短編夢小説
ビジョンブレイク



主人公設定:−−−−−
その他設定:舞台はスマブラ世界ですがゼノブレイドのネタバレを示唆する内容なので注意。



++++++



スマブラファイター達がよく訪れる、海上の街。
長い長い橋を渡った先にあるそこは、常連な戦士達の影響で武器を持っていても通報される事は無い。
シュルクは、他の剣士達が持つものとだいぶ違う己の剣……モナドを所持して街へ出るのは不安だったが、仲間達に用心を促された結果、こうして携えたまま そこそこの人通りがある歩道を歩いていた。
たまにちらりと視線を向けられる事はあっても、特に何か言われたり騒がれたりはしないので一安心だ。


「えーっと、ジャンクショップはどこだっけ」


車通りの多い道を横目に摩天楼から見下ろされる街は、なかなか迷い易い。
歩道の隅に佇む地区の案内板を頼りに歩くものの、目的地は未だ見えない。
仲間のファイターに場所は教えて貰ったが、遠慮せず地図でも描いて貰えばよかったかと少々後悔。

機械いじりや細かい作業が得意なシュルクは、お節介焼きな性格も相まってよく修理を頼まれる。
家電やら玩具やら、中には元の世界では見覚えの無いものも多く、この際中古品でも手に入れて練習しようという算段だ。
ツールやパーツ等も入手・補充しておけば、いざという時に慌てずに済む。

歩き続け、設置された案内板が次の地区を描写し始めた頃、地図に目的のジャンクショップを見付ける。
迷子にならなかった事にホッとして足を速めようとした瞬間、ドクン、とシュルクの心臓が脈打った。

そしてすぐ目に浮かぶ、白黒映画のように頼り無い色彩の映像。
しかしそれは現実と相違ないレベルでリアルだ。
鳴り響くクラクション、観衆の恐怖に満ちた悲鳴、シュルクの歩く先には、歩道に突っ込んで来た大型トラックと、それに無惨にも潰された少女の姿。
その惨状に息を飲んだ瞬間、視界に色彩が戻る。


「(今のはビジョン!? どうして、いくらモナドがあるからって視える訳が……。いや、それより今は視えた女の子を探さないと!)」


景色は間違いなく今シュルクが居る通りだった。
大型トラックは歩道のどこにも見当たらないが、シュルクの10mほど先を歩く人物が、トラックに潰された少女と同じ髪型・髪色。
やがて前方の車道からけたたましいクラクションが鳴り響いた刹那、シュルクはその人物へ向け走り出す。


「キミ、危ないっ!!」
「えっ!?」


振り返った少女は、“トラックに潰されていた”少女と全く同じ顔。
突き飛ばさんばかりの勢いで走り寄ったシュルクは少女の手を掴み、無理にその場から更に前方へ移動させる。
次の瞬間、ハンドル操作でも誤ったのか大型トラックが勢いを保ったまま歩道に突っ込んで来る。
そしてまさに先程まで少女が歩いていた場所が、大型トラックに占拠されていた。


「あ……」
「怪我は無い? 大丈夫?」
「は、はい」


少女は呆然とトラックを見ていて、シュルクが事前に事故を感知した事に関しては気にする余裕が無いようだ。
まあシュルクは少女の背後に居た上、未来視から実現まで間が空かなかったので誤魔化しは容易いだろう。


「有り難うございます……あの、ごめんなさい。今は何も無くて、お礼が出来そうにないです」
「気にしないで。別にお礼を貰う為に助けたんじゃないからさ」
「せ、せめて連絡先を教えて下さい。後でお礼に伺いますから」
「大丈夫、本当に気にしなくていいよ。じゃあ僕は急ぐから、もう行くね」


尚も引き止めようとする少女を躱し、シュルクは足早に現場を立ち去る。
気を使わせるのは悪いし、早くジャンクショップに行きたかったのも事実だ。


「(それにしても、どうしてビジョンを視る事が出来たんだろう?)」


ビジョン……未来視は、何でもかんでも予知できる魔法のようなものではない。
それに基本的にはシュルクが元居た世界でしか使えないものの筈だというのに。
帰ったら詳しく調べようと考えるが、今はジャンクショップに行くのが先だ。

野次馬に囲まれないうちに喧騒を離れ、ひっそりとした通りへ入ったシュルク。
道はやや広めで、それなりに解放感がある。
ジャンクショップは割と目立つ位置にあり、大まかな場所さえ分かればすぐに発見可能だったようだ。

店に入り、製品や部品を見ていると誰かが来店する。
何気なく向けたシュルクの視界に映ったのは、先程事故から助けた少女。
あ、と思ったが向こうはシュルクに気付いていないようだし、特に声を掛けたりはしない……のだが、商品を見ながら彷徨いていたら、途中から少女と店長の会話が聴こえて来た。


「やっぱり、無理ですか」
「力になれなくてすまんねお嬢ちゃん、専門の時計店で無理なら諦めるっきゃない」


今シュルクが居る位置とレジのあるカウンターは割と近い位置にある。
会話内容が気になり振り返ったシュルクは、店長が少女に懐中時計を手渡すのを目にした。
時計の修理なら経験がある。
自分なら何とか出来るかもしれないと思ったシュルクは、少々躊躇いがちながらも少女に近寄った。


「ちょっと、いいかな」
「え? あ、あなたはさっき助けてくれた……」
「突然ごめんね、会話が聞こえちゃって。もしかして時計を直したいの?」
「は、はい。代々受け継いでる懐中時計なんですが、時計店でも造りが特殊すぎて直せないって言われて。パーツ自体が無いそうなんです」
「ちょっと見せて貰える? 何とか出来るかも」
「え? で、でも……」


遠慮半分、不審半分といった反応だろうか。
まあ当然の反応かな、とシュルクが苦笑していると、ジャンクショップの店長が助け船を出してくれる。


「なあ兄ちゃん、あんたスマブラファイターかい?」
「え、はい。そうです」
「やっぱり! たまにウチに来るんだよファイター。お嬢ちゃん、この人ファイターだから信用して大丈夫だ。万一の時はウチからピーチ城に苦情出すさ」
「……ファイター?」
「ん、知らないか? ひょっとしてこの街は初めてなのかな。神様によって異世界から召喚されたって人達さ、よく事件を解決してくれたりするんだぜ」
「い、異世界、ですか」


言っている事は正しいが、そんな事を言ったら益々怪しまれてしまうだろうに……。
……とは、援護してくれている店長には言えない。
少女は少し考え込んでいる様子だったが、意外にすぐ時計を渡してくれた。
一部のファイター達が常連で(シュルクも彼らに店を教えて貰った)、お得意様の頼みならとツールやパーツを提供してくれる事に。

店の一角にテーブルと椅子を借りて、シュルクは作業を始めた。
……が、同じく椅子を借りて向かい側に座った少女がじっと見つめて来るので、どうにも気になってしまう。


「え、と、僕の顔に何か付いてる?」
「! すみません……」
「はは、まあキミにとって僕は不審人物なんだし、大事な時計を預ければ不安にもなるか」
「いえ、そうではなく……あの、あなたのお名前は? 私はミコトといいます。この街からだいぶ離れた、寝台列車に乗って行く町に住んでいるんです」
「僕はシュルク。店長さんの言う通りスマブラファイターに属してるよ。って、ミコトは知らないんだったか、ファイター」
「はい。あの、異世界から来たというのは本当なんですか?」
「信じて貰えるかは分からないけど本当だよ。歴史も文化も認識も、何もかも違う世界から来た仲間だって居るんだ。楽しいよ」


少しだけ顔を上げ、笑顔でミコトに告げるシュルク。
彼女がどんな顔をしているか気になってちらりと見ると……予想外の表情に、唖然としてしまった。
ミコトは悲しげに眉を寄せ、泣きそうではないものの悲哀の感情を持っているのは間違い無い。
何か気に障る事を言ってしまったかと慌てたシュルクは、手を止めて心配そうに声を掛ける。


「ミコト……? どうかしたのかい?」
「いえ……。異世界か、すごいなぁ」


力無く言うミコトが気になってしまい、シュルクの作業が疎かになる。
パーツを落とした音で慌てて我に返り、時計の修理を続けるような有様だ。

どうしてだか、ミコトの事が気にかかる。
特に彼女に対して何か思う所がある訳ではない。
容姿はまあまあ可愛らしいものの飛び抜けて美少女ではないし、特に突出した部分は確認できなかった。
もちろんシュルクは相手を容姿だけで判断したりはしないが、こうも気になるなら何かしら他者と違う部分がある筈だと思われるのに、それが何か分からない。
悶々とした気持ちを抱えたまま、シュルクは作業を続けた。



店長が気を使い空調を調節してくれたり、環境的には至れり尽くせり。
3時間ほど掛かってしまったが、パーツさえ何とかなれば後は楽な作業だった。
懐中時計が針を刻み始めるのを確認した瞬間、店長を含めた3人で手を取り合って喜んでしまったほど。


「直ったー! ちゃんと動くよミコト、一応確認してくれないか」
「すごい……大丈夫みたいです。有り難うございますシュルクさん、もう完全に諦めていたので……」
「バラした複数のパーツを繋ぎ合わせて時計用のパーツにしちまうなんて、器用な事すんなあ。しかも時計自体の造りもかなり特殊だってのに」
「いえ、時計自体の修理は簡単でしたよ。パーツが問題だっただけで」
「こりゃあ時計屋が商売あがったりだな、この辺で開業だけはしてくれるなよ」


同じ地区の店同士、繋がりもあるのだろう。
冗談めかして笑う店主にシュルクも笑顔で応える。
修理代を払おうとするミコトに、必要ないからとシュルクは拒否する。
ミコトは暫く粘っていたが、パーツ代にツールの使用料等をプラスして店長に支払う事で話がついた。

しかし、やはり3時間も掛けて修理して貰ったのにお礼無しは悪いと思ったのだろう。
せめて食事でも、と言い出すミコトに、修理するのが楽しくて遊び半分な気持ちもあったシュルクは遠慮しようとするが。
女の子に恥かかせんなよ、と店長が笑って言ったのが効いたらしく、ジャンクショップを後にすると近くのカフェに二人で入った。


「時計、直る状態で良かったね。やっぱり相当大事なものなんだろ?」
「はい。代々受け継いでる物ですし、一人ぼっちになった私をずっと慰めてくれた相棒ですから」
「一人ぼっち?」


思わず訊いてから、しまった、と思ったシュルク。
一人ぼっちなんて、普通に考えたら穏やかじゃない話になるに決まっている。
歯応えのある修理が楽しくて、脳内が若干ハイになってしまったようだ。
しかしシュルクが謝罪する前に、ミコトがぽつぽつ話し始める。


「シュルクさん、暗くてつまらない話なんですが、もし良ければ聞いて頂けませんか?」
「僕で良ければ、何だって聞くよ」


有り難うございます、と微かに笑んだミコトは、聞いてみた印象的にかなり省略したであろう出来事を話し始めた。

ミコトは元々、両親と3人で平和に慎ましく暮らしていたらしい。
それが、ある日突然。
ミコトだけが見知らぬ土地に飛ばされ、一人ぼっちになってしまったと。
その土地では謂われ無い侮蔑と差別に晒され、何年も苦しめられているという。
地形や文化や歴史など、元居た場所との相違が余りにも酷く、
この場所が異世界だと理解するのに時間は掛からなかったそうだ。


「シュルクさん達ファイターは、異世界から集った仲間と仲が良いんですよね。羨ましいです、私、この世界に来て酷い目に遭わされてばっかりだったから」
「……まさか、キミも異世界から来ていたなんて。あ、ひょっとしてファイターだったりしないか? 何かの手違いで別な場所に送られてしまって、今まで見付からなかったとか」
「違うと思いますよ。ファイターって言うからには皆さん戦うんでしょ? 私、そんなのした事ありませんから。暮らしぶりは至って平凡でした」


寂しげな表情を浮かべるミコトを見てしまうと、もう放置なんて出来ない。
違うと本人は言っているが、やはり自分達ファイターと同じ立場としてこの世界に来た、という可能性は捨て切れないと思うシュルク。
何年も辛い思いをして来たという彼女を助けたい。
余計なお世話と思われるかもしれないが、事情を話すミコトの表情が今にも消え去ってしまいそうな笑みで……胸が締め付けられた。


「ミコト、キミもピーチ城においでよ」
「……え?」
「話した通り、僕達は色んな世界の寄せ集めだ。キミが異世界人だからって邪険に扱う人は居ないから。もちろん、キミさえ良ければの話だよ」
「……」


ミコトは何も言わない。
ただ俯き気味に寂しげな微笑みを浮かべているだけ。
戦えないなら家事とかやってくれると助かる、住み込みで働くと思って気楽にしてくれて良いんだよ、
と、ミコトが心苦しく思っていると考えたシュルクは案を色々と出した。
しかしミコトはそれには答えず、代わりに質問を返して来た。


「ところでシュルクさん。さっき通りで車が突っ込んで来た時、凄く行動が早かったですよね。どうしてあんなに動けたんですか?」
「ん? いや、尋常じゃないクラクションが聞こえたから目をやったら見えただけさ。事前に分かったとか、そんな訳ないからね」
「……なるほど。シュルクさんって未来予知みたいな事が出来るんですね」
「えっ!?」
「普通は、訓練してるからとか事故を経験した事があるとか、そういう答えを言うものじゃないですか? 私、行動が早かったですねとしか言ってないのに、事前に分かったとか何とか……。まるで、訊かれたら未来予知できる事を誤魔化す答えを言えるよう、シミュレートしていたみたい」


返す言葉も無い。
まさか信じないだろうと考えていた事を、向こうに言われるとは思わなかった。
バレたからといって何という訳ではないだろう。
ただの直感だがミコトが未来視の力を悪用するなど考えられないし、そもそもこの世界では使えない。
ミコトを助けられた件は完全にイレギュラーだ。


「分かった、正直に話す。厳密に言えば未来を予知するのとは違うんだけど、大体は似たようなものだよ。でも本当は僕が元居た世界でしか使えないものの筈なんだ、どうして視えたのかはまだ分からない」
「……シュルクさんが元居た世界って、どんな世界なんです? やっぱり戦いや冒険もしたんですよね。差し支えなければ聞いてみたいんですけど……」


辛い事も多々あったが、こういった風に訊ねられると話してみたくもなる。
精一杯に戦い生きた自分や仲間達の軌跡を誰かに知って貰いたいという気持ちは、少なからずあった。

だからシュルクは話してしまった。
二柱の巨大な神、その体の上に広がる世界、故郷の襲撃から旅立ち、宿敵に敗北し荒廃した街の解放、未知の土地を進み、
やがては世界の秘密を解き明かして行く……。

ミコトは黙って、しかし興味深そうにシュルクの話を聞いていた。
だいぶ端折ったものの、話すうちに辺りは夕暮れ。
飲み物1杯と軽食程度で長居してしまった事に気付いた二人は、慌ててカフェを出て街を歩き始める。


「ご馳走さまミコト、何だか気を使わせたね」
「ふふっ……シュルクさん遠慮が過ぎます。時計を直して頂いたお礼なんですから気にしないで下さい。あの時計はカフェ代すら惜しむような、どうでも良い持ち物じゃありませんよ」
「そっか、そうだね。あんまり遠慮し過ぎるのもミコトと時計に失礼か」


お互い、少しだけ過剰に感じる遠慮や気遣いが似ていて自然と笑みが零れる。
何となく話が弾み、二人は近くの公園まで来た。
摩天楼聳える大都会の中にあって豊かな緑を湛える広大な敷地には、小高い丘と備えられた展望台がある。
空にはまだ赤みがあるものの、薄暗い地上には既に灯りが点り始めていた。


「うわー、綺麗! 暗くなったら夜景が凄そう!」
「ほんとだ! 帰るまでまだ時間あるし、ゆっくり眺めようかな。ミコトはどうする、一緒に来る?」
「それは、シュルクさん達が居るお城にですか?」
「うん。説明した通り、誰も邪険に扱う人は居ないから大丈夫だよ。ファイターだっていきなり来る人も多いし、急に増えたって迷惑じゃないから」
「……」


シュルクの誘いにミコトは黙り込んだ。
その顔は寂しげで、どことなく自嘲を感じる笑み。
視線を逸らして俯いていたミコトだが、やがてシュルクの方を向いて答える。


「考えさせて下さい。結論が出たらお手紙を送りますので、連絡先を教えて頂けたら有り難いんですが…」
「手紙? 電話の方が良くないかな。ピーチ城にも電話くらいあるよ」
「いえ、その……。電話が苦手でして、シュルクさん以外の方が出る可能性も高そうですし……」
「ああ、なるほどね」


恥ずかしいのか顔を俯けて言うミコトに、何だか微笑ましい気分になる。
連絡先を教え、街に宿を取ってあるからと言うミコトを送る事に。
話すうちすっかり暗くなった大都市を彩る灯りは、空の代わりに星を浮かべているようだ。
宿泊しているホテルの前に到着し、ミコトは数歩進み出てシュルクを振り返る。


「ここまでで大丈夫です」
「うわぁ……高級そうなホテルだね、ここに一人で泊まってるの?」
「ええ、初めて旅行に出たので奮発しちゃいました。折角ですしシュルクさんもご一緒に……」
「えっ」
「…………」


もちろんミコトは完全に冗談だったのだが、言い終わる前にようやくとんでもない冗談だと気付いた。
しかも訂正する前にシュルクに反応されてしまい、無かった事にも出来ず みるみる頬を赤く染める。


「……今日は本当に有り難うございました!」
「あ、うん、またね」


誤魔化すように早口で言って、踵を返しホテルへ向かうミコト。
シュルクは半ば呆然としながらそれを見送ったが、瞬間、彼を昼間と同じ感覚が襲う。

心臓が脈打ち、すぐ目に浮かぶ、白黒映画のように頼り無い色彩の映像。
しかしそれは現実と相違ないレベルでリアルだ。
見えたのは先程ミコトと一緒に行った展望台。
そこにはミコト、何か落とし物でもしたのか柵の向こうで屈んでいる。

……そして次の瞬間、ふっと、まるで引き寄せられるように転落して行った。


「ミコトっ!」
「え?」


慌てて駆け寄り、入り口前に居たミコトの腕を掴むシュルク。
振り返った彼女の驚いた顔には構わず、捲し立てるように口を開いた。


「今日行った展望台、あそこに行っちゃ駄目だ! 落ちてしまう!」
「え……まさか、先の事が視えたんですか?」
「うん。いいかい、絶対にあの展望台には行かないようにね。忘れ物や落とし物に気付いたとか、どうしても外せない用事が出来た場合は僕を呼んでくれ」
「でも何だか悪いですよ、いちいちシュルクさんにご面倒お掛けするのも……」
「キミが死んでしまうかもしれないんだ、遠慮なんかしてる場合じゃないだろ!」


温和で柔和なイメージが付き纏うシュルクが見せる、珍しい激昂した態度。
ミコトを大型トラックから救った時とも全く違うその様子に、ミコトは呆気に取られてしまった。
やがて、やや乱暴な態度を取ってしまった事に気付いたシュルクが慌てて腕を放し謝って来るが、当然ミコトに怒りの感情は無い。
今、ミコトの心を占めているのは全く別の感情。

ミコトの表情が悲しげな微笑みに変わった。
それに対しシュルクが何か言う前に、至って穏やかな声が言葉を紡ぐ。


「シュルクさん、本当に優しいんですね……凄く嬉しいです。この世界に来て辛い事ばっかりだったから。……私、もっと早くシュルクさんと出会いたかった」
「それなら、これから楽しい毎日にしようよ。一応ファイターの皆にはまだ話さないけど、ミコトが来るの楽しみに待ってるから」
「はい。じゃあ、さようなら。シュルクさん……」


ミコトはシュルクの手を取って握手すると、今度は名残惜しむようにゆっくりと離した。
その動作が、寂しげな表情が堪らなくてついつい引き止めたくなったシュルクだが、日も暮れたしそろそろ解放せねばと思い直す。
挨拶を返し、ミコトがホテルの中へ入るのを見送ってからシュルクも踵を返して帰路に着いた。

どうなるかは分からないが、ミコトがピーチ城に来てくれれば良い。
新入りの癖に随分と勝手な事を言った気もするが、きっと仲間達は受け入れてくれると確信がある。
異世界から来て辛い目に遭っている彼女なら尚の事、誰も反対などしない筈だ。
彼女がピーチ城に住んでファイターの仲間達と楽しく過ごす未来を思い描く。

きっと喜んでくれるだろうな、でも最初は戸惑って上手く過ごせないかもしれない。
そうなったら僕が橋渡し役になってミコトが皆と溶け込めるようにしよう。
でもそうしたらミコトはまた遠慮して恐縮してしまうかもしれないな。
それでお互い謝罪と遠慮合戦になったりして……。

思い描く未来が有り得すぎて笑いが浮かぶ。
モナドの力が無くても未来なんて簡単に見えるじゃないか、と冗談めかして考えてみたり。

早くミコトから連絡が来れば良いと、楽しく“未来予知”しながら待つシュルクだった。


++++++++


「シュルクー、お前宛に手紙が来てるぞー!」


そう言われたのは、意外にも早い2日後。
慌てて受け取り、だれー、彼女ー? とからかって来る仲間達を笑顔で躱して部屋に戻ったシュルク。
封を開け、やや気分を高揚させながら便箋を取り出し……最初に目に入った一文に一瞬、息が詰まった。


【ごめんなさいシュルクさん、私はあなたのお誘いに応える事が出来ません】


実際にはそれ以前に少し挨拶文があったのだが、その下にあったその文章が衝撃的ですぐ目に入ってしまったらしい。
てっきり乗って貰えると思っていたのに、拒否されて呆然としてしまう。
しかし、いや、何か受け入れられない事情があるんだろうと続きを読んだ。


【シュルクさんのお誘いはとても嬉しかったんです。本当です。だけど私は、もう限界を迎えていました。知らない世界に送られて何年も差別や侮蔑に晒されて、私は心がどうにかなっているんだと思います。私は死ぬつもりで街まで出て来ました。時計の事だって諦めていて、せめて悔いが残らないよう、死ぬ前に悪あがきしておきたいという気持ちで修理を依頼していました。
だけどシュルクさんが直して下さったお陰で、悪あがきが実ったんです。あの時計が動く所をまた見られて、幸せでした。立派なホテルに泊まったのも最後の思い出作りで、本当はシュルクさんと出会ったあの日に死ぬつもりだったんです。】


しかし出会ってしまった。
時計を直してくれて、会ったばかりのミコトを心配して親身になってくれる、そんなシュルクに。
だから決心が揺らいだと。自分はまだ幸せになれる可能性があるんじゃないか……と、希望が生まれたのだと、手紙には書いていた。

しかし手紙はまだ終わらない。
嫌な予感で冷や汗まで浮かべながら、しかし元来の性格の為にシュルクは中断も放棄も出来ない。


【だけど、私を支えていた最後のものが、シュルクさんの話によって崩れてしまいました。シュルクさんのせいではありません。私が進んで訊いたので、希望を失ったのは私のせいです。どうやら私が元居た世界は、シュルクさんと同じみたいですね。私の故郷はコロニー6といいます。】


それを読んだ瞬間、なぜ未来視が発動したのか、そしてミコトが希望を失ったのか、全てを理解した。

シュルクと同じ世界の住人だったから、だから未来視が発動する可能性があった。
そして宿敵に敗北し荒廃した街……シュルクが話したその街こそがコロニー6。
助かった人もそれなりに居た、けれど多くの人が犠牲になった。
その中にミコトの両親が居たかどうかは分からないが、自らの意思とは関係無く異世界へ送られた上に差別や侮蔑で辛い事が続き、
耐えられなくなった心が壊れてしまったミコトには、希望を失うに充分な理由となってしまう。


【私にとって唯一の拠り所だった懐中時計は、この世界に来て1年ほどで壊れてしまいました。その時から私は破滅へ向かっていたんだと思います。
本当に、もっと早く、私が限界を迎える前にシュルクさんに出会いたかった。けれど、今更そんな事を言ったって無意味なのは分かっています。どうか気に病まないで下さい、シュルクさんに出会わずともこうなっていたんですから。

最後に幸せな思い出を有り難うございました。】


最後の一文を読んだ瞬間、シュルクは手紙を握り締めたまま弾かれたように駆け出し、部屋を飛び出した。
そのままの勢いで1階まで下り、荒々しく扉を開けてサロンに飛び込むと何事かと視線を向ける他の仲間に構わず、カービィの元へ一直線。


「カービィ、お願いがあるんだ! 今すぐワープスターで街まで送ってくれないか!?」
「ぽよ?」
「事情は後で話すからお願い、この通り!」


拝むように頼んで来るシュルクに、そもそも断る気の無かったカービィは笑顔で声を上げた。
必死の様子に心配するファイターの仲間達にも後で説明する旨を伝え、一分一秒も惜しいとばかりにカービィを抱えて外へ出る。
抱えられたまま移動するのが楽しいのか きゃっきゃと声を上げて笑うカービィを見ると、シュルクには困ったような笑みが零れた。
少しだけ気が落ち着き、心中でカービィに礼を言う。

カービィが呼んだワープスターに同乗させて貰い、振り落とされないようしがみ付きながら猛スピードで海上都市へと向かう。
嫌な予感が拭えない。見えたビジョンが壊れない。

ミコトと訪れた公園に辿り着き、カービィには先に帰ってもらう。
展望台の登り口へ向かうが……そこにあったのは、“off limits”と書かれたテープが張り巡らされた展望台への階段。
呆然としていたら、近くを掃除している作業着の年配男性を見付けたので声を掛けてみた。


「あ、あの! この展望台、少し前まで登れたと思うんですけど……何かあったんですか?」
「ああ、そこかい。つい昨日、若い女の子が飛び降りちまってね」


ひゅっ、と、吸った息が一気に詰まる。
思い浮かぶのは つい一昨日のミコトの姿。
寂しげな笑顔の正体に今更気付いても、遅い。

荒くなる呼吸を男性に悟られないよう口元を手で押さえる。
体が震え、感覚が無くなったような気さえした。
見るからに青ざめたシュルクを見た男性が、心配そうに声を掛けて来る。


「兄ちゃんまさか……飛び降りた子の関係者かい?」
「は、い……。まさか彼女が、死ぬなんて、そ、んな……」
「……いいかい兄ちゃん、よく聞いてくれ」
「えっ……?」


++++++++


シュルクは走る。
カービィに待っていて貰えば良かったとも思ったが、今は自分の足で進みたい。

後悔なら、している。
ミコトを無理にでも引き止めたり、半ば強引でも城へ連れ帰れば良かったと。
今更どう後悔したって過ぎた時間は戻らない。
シュルクに今出来る事は、急ぎ目的地へ辿り着く事。
息が切れる。足がもつれて転びそうになる。
それでもシュルクは足を緩める事無く、行くべき場所へと走り続けた。


「走らないで下さい!」
「す、すみません」


建物に入ると叱られてしまった。
走りを歩みに変えるが、油断しているとすぐ走ってしまいそうな速度。
焦りを抱えながら、公園で話した男性との会話を頭の中で反芻する。


『兄ちゃんまさか……飛び降りた子の関係者かい?』
『は、い……。まさか彼女が、死ぬなんて、そ、んな……』
『……いいかい兄ちゃん、よく聞いてくれ』
『えっ……?』



『飛び降りた女の子な、途中の木に引っ掛かってから落ちたらしく、一命を取り留めて病院に運ばれたぞ』



「ミコト……!」
「…………」


病室の扉を開けた先には、痛々しく包帯を巻いてベッドに横たわったミコト。
視線をシュルクに向けるが、表情は変わらない。
どうやら個室の病室のようで他にベッドは見当たらなかった。
シュルクは歩み寄るとベッドの側でほっと息を吐く。


「看護師さんに止められたけど、名乗ったら通してくれたよ。ミコトが話しててくれたの?」
「……もしシュルクという人が来たら、通して欲しいとお願いしていたんです」
「信じてくれていたんだね、僕の事」
「ただの理想の押し付けですよ。優しいシュルクさんならきっと、って……。時間にしてみれば あなたとは1日も一緒に居なかったくせして、勝手な事を言ったと思います」


飛び降りた事には敢えて触れず、穏やかに話す。
見た感じは痛々しいが、崖際から生えた複数の木に引っ掛かりつつの落下で、見た目よりは重症ではないようだ。
そこに椅子ありますよとミコトに言われ、パイプ椅子を広げてベッドの脇に座る。

ここに来るまで、心臓が破裂しそうだった。
言いたい事も山程あったし、心配事も説教じみた事も言いたかった……けれど。
ミコトの顔を見てしまったら、それらがどうでも良くなってしまった。
正しくは良い訳ではないが、今はどんな言葉で繕うよりも真っ直ぐな言葉を告げてミコトを迎え入れる、それが一番大事だ。


「ミコト、城においで?」

「…………」
「歓迎するよ。これから皆で一緒に、楽しい時間をいっぱい作ろう」
「……私、面倒な女ですよ。こんな……寂しがりで、心が弱くて、ネガティブで鬱陶しいですし……」
「望むところさ。寧ろキミが嫌な事を考える余裕も無いくらい、世話を焼いて面倒見させてもらうよ」
「…………」


笑顔で告げたシュルクにつられて、ミコトの顔にも笑顔が浮かんだ。
と、同時に涙が零れ落ち、髪や枕を濡らしていく。
それを拭ってあげながら、シュルクはもう一度、もう決まった事のような言い方でミコトに訊ねた。


「ミコト、城においで?」
「……はい。私、もう一度幸せになりたい……」
「なれるよ、きっと。いや、必ずしてみせる」


そこでミコトが見せた笑みは、シュルクが見たものの中で一番、屈託無い心の底からのもの。
シュルクが視た未来は結局、壊れなかった。
しかしそれは、結果だけを見るなら良かったのかもしれない。
死を覚悟してそれに至る道を辿った彼女だからこそ、考えが変わったのかもしれないのだから。

自殺未遂が良い事な訳は無い。助かったのはあくまで結果論に過ぎない。
だからこそ この奇跡を、助かった命を大事にしたい。


「必ず幸せにしてみせる、だなんて。シュルクさんそれ、プロポーズみたい」
「え! あ、いや、決してそんなつもりは……なんて言うのも失礼かもしれないけど……」
「分かってますから、大丈夫ですよシュルクさん」


クスクス笑いながら言うミコトを見ると、多少の苦しさが残っていた心が完全に解放される。
ネガティブだという彼女がどんな悪い未来を視ても、それを壊してあげようと誓うシュルクだった。





*END*



シュルク夢を書こうとすると、どうしてもフィオルンの影がちらついてしまい書けなかったのですが、
そういやマルスとかも決まった相手居るのに夢小説書いてるじゃないか、と気付いたら書けました。

しかしまだ遠慮は抜けません。なので本作もはっきりくっ付いていません。
暗黒竜や紋章は未プレイだからマルス夢を軽く書けるんだと思います。
ゼノブレはWii版をがっつりプレイしたからなぁ。
3DS版のゼノブレ欲しいですが、入手したらまたシュルク夢が遠くなりそうで怖いです。

ここまでお読み頂き有り難うございました。



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