短編夢小説
言えません



主人公設定:−−−−−
その他設定:−−−−−



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まただ。
幾つもの天幕が張られた野営地を歩きながら、セネリオは背後から感じる視線に溜息を吐いた。
彼女はラグズだと言うのに気配の消し方が下手で、後を尾けられたらすぐに分かってしまう。
何があっても彼女にだけは尾行や偵察を頼むまいと思いつつ、セネリオは振り返って口を開いた。


「ミコト、右側の手前から二つ目にある天幕の裏でそわそわしているのが丸解りですが、言いたい事があるならハッキリ言ったらどうです」
「ひゃあ!」


妙な悲鳴を上げ、セネリオが言った通りの場所から飛び出るミコト。
獣牙族猫の特徴である耳と尻尾を微妙に震わせ、怒られた子供のようにシュンとしていた。

で、何なんです。
なんてセネリオは淡々と尋ねるが、何故かミコトはビクリと震え、両腕を顔の前に持って来て自分を庇うようにし始める。


「わああゴメンナサイゴメンナサイ、私が悪かったですから燃やさないで!」
「……これは雷の魔道書なので燃えませんが」
「え。ああ、いつもの風の魔道書と違うから、てっきり炎の魔道書だと……」


ホッと息を吐くミコトだが、セネリオの射抜くような視線に我に返る。
普段からオドオドしていて人の顔色を窺っているミコトに、セネリオはいつも若干の苛つきを覚えていた。
何故言いたい事をハッキリ言わないのか、彼女の様子はまるで……。
まるで……。


「えっと、ご、ごめんなさいセネリオさん!」
「あ、ミコト!」


考え込んでいるうちにすっかり萎縮したミコトは逃げてしまった。
セネリオは溜息を吐き、少しだけ彼女が走り去った方を見つめてから再び進行方向へ歩き出した。

ミコトの事は放っておけばいい、普段はそう思っていてもいざ彼女を目の前にすると出来ない。
きっと言いたい事も言えない彼女が、昔の自分と重なるからだとセネリオ自身も分かっていた。
口を利けなかった、幼い頃の自分に。


「……全く、何を考えているんだか」


その呟きは、自分に向けたもの。
いつものように軽くあしらい無視すればいいのに、出来ない自分に向けて。
戦闘中も余裕が出来ればコソコソとセネリオを気にかけているらしいミコトは、彼自身気になって仕方が無かった。
不平も不満も言われ慣れているから、どうせなら正面から言って欲しい。
ただそう思い、少しだけミコトが来るのを心待ちにするセネリオだった。



その後もミコトは、普段からちらちらとセネリオの方を気にかけた。
それが気になるものだから視線を返せば気まずそうにパッと目を逸らす。
セネリオとしては些か不本意だったのだが、いい加減に楽しくなって来た。

苛つきと楽しさが同居する心は複雑で、自分のやるべき事に支障が出ない程度にミコトの事を考える時間が増えて行く。
苛つく、気になる、楽しい、気になる、ちょっと疲れた……。
……と、疲れた、の感情に辿り着いた時、さすがに我慢が出来なくなって、無駄かもと思いつつ相談してみる事に。


「……で、ミコトをどうすればいいかって事だな」
「はいアイク。これ以上は仕事に支障が出そうで……」
「そりゃ訊くべきだろう。俺よりも本人に訊いた方が一番早い。何なら俺が捕まえて来てやるから、お前の言う通り真っ正面から話してみろ」
「い、いえ、そこまでアイクのお手を煩わせる事ではありませんから……」


けっこう予想通りの答えが帰って来た事に逆に安堵を覚え、セネリオはそこで話を切った。
捕まえて来る、なんて乱暴だが、アイクなら本当にやりかねないので足早にその場を立ち去る。
やっぱりミコトに話すべきなのだろう。
アイクの提案を断る形になってはしまったが、やはりそれしか無いとセネリオも思っていた。

だが、正直に言うと少し残念だったりする。
話がついてしまえば、ミコトはきっとセネリオから離れて行くだろう。
今までならばそんな事になっても気にしない、ましてやラグズが相手なのだから……となっていただろうが、
常にミコトが自然と側に居た事で、それが当たり前になっていたらしい。
僕は何を考えているんだ、さっさと話をつけてしまおう……。

と思って歩いていた足が、止まる。
数メートル先、色々と突っ込みたい光景があった。

アイクが左手にミコトを吊り上げている。
首根っこを掴んでぷらぷらと彼女の足が浮いているのに、アイクは真顔で至って普通の状態。
ミコトは困った様子だ……ってそれは困るだろう。


「……あ、アイク? ……一応ミコトも……何をやっているんですか」
「ほら、約束通りに捕まえて来てやったぞ。掴んでてやるから好きなだけ真っ正面から話せ」
「……」


約束なんてしてません。

と言いかけて、寸での所で飲み下す。
セネリオも多めの困惑に少しの呆れが混ざった顔でジッとしていたが、やがて諦め、現状を打破する為にアイクの提案に乗っかる事にした。
歩み寄るとミコトがあからさまに慌て出す。


「わああゴメンナサイゴメンナサイ、私が悪かったですから燃やさないで!」
「……燃やしませんよ。僕はあなたと話をしたいだけです。気になるので言いたい事があるならハッキリと言って下さい」
「ちなみに、言うまで離さんから覚悟しておけ」


横からも声が掛かり、真っ正面に居るセネリオから目が離せなくなった。
ミコトは顔を赤く染めて黙り込んでしまうが、アイクが本当に離してくれそうにないので意を決して言う事にする。
ここまで追い込まれないと言えないのか……、と自己嫌悪に陥りそうになるが、後悔なら後にも出来る。


「セ、セネリオさん」
「……はい」
「い、以前は私を助けて下さって有難うございました!」


言い切った後に真っ赤な顔を両手で覆い、恥ずかしさに悶えるミコト。
一方セネリオはそれを聞いて呆気に取られ首を傾げてしまっていた。

そう言えば、と、以前に何度か、戦闘中危機に陥っていたミコトを助けた事があったと思い出す。
だがそれは彼女を助けたいと言うより、作戦や戦力・戦略が狂うのを避けたい一心でやった事であって、こんな風に礼を言われるような事ではない。
セネリオはついそれを素直に言ってしまう。


「本当に助かりました、ずっとお礼を……」
「あの、別にあなたを助けたかった訳ではなく、戦略などが狂うと困るからそうしただけですが」
「……え」


また、時間が止まる。
ミコトの顔が更に赤く染まるが、さっきから赤かったので気付かれない。
ミコトは自分を掴むアイクを振り払うと叫びながら走り去って行った。


「ご、ごめんなさーいっ! なんか私調子に乗ってたみたいですー!!」
「あ、おいミコト! ……あいつ、化身もしてないのに俺を振り払うとは、なかなかやるな」
「まあ何にせよ、これで僕はミコトから解放された訳ですね、清々しました」


その時は本気でそう思ったセネリオだった。
その時は。

だがその後、いつも居たミコトが付き纏わなくなったので逆に落ち着かなくなってしまう。
認めたくなかったセネリオも、やがてミコトが再び付き纏うようになって落ち着いた事から、遂に、彼女が側に居ても居心地は悪くない、と、やや素直ではない形で認める事になるのだった。





*END*



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