短編夢小説
押されたいなら押してみろ



主人公設定:アイクの姉。近親愛。
その他設定:スマブラ



++++++



ミコトは今、どうにももどかしい状況だった。
スマブラ世界が再編されてからというもの、新たに登録されたファイター達に戦闘意欲を大いに刺激されたアイクが、戦いっぱなしでミコトの相手をしてくれなくなったのである。
今まではアイクの方が姉貴姉貴とうるさいくらいミコトに纏わりつき、彼女へ近付く男には牽制を欠かさなかったのに。

アイクは“押して駄目なら引いてみろ”なんて良くある駆け引きをしているつもりなど微塵も無いだろう。
しかし図らずも押して駄目なら引いてみるという状況になっており、ミコトとしてはわざとやっているのでは、と疑いたくなる。


「(何よ、いつもあたしの意思や意見なんて無視して纏わりつくのに、自分の都合が悪くなると相手しないなんて勝手なヤツ!)」


心中で強がってみても、寂しさが薄れる訳ではない。
仲間を心配させてしまうし空気を悪くするかもしれないので、あまり不機嫌を顔に出す訳にいかない。
けれど寂しさや拗ねたような感情を抑える事も出来ず、ふと気が抜けるとそれが顔に出てしまうミコト。
当然アイクに気にされる訳だが、構って欲しくても素直に口に出せない。


「姉貴、どうした。何か嫌な事でもあったのか」
「別に、無いよ」
「…………」


ふぅ、と一つ小さな溜め息を吐くアイク。
これは確実に何かあったと思われるが、ミコトの様子がおかしい理由が分からない。
アイクとの恋愛事以外に関しては大体素直な感情を表に出すミコトだから、こんな頑なに嘘を吐いて拒絶する理由は……。


「(俺の事、か?)」


自意識過剰でなく自惚れでもなく、アイクにはハッキリと確信があった。
基本的に素直な姉がこんな風になるのは、大体が自分絡みの、しかも恋愛事であると。

しかし肝心の心当たりが全く浮かんで来ない。
自分はいつも通りなのにと、本気で思っている。
やがてアイクが呼ばれ乱闘に行ってから、ミコトは何も言わなかった事を後悔してしまう訳だが。
一体何を言えば良いのか……構って貰えなくて寂しいとでも?


「(いやっ……無理無理無理、言える訳ないでしょ。それ言えるなら最初から苦労してないっての!)」


顔を赤くして両手で包み、焦った表情のミコト。
最初、とは、アイクに想いを打ち明けられた時だ。
ミコトが素直になれれば、その時から二人の関係は進展している筈である。
けれど現実はご覧の有り様。
恥ずかしさや照れ臭さが勝って自分からアイクに寄りかかれない状態だ。


「だってアイクかっこいいんだもん、悔しい。実の弟なのに何であんな……!」
「悔しいなんて言っちゃダメよ、実の弟でも素敵なら認めてあげなくちゃ」


突然掛けられた声に驚き俯けていた顔を上げると、そこにはピーチの姿。
頭の中で考えていただけのつもりが、つい口に出してしまっていたらしい。
まさか聞かれていたとは思わず、顔を赤くしたまま呆然とピーチを見るミコト。
ピーチはアイクとミコトの関係を理解しているのかいないのか、少し困ったように笑うと傍へ歩み寄る。


「格好良いなら格好良いって言ってあげたら? 男の人って女の人に認められると嬉しいんだから」
「いやいや、弟ですよピーチ姫。アイクだって姉のあたしに褒められたってちっとも嬉しくないだろうし」
「あのアイクの様子を見ていて本当にそう思うの? 彼、格好良くて男前だからモテるけれど、そんな他の誰かよりもあなたに認められたがってそうだわ」
「う……」
「やっぱり恥ずかしい?」
「……はい」


意外そうな、最初から分かっていたというような、よく分からない表情を浮かべるピーチ。
アイク以外には基本的に素直なので、意外そう、というのが正しいだろうか。
こんなに内心を見透かされては隠しても無駄に思え、ミコトはピーチへ素直な心情を明かしてみる事に。
アイクとの関係を知られているかは分からなかったが、ピーチならば理解を示してくれると確信して。


「アイクのヤツ、いつもいつもあたしの意思や意見なんて無視して、ベタベタ纏わりつくじゃないですか。なのに最近新しいファイターと戦ってばっかりで、全然構ってくれなくなって」
「あら、うふふ……」
「わ、笑わないで下さい……。でも普段、照れて拒否するみたいにしてるから、きっとアイクも分からないんですよね。あたしが、構って貰えなくて寂しいと思ってるだなんて」
「それが分かってるなら現状を変える為に動かなくちゃ。女は行動力よ」


まずは見慣れる為に試合を見に行ってみたら、なんて言われ、ミコトはスマブラ世界が再編されてから一度もアイクの試合を見に行っていない事に気付いた。
アイクが構ってくれなくなってから、寂しいと拗ねてばかりだったのだ。
そんな事もしていなかった自分自身に唖然としたミコトは、ピーチに礼を言ってすぐ行動に移す。

彼女の言う通り、女は行動力だ。うだうだ悩んでばかりもいられない。
設定を観戦にしてアイクが戦っているステージへ行ってみたミコト。
そこには久々に見る弟の勇姿があった。

臆する事なく対戦相手へ立ち向かう勇気や決断力、大剣を難なく振るい上げる筋力や運動神経、相手から決して逸らさない瞳はよく見えなくても、闘志に燃えているのが手に取るように分かる。

ああ、やっぱり。
やっぱりあたしの弟は格好良いと、ミコトは今更のように改めて思う。
いくら恥ずかしくて目を逸らしても、いくら照れ臭くて触れ合いを拒否しても。
誰かに取られたりしたら耐えられる自信が無い。
みっともなく泣いてすがってしまいそうだ。


「(あー…。何これ、アイクをシスコンだって認識してる割に、あたしの方が依存しちゃってるよ)」


けれどそれに気付いたからと言って、この気持ちを捨ててしまう訳にいかない。
自分が耐えられないだろうし、そもそも捨てる事なんてまず不可能。

ミコトは、アイクと対面した時にまた照れて強がってしまわないよう、戦うアイクを目に焼き付ける。
観戦席とはやや離れているのに、そんな小さめの姿でも胸を高鳴らせるに充分だ。
動きに合わせて波打つ筋肉も、攻撃の際に上げられる声も、全てが堪らない。


「(駄目だ駄目だ、目を逸らすなあたし! ここで少しでも慣れとかないと、また恥ずかしくなって逃げるに決まってんだから!)」


勝手に照れて顔をほんのり朱に染めながら、それでも懸命にアイクから目を逸らさないミコト。
誰かに見られていたらギョッとされる程にアイクばかりを凝視する。
やがてアイクの試合が終わり、彼はまだ戦うようだがミコトは乱闘ステージを後にする。
もう慣れた、大丈夫だ、アイクを目の当たりにしても照れないし恥ずかしがらないし素直になれるはず。

城のサロンへ行き、紅茶を飲んで気を落ち着かせる。
やはり改めて心情を伝えるとなると緊張して、ファイター達が帰って来ると、もう!? と焦ってしまった……実際には2時間が過ぎ紅茶もすっかり冷めてしまっていたのに。
ミコトは慌てて、アイクと二人きりになるべく彼が戻る前に声を掛けようとサロンを後にする。
幸いにも彼が戻って来たのは最後で、これなら二人きりで話せそうだ。

……さすがに、他の仲間達が居る前ではアイクとの関係を示唆する言葉を言いたくない。
たとえアイクの方は包み隠す気が無いとしても、他の仲間達が罵倒したり迫害したりしないとしても。
何でもない振りをしながら、努めて明るく弟へ声を掛けるミコト。


「よ、ようアイク青年!」
「どうした姉貴」
「ちょっと、その、話したい事があるんだけど。時間取らせてもいいかな?」
「何を俺相手に遠慮してるんだ、らしくない。珍しくしおらしいじゃないか」
「う、うっさい笑うな!」


自分を相手にするには珍しい態度を見せる姉に、アイクはおかしそうに微笑む。
そんな事をしてはミコトが益々意固地になって拗ねてしまうのは分かっているが、つい笑ってしまうほど可愛いのだから仕方ない。
ミコトはまた拗ねそうになったが、これではいつもと同じだと思い、何とか機嫌を損ねずに保つ。

こっちに来て、と更に人気の無い死角へアイクを引っ張り込んだ。
この辺りはファイター達もあまり来ないから、彼らの喧騒も遠くて静かだ。
開いた窓から風と木々の葉擦れの音、滝と川のせせらぎが聴こえるのみ。
ミコトはアイクを正面に見据え、口を開いて……。


「…………」
「姉貴?」


……かっこいい。

そう、ミコトの弟は、蒼炎の勇者アイクは、かっこいい。
精悍な顔、逞しい身体、耳が孕みそうな声。
スマブラ世界が再編される前の彼の姿は、彼が17、8歳の頃の見た目で、あれも中々ヤバかったがまだ幼さの残る容姿だった為に、何とか耐えられた。

しかし、今の彼はどうだ。
21歳の姿になった彼に、青さの残る少年の面影などどこにも見当たらない。
居るのは大人の男だ。
逞しく、力強く、大きく。
全てを包み込み守ってくれそうな、大人の男。

先程までの決意と勢いはどこへやら、たちまち胸を高鳴らせて黙りこくってしまったミコト。
今にも逃げ出したい気持ちなのに、視線をアイクから外す事が出来ない。


「おい姉貴、本当にどうしたんだ。具合でも悪いなら強がらずに言ってくれ」
「!!」


心配したアイクがミコトの両肩を掴み、上から覗き込むように顔を近付ける。
そんな事をされてはミコトの思考回路不良が悪化するだけなのに、肝心な所でアイクは気付かない。


「医務室に行くか?」
「い、いや、大丈夫。大丈夫だから、ほんと」
「じゃあ部屋まで送る。俺の事はともかく、自分の体調にまで強がるな」
「え、ちょっ」


アイクは少し屈んだかと思うと、腕をミコトの背中と膝の裏に回し、横抱きに抱え上げてしまった。
ぴたりと密着した身体に、近いアイクの顔。
本当に具合が悪くなりそうな程に顔が熱くなる。


「いい、いいから! 自分で歩くから降ろして!」
「駄目だ。姉貴はすぐ無理するだろ、大人しくしてろ」


ミコトのささやかな抵抗など物ともせず、アイクは姉を部屋まで連れて行く。
ベッドに寝かせ、自分は縁に腰掛けてミコトの頬を優しく撫でた。
そんな動作にも一々ときめかされ、またも畜生なんて気持ちが湧いて来る。


「ちょっとアイク青年、人の話は聞きなさいよ。何ともないって言ってるでしょ」
「姉貴はすぐ強がるからな、無理して倒れた事もあるんだから心配くらいする」
「それは、反省してるよ。結局迷惑かけちゃったから、次から体調が悪い時はちゃんと言おうって」
「じゃあ様子がおかしいのは具合が悪いからじゃないんだな? 何なんだ、俺に話があるらしいが、それが関係しているのか」
「……いえす」


あれだけ“予習”したのに情けない限りだが、やはり恥ずかしくて半ばふざけたように返事をする。


「姉貴の体調を悪くするほど、俺が何かしたか?」
「いや、むしろ……何もしてないからこそ、かな」
「つまり?」
「…………」


ミコトは一瞬だけイラッとしてしまった。
いつもミコトの都合などお構い無しに纏わりつく上、彼女へ近付く男には牽制をするのに、なぜこんな時は鈍いのか理解に苦しむ。
だが自分も、意思を口に出さないのに“構って欲しいと気付いて欲しい”だなんて虫のいい事を思っている。
普段は恥ずかしがってアイクを拒否するくせに。

何だかアイクが憎たらしくなって、そしてそれ以上に自分が情けなくなって、ミコトは急に腹を括った。
一度腹を括ればさすがはアイクの姉、行動が早い。


「アイク、お願いがある! 聞いて欲しい!」
「なんだ、さっきから本当に珍しいな」
「そう、今のあたしは珍しいの、レアなの。で、明日そんなあたしと街へ出掛けてくれませんか!」
「…………」
「……黙らないで頂けますかねアイク青年、お姉ちゃんはこれでも精一杯の告白をしたんだよ」


思い描いていた物とはズレてしまったが、一応デートの約束を言い出せた。
さすがのアイクもこう言われてはミコトの意図が分かるというもの。
またも楽しげに笑ったアイクは、本当に具合が悪いかのように熱を持ったミコトの手を握り、そっと囁く。


「荷物持ちか」
「違っ、これくらい解れよバカアイクッ!」
「冗談だ」


いつもと変わらないアイクの態度に、ミコトの気が一気に抜ける。
結局アイクは何も変わっていなかった。ただ自分が勝手に拗ねていただけ。
自分が一歩、勇気を出して踏み出せば良かっただけ。

使い古しの恋の駆け引き。
押して駄目なら引いてみろ、引いて駄目なら押してみろ。

けれど、こんな弟に押されたいのなら、こちらから押してみるのが一番良いのかもしれない。





*END*



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