短編夢小説
纏う風は



主人公設定:エリウッドの妹
その他設定:少しだけ夢ではないNL要素有



++++++



「リン、ねぇリン!」


行軍中の一時の安らぎ、剣の手入れをしていたリンを呼ぶ声が響いた。
声の主はエリウッドの妹・ミコトで、リンの名を呼びながら走って来る。


「ミコト、どうしたの」
「あのね、あのね」


ミコトは照れくさそうに頬を染めて、なかなか話そうとしない。
普通なら自分が呼んだクセにと頭に来る所だろうが、リンは照れてるミコトも可愛いわね、と、逆に機嫌を良くしたようだ……。
暫く照れてモジモジしていたミコトだが、やがて心を決めてリンにある事を尋ねる。


「あ、あのね、……サカってどんな所?」


リンは、少々ぽかんとした後、嬉しそうに笑う。


「ミコト、サカに興味あるの? いい所よ、草原がどこまでも続いて、風がそよいで……」
「へぇ、素敵! サカで暮らすのは大変?」
「うーん、大変って言ったら大変ね」
「そっか……どんな事して暮らすのか教えて! 1年でやる事とか!」


そこでリンは少々違和感を覚えた。
ミコトは何故か、サカで暮らす時の事ばかりを尋ねて来る。
興味がある、で片付けられないような気配も……。

ひょっとしてサカで暮らしたいのだろうか。
ミコトはフェレ家と言う有力貴族の姫だ。
まさかサカで暮らしたいだなんて、そんな事は無いとリンは思ったのだが。
ミコトは頬を薄く染め、照れくさそうに尋ねた。


「ねぇ、リン。この戦いが終わったらフェレを出てサカでずっと暮らしたい……。なんて言ったら、兄上怒っちゃうかな?」


++++++


「で、リンディス。君は何て答えたんだい?」
「……“怒るんじゃない?”……って答えたけど」


あの後ミコトの言った事を彼女の兄、エリウッドに伝えたリン。
エリウッドは、今にも絶望に染まり机に突っ伏しそうな勢いだ。
まさかフェレが嫌になったのか、出て行きたくなる程嫌な事があったのかと、けっこうシスコンよねえ、と思わせる光景を繰り広げる。
勝手に絶望するエリウッドに、リンは呆れた溜め息を吐いて1つの可能性を提示した。


「私なりに考えたんだけどね、ミコト、もしかしてサカの人を好きになったんじゃないかしら?」


瞬間、物凄い音を立てて本当に机に突っ伏してしまったエリウッド。
まさか本当にそうなってしまうとは思わなかったリンは、唖然としてしまう。


「この軍に居るサカの男と言ったら、ギィかラスか……。まさかリンディス、君じゃないだろうな」
「違うと思うわ……っていうかエリウッドは私を何だと思ってるのよ」


今にも泣き出しそうなエリウッドを何とか宥め、リンは自分がミコトを調べてみるからと提案してその場を収める。

その後、リンはミコトのあとをこっそりつけた。
ミコトは歌でも歌いそうなくらいの勢いで、スキップするように歩いて行く。
やたら機嫌の良さそうなミコトにリンが不思議に思っていると、これまた嬉しそうなミコトの声が響いた。


「ラス!」
「(ラ、ラス!?)」


驚いて駆け寄りこっそりと覗くリン。
見れば確かに、木陰に座っていたラスにミコトが笑いながら話し掛けていた。
ミコトか、と彼女を呼ぶ声がどことなくいつもより明るかった気もする。
気がするだけかもしれないが変化は確かにあった。

ミコトはラスの隣に座り、ラスは風を感じていたのか、それっきり目を閉じて無言になる。
それでもミコトは嬉しそうにラスへ話し掛けていた。


「さっきリンにサカの事訊いてみたんだけど、やっぱり色々大変みたい。でもいい所だって」
「……」
「ラスはちっちゃい頃にサカを出たんでしょ? もしかして、あんまり覚えてないんじゃない?」


まだ、たった4歳の時に“災い”を止める為に部族を離れたラス。
サカの事は余り覚えてないのではないかと、ずっとミコトは気にしていた。


「……覚えていない。だが、草原の広大さ、風の感覚は覚えている」


部族の事は余り覚えていないし、家族の顔もよく思い出せない。
しかし母なる大地に育まれた美しい草原は、今もはっきり記憶にあった。

やっぱり帰りたいとか思う? とミコトは尋ねてみるが、ラスは「使命を果たしたら」と言うだけ。
使命を果たすまでは帰れないと言いたいのだろうが、ミコトの質問には答えていない。
しかしミコトはそれ以上何も言わず、そっとラスに寄り添った。

それからは無言が続く。
いい仲……っぽいがそれ以上は何も無く、諦めて立ち去ろうとしたリン。
しかしそんな彼女の耳に、決定的な言葉が聞こえた。


「行ってみたいなぁ、サカに」
「……そうだな、お前が居る」


ラスの言葉は相変わらず少なくて、意図がよく掴めない。
ミコトが何を言いたいのか尋ねる意味で彼をじっと見つめると、ラスは少し黙った後、静かに口を開いた。
ミコトと一緒に居るようになって、自分は本当によく喋るようになったとラスは思う。
彼的には、これでもかなり喋っている方なのだ。


「サカの草原を思い描いた時……お前が傍に居る」
「わたしが?」
「サカの草原に戻る時は、お前を連れて行きたい」


リンは驚いて叫びそうになったのを堪える。
故郷に連れて行きたい。
解釈は色々出来るが、やはりここはプロポーズを思い浮かべてしまう。
更に聞き耳を立てると、どこか照れたような、戸惑うようなミコトの声が聞こえて来た。


「わたしもね、ラスと一緒にサカへ行きたい。でも許してくれるかどうか分からないし……」
「……その時は」


ラスは何かを言い掛けたようだが、思い直したのか黙り込んだ。

エリウッド……あのシスコンっぷりは確かに手強そうだが、それだけではない。
ミコトは屈指の有力貴族・フェレの姫だし、サカへ行ったとなれば、家族が周りの心無い貴族達から酷い事を言われるかもしれない。
エリウッドが許し認めたとしても、その懸念は大きくある。
偏見は、まだまだ根強くあるのだ。

リンは、ふと自分の両親の事を思い出した。
リンの両親も母はリキアの貴族で父はサカの遊牧民族。
周りに認めて貰えず遂に駆け落ちしたのだった。

もしかしたら今ラスが何かを言いかけたのは、駆け落ちを提案しようとしたのかもしれない。
言わなかったのはミコトを想ってか。
リンの両親は幸せに暮らしたけれど、やはり祖父とは生きているうちに会って和解して欲しかったと思う。
家族を捨ててまで貫く愛を間違っているとは言わないが、仲を違えたままなんて辛いだろう。

そんな思い……。


「そんな思いさせるもんですか!」
「わっ! ……リン!?」


思わず飛び出してしまったリン。
珍しくラスも驚いた顔をしている前で、自分が当初2人を観察しようとしていた事も忘れ、力強く宣言した。


「ラス、やっぱり家族とは話をつけるべきよ!」
「……」
「私も協力するわ、まずはエリウッドに言いに行くわよっ」
「え、な、何を……ちょっとリンっ!?」


2人を無理矢理引っ張り、リンはエリウッドの元へ向かった……。


++++++


そして、また過酷な戦いが始まる。


「ミコト、無事か」
「うん。いつも通りにしてれば大丈夫だよ」


周りに気を配りつつミコトに気をかけるラス。
ラスは元々騎兵だったし、ミコトもクラスチェンジして騎兵となった為、ラスとは充分に足並みが揃っていた。

ラスからミコトとの事を告げられたエリウッド。
リンの口添えもあり、この戦いの間中、ミコトを守り抜く事が出来ればサカへ連れて行ってもいいと条件を出した。
しかし元々2人は一緒に戦っていたし、剣が装備出来るようになり前線へ出る機会が多くなったラスを、ミコトはしっかり援護していた。
誰の目から見ても、2人は最高のパートナーだ。


「ねぇラス、兄上、本当に許してくれるかな?」
「それを考えるのは後だ」


素っ気なく聞こえる言い方も、ミコトにとっては心地いいものだった。
エリウッドだって勿論、相手がサカ人だから渋っている訳では無い。
早い話、妹を取られて寂しいのだ。
いつも優しくて他者を思いやるエリウッドがそんな感情を見せるなんて、寧ろ可愛いものだとリンは思っていたりする。


++++++


それからまたいくらかの時間が過ぎ、戦いは終結を迎えた。
ミコトは今、ラスと並んでサカを目指している。
慣れた手つきで愛馬を操る2人には暖かい雰囲気が流れていた。


「君なら、安心出来るよ。ミコトを頼んだ」


そう言ったエリウッドはずっと一緒に居た妹との別れに寂しそうだった。
ミコトも別れ際は思わず泣いてしまったが、エリウッドの傍らに寄り添っていたリンに励まされ元気を出す。


「まさかリンが兄上とくっついちゃうなんて。まるで入れ替わりだね」
「ふふ、私もビックリよ。……元気でね、ミコト。いつか遊びに行くわ」
「僕もね。君達も時間が出来たら遊びに来るといい」


ラスは相変わらず言葉少なに返事をすると、軽く礼をしてミコトと共に旅立つ。
母や家臣、友人達ともちゃんと別れられた。
駆け落ちではない。
色んな人に認められて旅立つ……それは物凄く、幸せな事だと思う。


++++++


旅を続けやがてサカに辿り着いた二人。
クトラ族の元へはまだかかるが、ミコトは嬉しくなって馬から降りる。
風がそよいで、彼女の髪を撫でて行った。


「気持ちいい所だね!」


ミコトがラスに笑顔を向けると彼も馬を降りて傍へ寄る。
十数年ぶりの故郷を存分に味わっているようだ。
ふと、ハシャいで草原を駆け回るミコトへ目を向けたラスは、やはり自分が思った事は間違いではないのだと確信した。
満面の笑顔をこちらへ向ける彼女に近寄り、そっと抱き締める。


「わ、ラスっ……!」
「……良かった」


何が、と尋ねようと彼を見上げたミコト。
珍しいラスの笑顔がそこにあった。


「ミコト。俺は前から、お前が草原に立って笑っている所を思い描いていた。お前が纏う風は、サカの大地にきっとよく似合うと……そう思っていた」
「そうなんだ……。で、わたしはサカに似合う?」


ミコトが尋ねると、ラスは頷いてくれた。
サカ民族の一員だと認められたようで、嬉しくなって微笑むミコト。
やがてミコトから離れたラスは、行くぞ、と言うと馬に乗って進み出す。
慌てて馬に乗るミコト。

彼の後ろ姿を追いながら、どこまでも続く草原を彼方まで見渡す。
ミコトが纏う風を歓迎するかのように、サカの草原が優しくそよいだ。





―END―



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