短編夢小説
傾いた天秤



主人公設定:アイクの姉
その他設定:−−−−−



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未練とか執着とか誰もが持っているものだし、大切なものだったなら尚更それも頷ける。
だがあの男の場合は全てにおいてタチが悪い。
大体……あの男が向けて来る感情はおかしいもので、本来ならば異常という枠に分類されるべきものだ。
だからあの女も困って、悩みを打ち明けた訳で。


「……おい、いい加減にしろよガキ」
「……」


こちらを睨み付けてくる蒼い髪の少年にシノンは悪態をついた。
何故睨まれるかなど分かり切っているが、だからと言ってそれを解消してしまおうとも思わない。

シノンがこのガキ……アイクに睨まれるようになったのはほんの数ヶ月前。
アイクの姉であるミコトの様子がおかしい事に気付き、どうしたのか訊ねてしまった日からだ。
彼女の口から出た悩みは想像を絶するもので。
実弟であるこのガキ、アイクに迫られているというものだった。
ミコトも満更ではないから悩むのであって、決して嫌ではないらしいのが厄介になっている。
面倒な事に首を突っ込んでしまったと後悔しつつ、しかし律儀に、シノンは相談に乗り続けた。

そしてそのうち、自分とミコトがそんな関係になってしまった。


「俺が姉貴を狙ってたのに何で、シノンが姉貴とくっ付いてるんだ」
「だからテメェはガキだっつーんだよ。俺が誰とくっ付こうが勝手だろうが」
「あぁ、シノンが誰とくっ付こうが勝手だ。だが姉貴が誰かとくっ付くのは勝手じゃない」


その言い分にシノンは頭が痛くなってしまう。
何なのだ、この自己中心的な我が儘っぷりは。
いい亭主関白になるだろうと心中でイヤミを言いつつ、話しても無駄だと無視して立ち去ろうとするシノン。
アイクがそんな彼を引き止めようと腕を掴みかけた瞬間、向こうから誰かがやって来る。


「シノン、頼まれてたもの買ってきたよ」


買い出しに行っていたらしいミコトだった。
瞬間、険悪な空気を醸し出す2人に気付き硬直する。
しかし丁度良かったと言わんばかりにシノンがミコトに歩み寄り、手を引いて共にその場を立ち去ってしまう。

……立ち去りながらミコトがアイクに切なそうな視線を送っている事など、とっくに気付いていた。


「なに喋ってたの」


シノンに付いて歩きつつミコトは気になって仕方ない事を訊ねる。
お前が気にする事じゃないと、その話題から遠ざけようとしている彼に、ミコトは自分の事で言い争っていたのだと理解した。
申し訳ない気分になりながら、ゴメン、と呟くと、突然立ち止まったシノンに軽く叩かれる。


「痛っ……」
「悪いとか思うんなら、さっさとその未練たっぷりな眼を何とかしろ」


ミコトだってアイクに迫られるのが嫌な訳ではなかった。
自分たちは姉弟であるという事実が抑止力になっていただけで、もし2人が姉弟でなかったなら、きっと、すぐにくっ付いていただろう。
前までのシノンならば何ら気にする事ではないが、相談に乗るうちに彼女を意識してしまい、付き合い始めた今となっては……。
ミコトが未練たっぷりにアイクを見る事が気に食わない。


「テメェが俺とくっ付いたのは、ただアイクから離れたかっただけの、場の勢いか?」
「! 違う、あたしはシノンを好きになったから……。アイクから離れる為に利用した訳じゃない!」


それは揺るぎない。
ミコトは確かにシノンを好きになった。
しかし、シノンへの想いが本物でも、アイクへの未練も捨てきれない。
もし自分たちが姉弟ではなかったなら……と考えずにはいられない。
いつまでも傾かない想いの天秤に、ミコトは自嘲の笑みを洩らした。

このままではいけない。
天秤をきちんとシノンの方へ傾かせねばならない。
そう思ったミコト、改まってシノンを見つめると、何事かと怪訝な顔をする彼にある事を訊ねた。


「ねぇ、シノン。あたしの事、愛してる?」
「は……!? 何バカな事を……」
「……バカな事なの?」


戸惑った上でのとっさの言い返しに、ミコトは本気で悲しそうな顔をする。
それを見たシノンは慌てて首を振った。
勿論、今のは本心などではなく、言うならただの照れみたいなものだ。
態度はぶっきらぼうではあるのだが、シノンだって当然ミコトが好きだ。
言うのはこっ恥ずかしいが、不安そうなミコトが望んでいるとあっては……。
シノンは観念して片手で顔を覆うと呟くように告げる。


「……愛してるよ」
「有難う、あたしも愛してる」


どうしてもシノンの気持ちを再確認しておきたかった。
アイクを完全に諦める為にも必要な事。
自分が愛したシノンの想いこそ、アイクの天秤を軽くする1番の要素。
ミコトの天秤は、しっかりとシノンの方へ傾く事が出来た。
アイクは……きっといつか新しい恋を見つけて幸せになってくれるだろう。
自慢の弟なのだから、ミコトはそう信じている。


「キッパリ断らなくちゃね、いつまでも引きずる訳にいかないし。シノンのお陰で決心ついた」
「ったく、面倒臭ぇな、世話焼かせやがって」
「女は、総じて面倒臭い生き物だと思うけどね」


イタズラっぽく微笑んでミコトはシノンの腕に抱き付いた。
まぁその通りだなと応えた彼、呆れたような……しょうがねぇ奴だ、と言いたげな笑顔になると、
ミコトを連れて再び歩き出した。

ずっと均衡状態を保っていた天秤。傾いた今、迷う必要などない。
この天秤が、ずっと彼の方へ傾いたままでいられるよう……願った。





*END*



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