弟も居ない僕だ。君の父上がフェレの当主になって、一人娘の君が世継ぎとなる」
「……!」


確かにそうだ。
フェレ当主エルバートの弟であるミコトの父、そして一人娘の自分。
万一の時、フェレを継がなければならない。


「僕と父上、そして君までが死んでしまったら……叔父上の後、誰がフェレを継ぐんだい?」
「……それは」
「君は、フェレを護って欲しいんだ。僕よりも、ね」


エリウッドの言う事は当たり前に正しい。
貴族の姫として、家の為、領地の為に生きなければならないのだから。
しかしそれでもエリウッドについて行きたい。
自分の知らない所で彼が危険な目に遭う、最悪死んでしまうなんて、あって欲しくはない。


「わたし……。わたし、怖くて仕方がありませんの。もしエリウッド様の身に何か起きたらと思うと……」
「ミコト……」
「どうしても、ご一緒させて戴けないのですか?」


泣きそうなミコトの必死な言葉にエリウッドも心を痛める。
つい了承してしまいそうになるが、やはり彼女にはフェレに残って欲しい。
自分が帰って来られるように大切な故郷を守って欲しい。
エリウッドが愛する故郷を護る、それはミコトにとっても意味ある事。
彼が安心して帰って来られる場所は必要だ。

しかし行き先の見えない旅、エリウッドを心配する気持ちは募る一方。
不安そうな顔で見つめて来るミコトの頭にそっと手を置いて、エリウッドは優しく微笑む。


「大丈夫。万が一なんて言ったけど、きっと無事に帰って来るから」
「本当に、そう約束して下さいます?」
「あぁ。大事な従妹を悲しませたくは無いからね」


信じるしかない。
彼を信じて、自分は彼の帰る地で待ち……いつか彼の帰還を笑顔で迎える。
そうするしかない。


「分かりました。わたしはエレノア様をお助けして、このフェレの地を護る事に専念しますわ」
「有難う、ミコト。これで安心して旅立てるよ」


微笑むエリウッドに切なくなりつつも、ミコトも彼に笑顔を返した。
本当にどうなってしまうのか分からないエリウッドの旅。
それを見送り、状況も分からない離れた地で待つ事しか出来ないのは辛い。
だが自分の役割はこれなのだとミコトは静かに目を閉じた。
彼が帰る事を信じフェレの地を護る。
いつか帰還した彼を、笑顔で出迎えられるように。


やがて旅立つエリウッド。
彼を見送るミコト。
この旅でエリウッドは予想だにしない出来事に遭遇し、やがて大陸の命運をかけた戦いに身を投じるのだが……。
それはまた、別の話。
ミコトはただ、彼の故郷、そして自分の故郷でもあるフェレを護り、いつでも彼が帰還していいようにしておくだけ。


++++++


やがてエルバートの訃報がフェレへ届き、葬儀が終わる頃エリウッドが帰って来た。
ただしベルンへ向かう道すがら休息の為に立ち寄っただけらしいが、それでもミコトは充分に嬉しかった。
エルバートの訃報を聞いた時は身を切られる想いで、更にエリウッドの事が益々心配になってしまったのだが、彼はこうして無事でいる。
フェレに一時帰還した日の夜、彼はミコトを尋ねて来た。


「ミコト」
「エリウッド様……。ご無事で何よりですわ、安心しました」


心底嬉しそうに、ニッコリと微笑むミコト。
しかしすぐ表情を悲しげなものに変えて切なそうに口を開く。
勿論、話題は亡くなったエルバートの事だ。


「エリウッド様、エルバート伯父様の事は……。わたし、何と申してよいのか……」
「大丈夫だよミコト、悲しくない訳じゃないけど、僕は大丈夫だから。気を遣わないで」


微笑んでくれるエリウッドにミコトも再び笑顔になる。
ミコト自身も親しんだ伯父、悲しくて暫く涙が止まらなかったが、彼の心中はきっと自分より悲しみに沈んでいる筈だとミコトは考える。
しかしこの気丈な様子。
次なる戦いが待っている彼には落ち込む暇など無い。


「エリウッド様、本当にお強いんですのね。わたし、こんな過酷な旅をされるエリウッド様に、頭の下がる想いですわ」
「何を言ってるんだよ、こっちこそ君がフェレを護っていてくれるから安心して戦えるんだ。君には本当に感謝している。ミコト……有難う」
「そんな、勿体無い……」


フェレに残って正解だったと思うミコト。
彼が安心して戦えるようにするには、やはり後ろからきちんと援護しなければならない。
それは彼の身の安全に繋がる。


「エリウッド様の愛される故郷は、きっとわたしが守り抜いて見せますわ。どうか安心して旅をなさって下さいまし」
「ミコト……」


強い意志を込めてエリウッドを安心させるように言うミコト。
頼れる守護者のような、優しい庇護者のような。
そんなミコトへエリウッドはついに、彼女に伝えようと、この旅の間……いや、昔から思っていた事を告げる。


「ミコト、君に聞いて欲しい事があるんだ」
「何ですか?」


これからエリウッドが言う事を予想できないのか、至って普通に言葉を投げ返すミコト。
エリウッドはそんな彼女に逆に緊張しつつも、意を決して口を開いた。


「僕は……君の事が好きなんだ、ミコト。婚姻を前提にして付き合って欲しい」
「えっ……」


突然の事に、マトモな返事が出来ないミコト。
やっと返せた言葉は、「どうして……」だけだった。
どうしてと言われても、好きになってしまったのだから仕方ないのだが。
どうにも言いようが見つからず、ここはとにかく想いを伝えねばとエリウッドは続ける。


「数年前から……かな、君の事が気になり出して。君と一緒に居ると嬉しいし、笑顔を見ると幸せになる」
「は……はぁ」


面と向かってそんな事を言われてしまい、顔を薄く染めながら呆然としてしまうミコト。
エリウッドも照れているのか何となく顔が赤い。
誤魔化すように咳払いをして彼は続ける。


「そして……この旅の間、君から離れてみて自分の想いがようやく分かった。君がフェレを護ってくれている、そう考えただけで安心できたし、君が帰りを待っていると思うと何が何でも生きて帰らないと……って思えたんだ」
「それは……わたしが従妹だからでは?」
「いや、違う。だったら、こんなに胸を高鳴らせたりしないよ」


キッパリと言うエリウッドにミコトの方がドキドキしてしまう。
ずっと幼い頃からの気の置けない仲だからこそ、動揺して落ち着かない。
思わず熱くなった顔を逸らすと、エリウッドがクスリと笑った。


「僕はまた旅に出るから、帰って来るまでに返事を用意していて欲しい」
「エリウッド様……」
「好きだよ、ミコト。必ず帰って来るからね」


エリウッドが告げる約束に笑顔で返しつつも、ミコトは複雑な思いが巡るのだった……。



翌日、エリウッドは仲間達と共に旅立って行った。
ミコトは彼を見送ってから昨夜の告白を思い出す。
以前からエリウッドの事は慕っているが、恋愛感情があるかは分からない。
自分の事なのに、と、苦笑するミコト。

今はフェレを護る事とエリウッドの無事を祈るだけで手一杯だ。
彼が帰って来るまでに、結論を出せる自信が無い。
ただただ、今はエリウッドが心配で、無事で居て欲しいと願うばかり。


「(あぁ…エリウッド様、どうか無事に帰還なさって下さいませね……。あなたが死んでしまうなど、辛くて耐えられません)」


どうか彼が無事でいてくれるようにと、強く祈り続けるミコト。
彼が帰って来たら笑顔で出迎えて…そして……。

……“そして”?

そして、何なのだろう。
自分は今、何を考えたのだろう。

昔から当たり前にエリウッドが傍に居た。
しかし今、彼は生死も知れない旅路についている。
彼と決定的な距離を離れてみて、今まで持った事のない感情を持った。
それに気付いて今まで考えもしなかった感情が呼び起こされる。


あぁ……。
私は、きっと……。

どうか、どうか無事にご帰還下さい。
笑顔でお迎え致します。


++++++


やがてフェレへ新しい主が帰還する。
大陸を救った、やがてはリキア一の騎士と謳われる赤髪の青年。
そして……彼を迎える者達の中に一人の少女が居た。
赤髪の青年は彼女を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄る。


「ミコト!」
「エリウッド様、わたし……」


離れたからこそ気付く想いがある。
赤髪の青年エリウッド、少女ミコト。
再会を喜び合う2人の心には同じ想いがあった。
しかし今は彼を暖かく迎えるのが先だろう。
少女は赤髪の青年へこの上ない笑顔を向けると、帰還の喜びと祝いと、約束を護ってくれた事への感謝を混ぜて、一言を告げる。


「お帰りなさい」


無事に帰って来てくれて、本当に有難う。

愛しいあなた。





*END*



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