短編夢小説
天使の流れ矢



主人公設定:アイクの姉
その他設定:−−−−−



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恋のキューピッドが誰かを恋に落とそうとして愛の矢を射っていた時、そのうちの1本が流れ、たまたま当たってしまった。


「きっと、それがあたし達だと思うのよ」
「ハァ? んなバカな事言って遊んでねぇで、さっさと終わらせるぞ」


急にそんな事を言い出した恋人ミコトへ、シノンはアッサリ言い返して残党兵を片付ける。
本隊が敵将を討ちに行っている間、討ち洩らした敵の掃討を任された二人。
他にも数名が掃討に加わっており残党兵もすぐに全滅させられた。

やがて前線から合図があり、本隊が敵将を討ち取る事が出来たようだ。
行くぞ、とミコトを待つ事なく歩き出したシノンを慌てて追い掛ける。
前途には立ち込める血の臭いと敵兵の遺体。
矢が刺さっている者も少なくなく、あれはシノンの矢だろうかと意味の無い事を考えるミコト。
優秀な使い手に殺されるだけではなく、流れ矢に当たって訳も分からぬうちに息絶えた者もきっと中には居るハズだ。


「(無念よねぇ……)」


流れ矢、などという不本意な物で、訳も分からぬうちに命を落とすのは。


++++++


戦いが終わったあと更に隊を進め、日が沈みかけた頃に野営する事になった。
天幕を張った野営地を、仲間の間をすり抜けながら進むミコト。
やがて前方に弓の手入れをしているシノンを見つけ、隣に腰を下ろす。
シノンはミコトへ視線を向けただけですぐ手入れを再開し、2人の間には暫しの沈黙が訪れた。
夜が訪れた野営地には、仲間達の談笑の声と夕食の良い匂いが溢れていて感覚には困らない。


「流れ矢に当たって死ぬなんて、不本意だよね」
「何だよ、急に」
「さっきさ、敵兵の死体見て思ったんだ。予想もしてなかっただろうし、訳も分からないうちに死んじゃうかもしれないんだよ、嫌じゃない?」
「知るかよ。つか、流れ矢に当たるぐらい想像出来なくてどうすんだ」


お互いに、視線は合わせないまま会話をする。
シノンは残党兵を掃討していた最中にミコトが言っていた事を思い出したが、それが何なのかサッパリ分からない。

恋のキューピッドが誰かを恋に落とそうとして愛の矢を射っていた時、そのうちの1本が流れ、たまたま当たってしまった。
それが何だと言うのか。


「だってあたしさ、シノンの事、全っ然タイプじゃないんだもん。あたしはもっと大きく構えてる強い男が好きなのよ」
「へっ、悪かったな。オレもお前みたいな女、全く好みじゃねぇんだよ。もっと大人っぽくないとな」
「ね? お互いに好みのタイプじゃないのに何で、あたしら好き合って恋人になっちゃったの?」


きっと恋のキューピッドが違う人物を射抜こうとした際に、その流れ矢が当たってしまったのだ。
そうでなければ好みではないタイプを好きになる訳が無いと言う。
シノンはそんな空想を繰り広げるミコトに、やっぱりお前はガキなんだなと告げて笑った。
ミコトもミコトで、そんなガキを好きになったのは一体誰よと笑う。


「シノンの事が好きだって気付いた時は絶望したね。ついにあたしも、そこまで堕ちたかって」
「……言ってくれるじゃねぇかよ。こっちだってな、お前の事が気に掛かってるって気付いた時は、さすがに自分のアホさ加減に泣きたくなったぜ」


互いに微笑みながら貶し合っている2人。
どちらも本心で貶し合っている訳だが、特に怒ったり悲しんだりするような内容ではないと2人とも認識している。
予想外で、不本意で、何だか訳の分からないままに落ちてしまった恋。
まるで本当に流れ矢に当たってしまったようだ。
好きになった理由も分からないからか、嫌いになる事も出来ず……、案外、平穏に長続きしてしまう関係かもしれない。


「シノンだって、流れ矢に当たる事、想定できてないじゃないの」
「馬鹿言え、流れ矢っつーのはお前の勝手な表現じゃねぇかよ。オレにその空想を押し付けんな」


言いつつ、シノンの顔は微妙に笑っている。
ミコトもシノン本人も気付いていないが、シノンはミコトと居る時、普段より雰囲気が柔らかく笑顔が増えていた。
平和な様子で口の悪い言い合いを続けていた2人だったが、やがて夕食が出来たと連絡が来る。
彼らの空腹は既にピークに達していて、すぐさま言い合いは中断された。


「そういや腹減ってたな。行くぞミコト」
「うん。あたしも、もうお腹ぺこぺこ! 今日の夕食は何なのかなぁ」


ごく自然に隣へ並び、それが当たり前のように何も気にしない2人。
ミコトの言うキューピッドの矢は、実は流れ矢に見せかけた本命だったのかもしれない。





*END*



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