短編夢小説
幸福の宝石



主人公設定:−−−−−
その他設定:世界観はオリジナル



++++++



誰かが泣いている。
怪談的な話ではなく、確かにすすり泣くような声が風に乗って来ていた。
森の中を歩いていたマルスは不思議に思って声のする方へ歩み寄る。

そして見つけたのは、体中を傷だらけにして地面に倒れている小柄な少女。
彼女の背中には翼が付いており人でない事は明白だった。
驚くが敵意のような物は感じないし、少し近寄ってみる。
ほとんど気を失いかけているのか、彼女はマルスが近寄っても気付かない。
放っておく事が出来ずにマルスは思い切って声を掛けてみた。


「君、大丈夫かい?」
「!!」
「足か翼でも怪我したのかな……動けないなら背負うけど、掴まれる?」


マルスが声を掛けた瞬間にビクリと体を震わせた少女。
急に声を掛けたから驚いたのかと思ったが。
彼女の震えは止まらず、何も言ってくれない事もあり困ってしまう。
しかしやがて彼女が恐怖する理由が判明した。


「この剣が恐いんだね?」
「……」
「大丈夫、僕は君を斬ったりしないよ。そんな事をする為に声を掛けたんじゃないんだ。斬るつもりなら、見つけた時にそうしてるだろうし」


マルスは一振りの剣を携えていた。
かなり名のある名剣なのだが、それが彼女を怯えさせているようだ。
マルスは優しく微笑んで手を差し伸べるが、ようやく口を利いた少女が話す内容に凍り付く。


「いや……いやっ! 人間はみんな、最初はそんな風に優しいけど……後から乱暴ばかりするもの。私、宝石の在処なんて訊かれても知らないのに」
「……宝石?」
「お願い、殺さないで! 本当に、本当に知らないの……。宝石……なんて……」


マルスに気付いてから泣き止んでいた彼女だが、また小さく泣き出してしまい、マルスはどうするべきか悩んでしまう。
宝石とは、少し噂に聞いた事がある。
幸福の宝石……それを所持する者は絶対の幸福を得る事が出来ると言われ、竜族の一部にその所在を知る者が居るらしい。
恐らく欲に目が眩んだ人間が、竜というだけで彼女を傷付けたのだろう。

それならば近付かない方がいいのかもしれないが、傷だらけの少女を放ってはおけなかった。
こんな所に放置しては、ならず者に襲われてしまうかもしれない。
マルスは少し考えると剣を少女の傍に置いた。


「……?」
「剣を取ってくれ、僕は君を助けたいだけなんだ。嘘だった時は、それで僕を斬ってもいいから」


マルスの言葉に竜の少女は驚いた顔をする。
だがやがて剣を取ると、ゆっくり立ち上がり怖ず怖ずとマルスを見た。
傷だらけの小柄な少女が鞘に収めた剣を抱き、震えている姿は痛々しい。
見かねたマルスが自身の羽織るマントを外して掛けてあげると、少女は小さな声でおずおずと口を開く。


「……ありがとう」
「どういたしまして」
「……。……ミコト」
「えっ?」
「私の、名前」


少しは気を許してくれた証拠と言えるだろう。
名乗った少女に嬉しくなって笑顔を向けるマルス。
自分も名を名乗り、取り敢えず薬の持ち合わせも無かったので、近くの町へ行く事にした。

預けた剣を手にミコトは後ろから付いて来る。
狙われているなら医者に診せる訳にもいくまい。
人間が恐いかと尋ねてみると返って来たのは肯定。
じゃあ街まで行くから翼を見られないようにするんだよと、優しく言い付ける。
ミコトが小さく頷いたのを確認し、マルスは彼女を連れて最寄りの町へ向かった。



やがて町へと辿り着いた2人。
ミコトは怯えてマルスの背後に回り、彼の服を強く掴んでいる。
なんだか可哀想になってしまい手早く道具屋へと移動した。
マルスは傷薬を買いに行きミコトは目立たぬよう店の隅に居たのだが、ふと、壁に掛けてある絵に目を向けてみた。

描かれていたのは、緑色の宝玉を持ち美しく微笑んでいる女性。
それを見た瞬間、ミコトの脳裏に何かが甦ろうとする。
頭痛が走り、そっと頭を押さえるミコト。
傷薬を買ったマルスがそれに気付き駆け寄ろうとしたのだが、瞬間。
買い物客の子供が興味津々でミコトに近寄り、彼女が羽織るマントを強く引っ張った。

しまったと思っても遅い。
道具屋には他の買い物客も居る。
もしミコトの翼を見られて、彼女が竜だとバレてしまったら……。

しかしパサリと落ちたマントの下、確かにあった竜の翼が無くなっている。
驚くマルスだが、ミコトが謝りに来た子供の母親に怯えたのを見て、慌てて近寄って彼女の代わりに挨拶をし2人で道具屋を後にした。


「驚いたよミコト、まさか翼を見えなくする事が出来るのか?」
「うん。ちょっときついから、あんまりやらないけど……。でも、前は翼を見られてバレたから」
「あぁ、用心するに越した事は無いよ。さ、外だと目立つから宿に行こう」


マルスはミコトの手を握り、宿へと向かう。
その行為にミコトはビクリと体を震わせたが、マルスから悪意が感じられない事に気付き、大人しく彼の手を握り返した。



宿を取り、ミコトに傷薬をつけてあげるマルス。
沈黙が訪れるが、先程から気になる事がある彼はミコトに訊ねてみる。


「ねぇミコト、思うんだけど。竜の力は人間を遥かに凌ぐよね。でも君が傷だらけなのは……もしかして、人に襲われても竜の力を使わなかったからじゃないか?」
「……!」


図星なのだろう、ドキリとしたように体を震わせ硬直してしまった。
どうして……と訊ねてみると、暫く黙り込んだ後、ぽつぽつ語り出す。
自分が竜の力を使うと相手をひどく傷つけてしまう。
ひょっとしたら戦闘経験が無いのか、手加減が分からないらしい。

つまりあんなに傷つけられても相手を傷付ける事を躊躇っているという事。
マルスはミコトの主張に呆れた……が、感心してもいた。
傷付けられ、酷い目に遭わされても相手を傷付ける事をしなかったのだ。


「優しいね、ミコト。今まで辛かっただろう」
「う……」


過去の辛い出来事を思い出し、マルスの優しい言葉が沁みたのだろう。
泣き始めたミコト、マルスはそんな彼女を抱きしめる。


「痛い思いをするのは嫌……でも他の人に痛い思いをさせるのも嫌……。私、一体どうすればいいの……?」
「ミコト……」


何だかいじらしさを感じたマルス。
ここで男らしく、僕が守るよと言えればいいのだが。
会ったばかりの彼女に無責任な事が言えずにただ頭を撫でるしかない。
暫く彼女の好きにさせていたが、やがて落ち着いた頃合いに放す。


「じゃあミコト、僕ちょっと買い物に行って来るから。ここで大人しく待ってるんだよ」
「うん……」


さっきはミコトの怪我を処置する事を優先させた為に、旅に必要な買い物をしていなかった。
僕以外の人が来ても絶対に扉を開けちゃだめだよと言いつけ、マルスは宿を後にした。


++++++


「彼女……どうにも放っておけないな」


買い物を済ませ宿に戻る道すがら、マルスは真剣に考えていた。
どんなに傷付けられても優しいから反撃をする事が出来ず、持っている強大な力で相手を傷付けてしまう事を怖れる。
傷付けられても反撃が出来ないのでは心無い者達に何をされるか……。
やはりどうしても放っておけないと思い、マルスはミコトを誘ってみる事にする。
会って間もない者に付いて来るかだの守だの言われても信用できないかもしれないが、しかし出会ったのも何かの縁、やってみないで諦めるわけにもいかない。

考えつつミコトが滞在しているハズの宿を見る。
何故か人だかりが出来ていて、嫌な予感がしたマルスは駆け寄った。
ざわつく人混み、何が起きたか訊ねる前に前方の婦人の噂話が聞こえる。


「いやぁねぇ、宿にならず者が入ったらしいわよ」
「話によると竜が居たみたいじゃないの。怖いわ、何のつもりなのかしら」
「……!」


的中する心当たりにマルスは人混みを掻き分けて宿へと戻った。
借りた部屋に入っても、どこにもミコトの姿が見当たらない。
ただ彼女を連れて来る時に渡した自身の剣が床に落ちているだけ。
マルスは宿の主人にならず者が去った方角を訊ね、剣を手にミコトを探して駆け出した。


++++++


一方、ならず者に誘拐されてしまったミコト。
先程から宝石の在処を厳しく尋問されるが、知らないものは答えられない。
ただ震えて目に涙を溜め、知らないと主張するしかなかった。


「おい嬢ちゃん、いい加減に吐いたらどうだ!?」
「しっ……知らな……。私、本当……に……」
「やっぱり痛い目見ねぇと分からないみたいだな」


自分を取り囲む男達に何をされるのかと、ミコトは恐怖するしかない。
竜の力を解放すれば、こんな者達など簡単に倒す事が出来るのだが。

しかしミコトにはそれが出来なかった。
ならず者の一人に乱暴に掴まれ、殴られる、と目を瞑った瞬間。
男の悲鳴が響き、乱暴に掴まれた腕が放された。
次の瞬間には誰かに体を抱えられその場から連れ出される。
ミコトが恐る恐る目を開けると、そこには……。


「マ、マルス……!」
「良かった、無事だね。取り敢えずここに居て」


剣を手にしたマルスが自分を抱えていた。
先程の男の悲鳴は彼に斬られたならず者が発したものだったようだ。
マルスはミコトを下がらせ一人で複数のならず者に立ち向かう。

まずは素早く1人目の懐に飛び込み剣を振るう。
斬られて力を失った男を盾のようにして2人目に立ち向かい、素早く、だが的確に急所を突いた。
一見して優男風なマルスの意外な実力に驚いたのだろう、他のならず者達は怯んでしまい、マルスはその隙を逃さない。
ミコトが唖然としている内に複数居たならず者達の全ては、斬り伏せられたか逃げ出したかのどちらかとなった。


「ふぅ、これで全部だな。ミコト、怪我は無さそうだけど……。怖かったね、もう大丈夫だから」
「あ……マルス……」


剣に付着した血を拭い鞘に収めながら歩み寄るマルスに、ミコトは必死な想いで抱き付いた。
マルスはそれを優しく受け止めてやりながら恐怖を拭うように宥める。


「怖かった……。まさか、助けに来てくれる、なんて……思って、なかった」
「放っておける訳なんか無いだろ? 泣かなくてもいいよミコト」
「ありがとう、本当にありがとう……マルス……」


自分の腕の中で泣き続けるミコトを見て、マルスの心に彼女を守りたい気持ちが膨らんでいく。
やはり提案しようと、先程考えた事を告げた。


「ミコト、このまま僕と一緒に旅をしないか?」
「えっ……。でも私は狙われてて……。マルスの迷惑になってしまう」
「駄目なんだ、もう君が心配で放っておけない。君を見ていると……どうしても守ってあげたくなる」


真剣な彼の表情、ミコトはこんなに優しくされたのは随分と久し振りで、喋ろうとしてもつっかえて苦しくなるほど胸がいっぱいだった。
人間が優しくしてくれるのは偽りだと思っていたのに、マルスを見るとそんな思いが消える。

彼なら信じてみてもいいかもしれない。
ミコトはマルスの誘いに笑顔で頷いた。
初めて彼に見せる、幸せそうな精一杯の笑顔で。


「うん……。私、マルスと一緒に行く!」
「決まりだね。これから宜しく、ミコト」


手を差し伸べミコトと握手をするマルス。
ミコトも実に幸せな気分で握り返す。

……その瞬間、ミコトの体が突然輝き始めた。
額に違和感が走り座り込んで押さえるミコト。
驚いたマルスも心配して目線を合わせると、彼女の額から何かが出て来ようとしていた。


「ミコト……!」
「だ、大丈夫……。私、やっと思い出した」


ミコトの額から出て来た物、それは小振りな緑色の宝玉だった。
それが出てしまうと同時にミコトの体から輝きが消え、苦しそうにしていた彼女も落ち着く。
何が何だか分からず呆然とするマルスに、ミコトが思い出した事柄を説明する。

彼女の額から出て来た緑の宝玉、これこそが幸福の宝石だ。
幸福の宝石とは所有する者を幸福にする宝ではなく、元々の所有者であるミコトが強い幸福を感じた時に出現する宝玉の事だった。
しかしこの宝玉はかなりの魔除け効果があり、所持者の魔法耐性が劇的に上昇する道具である。
どちらにしても、知られれば狙われる原因になっていただろう。
ミコトは宝玉をマルスに渡す。


「? くれるのか?」
「うん。私は、この宝玉が出る程幸せな気分にして貰ったから。今度はマルスの助けになりたい」
「……分かった。有り難く貰っておくよ」


笑顔で宝玉を受け取るマルス。
ミコトの手を掴んで立たせ、付いた土を払い落としてやる。


「じゃあミコト、ひとまず町へ戻ってすぐに出発しよう。今度はもっと安全でゆっくり出来る所がいいかな」
「うん!」


手を取り合って、共に歩みを進める2人。
彼らをとても幸せな気分にしてくれたあの宝は、本当に幸福の宝石だったのかもしれない。





−END−



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