短編夢小説
わかるんです



主人公設定:アイクの姉
その他設定:−−−−−



++++++



「……魔道書が無い……」


今日の進軍も終わり、緊急時に備えて武器の確認をしていたミコト。
お得意の闇の魔道書を確認しようとしたら、あと三回分しか残っていない魔道書だけがあった。
確かに新しいのを買っておいたハズなのに……。
と焦ったミコトへ掛けられた声は、更に彼女を顔面蒼白にさせてしまう。


「ミコト、先程から何を慌てているんです」
「セ、セネたん!」
「……あの、その呼び方はやめて下さいませんか」


軍師にして財政面でも非常に貢献している少年セネリオが、ミコトの様子に気付きやって来た。
買ったばかりの魔道書を失くしたなんて、火の車な台所を預かる主婦の如きセネリオに言える訳がない!


「別に何でもない何でもない、強いて言うなら秘密の女の子事情かな!」
「……そうですか」


少々俯いたセネリオに、ひょっとして照れてる? と思ったミコトは、心中でセネリオかわいー! を連発してしまう。
だが今はそんな場合ではないと思い出し、彼と別れて魔道書を探した。
まずは辺りの人に闇の魔道書を見ていないか聞き込み調査である。
この軍で闇魔法使いなんてミコトしかいない。

魔道書を探し回っているとオスカーに出くわした。
闇の魔道書を見なかったかと訊ねると、彼は少し考えてから首を振る。


「闇の魔道書か、残念だけど私は見ていないよ。どこかに落としたのか?」
「それが分かんなくてさぁ……このままじゃセネたんにどやされる!」
「いや、怒られたくないなら、まずはその呼び方をどうにかした方が……」


オスカーの気の抜けたツッコミには反応せず、ありがとねーと手を振って走り去るミコト。
それを半ば呆れ、しかし楽しそうに微笑みながらオスカーは見送った。

さて、セネリオに怒られる前に失くした魔道書を見つけなければならない。
更に探し回っていると前方にライを見つけた。


「ライ、丁度よかった、闇の魔道書見てない?」
「ん、魔道書? さぁ……あんなん普通落とすか?」
「あたしもそう思うけど、確かに買ったハズの魔道書が無いのよー!」


新品だったのに、魔道書だって決して安くはないのにと、頭を抱えて小さく騒ぎ始めるミコト。
そんな彼女にライは、また新しく買えばいいんじゃないかと告げるが。


「それは無理だよ……。もう次の給金支給まで魔道書を買えるお金は作れないし、かと言って財政係のセネたんに言ったら絶対に怒られるしー……!」
「だよなぁ……っつーか、ミコトお前よくそんな呼び方して怒られないよな」


オスカーと同じ部分にツッコミを入れるライだがやはり、ミコトはその部分には全く反応しない。
他を当たってみるよと駆けて行く彼女の背中を見送りながら、もしや確信犯か? と疑うライだった。


++++++


「は? 魔道書?」
「うん。トパック少年、どっかで見なかった?」


次にミコトが目を付けたのはトパック。
同じ魔法使いだから何か感じ取れるかと思ったのだが、様子を見る限り期待は出来そうにない。
やっぱり見なかったかー……と落胆するミコトを見て、トパックはある事を思い付いた。


「闇の魔道書が見つからないんだったら、他の魔法使えばいいだろ」
「いやいやトパック少年あたし闇使いですから。他の魔法使えませんから」
「よーし、おいらが他の魔法教えてやるよ! 炎魔法なら余分に持ってるから今から特訓するぞ!」


何故か燃え上がるトパックに、これはからかいでも何でもないと悟る。
冗談じゃない、そんな事をしている場合ではないし、熱血指導を受けるなんてまっぴらゴメンだ!
ミコトは少しずつ後退りながらトパックから距離を取ろうとするが、バレない訳は無く、思いっ切り腕を掴まれてしまう。


「何だよミコト、折角なんだし他の魔法も使えた方が便利だろー」
「ええそうですね少年、他の魔法も使えたら真に便利ですけれどもね。その熱血なノリはわたくしには合わないと申しますかむしろ嫌と申しますか」
「食わず嫌いすんなって」


食わず嫌いとかそう言う問題ではなく、諦めたらそこで試合終了とか言われても試合をする気もさらさら無いミコト。
どうしようか迷っていたのだが、そんな彼女の肩が強い力で掴まれ、勢い良く引っ張られた。
トパックの少年らしい力のある手を軽々と振りほどいたのは、ミコトの弟であるアイクだった。


「トパック、姉貴は嫌がってるんだからやめてやれ」
「えー、しょうがねぇなぁ……じゃあミコト、魔道書、見つかるといいな」


別に普通にいい子なトパックは走り去り、後には姉弟が残される。


「有難うねアイク青年、お陰で助かったよ」
「あぁ。まあ姉貴に群がる悪い虫を退治したまでだ」
「……」


マズい、アイクが出てこんな事を言ったらココで終わってしまいそうだ。
うやむやに終わって後で魔道書の事を思い出し、セネリオに怒られるパターンが浮かび焦ってしまう。
違う違う、それは駄目だと頭を振ったミコトは、改めて魔道書を探す。
ついでだから、ちゃっかりとアイクに魔道書の捜索をお願いする事にした。


「アイク青年、あたし魔道書なくしちゃって。折角の新品だったし、探すの手伝ってくれない?」
「闇の魔道書か。わかった、辺りを探してみる」
「効率悪いから手分けして探そう、アイクはあっちを探してね」


言って、上手いことアイクを遠ざけるミコト。
これで魔道書の事をうっかり忘れてしまう可能性も無くなったハズだ。
せめて今日中には見つけたいと気合いを入れ直して野営地を歩くと、前方にセネリオを発見した。
ヤバいと思って近くの天幕の影に隠れる。
キョロキョロと辺りを見渡しているが、誰かを探しているのだろうか。

アイクなら向こうにいるよー……とミコトが心中で呟いた瞬間、こちらを向いたセネリオとばっちり目が合ってしまった。
すぐさま歩いて来るセネリオに観念して、天幕の影から出るミコト。
セネリオは手に持っていた新品の闇の魔道書をミコトに手渡した。


「……セネたん?」
「魔道書、失くしたんでしょう。ララベルさんから半額で買って来ました」
「え? え? どういう事?」


何故か分からないが、魔道書を失くした事はバレてしまっていたようだ。
話を聞けば、闇の魔道書を拾った一兵士がララベルに売ってしまっていたそうで、話をつけて半額で買い戻したらしい。
その兵士は後でシメておくとして、バレていた事に動揺するミコト。


「バレてたんだねー……。正直に言うと、セネたんに怒られるのが怖くて言えなかったんだけど……」
「えぇ、全部分かっていますよ。あなたの事ですし」
「だと思った」


やっぱりねぇ、と笑いながら言うミコトに、一世一代の告白をしたつもりなセネリオはぽかんと彼女を見るだけだった。
ミコトはニコッと微笑みながら、確信を持って彼に告げた。


「あたしが“セネたん”なんて呼んでも怒らないし、やけに親切にしてくれるし、他の人とは扱いが明らかに違うもんね。頭の切れる少年軍師も恋愛には弱いみたい」
「……!」
「ね、セネたん」


ミコトが言うと、セネリオは途端に顔を赤くして俯いてしまった。
特別に想わない者に媚びたり好かれたりしようとしないセネリオだから、好きな相手には明らかに態度が違ってすぐ分かる。
ミコトは取りあえず魔道書のお礼を言ってから、顔を赤くして俯いたままのセネリオを上向かせて手を握った。
そのまま彼の耳元に唇を寄せて囁く。


「あたしセネリオのこと大好きよ。戦略の事じゃ敵わないけど、こんな事なら分かるんだから」
「何だか思い切り見通されていますね……」
「うん、君の事だからね、セネたん!」


その呼び方やめて下さいよ、と言いながらも、照れたように頬を染めて笑っていて本気で嫌がっている様子は見られない。
それにいい気分になりながら、ミコトはとても分かりやすいセネリオを愛しく思うのだった。





*END*



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