短編夢小説
姉弟英雄の伝説



主人公設定:アイクの姉。近親愛
その他設定:FE烈火・原作沿い



++++++



自分が目覚めようとしている事だけは分かった。
しかし覚醒を拒否する頭は痛むばかりで、眼前には闇が広がるのみ。
やがて何とか目を覚ましたミコトはそこが見慣れない場所と言う事に気付く。
所々崩れているが立派な建物。何かの遺跡のように思えた。


「気が付いたか? 姉貴」
「アイク……」


側には弟のアイクが居て安心しホッと息を吐いた。
しかし彼の隣には見知らぬ少年の姿。
青緑の髪をした幼さの残る少年は、気が付いて良かった、と安堵の息を漏らす。
誰、と尋ねる言葉も出ずに弟の顔を見ると、教えてくれた。


「姉貴、こいつはニルスという名らしい。俺達はこの遺跡に倒れていたんだと」
「遺跡……みたいね、確かに。テリウスにこんな場所があったなんて」
「それが、ここはテリウス大陸じゃないらしいんだ」
「えっ……!?」
「ここはエレブっていう大陸なんだ。ミコトさん達は違う大陸から来たんだよね」


少年、ニルスが明るい顔をして告げる。
何だか訳が分からない。
テリウス以外に大陸など残っていたのだろうか。
そんな話は聞いた事がないし書物でも読んだ事は無く、ただ困惑する。
だがミコトは確かに、テリウスで感じた事のない空気を感じていた。

ニルスは、きっと世界が違うんじゃないかな、と小さく言う。
世界が違うだなんて言われてもそれで納得なんて出来ない。
だがテリウスと雰囲気が違うのも確かだし………。


「ニルス君、だっけ。何で世界が違うなんて言えるの?」
「だって……僕も……」
「え?」


何か言えない事でもあるのか、ニルスはそれ以上は話さなかった。
取り敢えず大陸がどうのは置いておくとして、この遺跡がどんな場所なのか理解しなければ。
ここはどんな場所なんだと尋ねるアイクにニルスが応えようとした瞬間、遺跡全体に不穏な空気が広がり始めた。
不安を煽るような禍々しい空気と共に微妙な衝撃まで感じられる。
ニルスは急にハッとしたように顔を上げ、どこか遠くへ視線を向けた。


「まさか竜の門……? ニニアン!」
「ちょ、っと、ニルス君!?」


ニルスは遺跡の奥へ走り去ってしまう。
次の瞬間、大地が裂けるような強い揺れが起きた。
突然の事に倒れかけたミコトを支えつつ、ニルスが去った方を見るアイク。
何が起きたのか、良くない事だろうという漠然とした物だけは分かった。
だが此処でこのまま結果が向こうからやって来るのを待つだけなんていうのは、この姉弟にとって全くもってらしくない、似合わない行動。
2人はニルスを追いかけて遺跡の奥へ向かった。


++++++


2人が奥へ着くと、そこには沢山の人が居た。
しかしそれより2人の視線を奪ったのは、巨大な門と、火竜。
竜鱗族かと思う2人だったが明らかに様子がおかしい。
炎を纏ったその竜は何故か実態が崩れようとしていて、膨大なエネルギーの塊が中から溢れようとしていた。
やがて奥の方に居た人達が、逃げるようにこちらへ向かって来る。
火竜は今まさに体が崩れかけている所だった。
そして人ごみの中にニルスを発見し、彼が数人の人と共に少女を引っ張って走って来るのを確認した。


「あ、ミコトさんにアイクさん!」
「ニルス、あの人達は……知り合い?」
「リン、今はそれどころじゃねぇ!逃げるぞ!」
「分かってるわよヘクトル!」
「ここは危ないよ! 早く逃げて!!」


赤い髪の青年に逃げてと言われるが、言われなくとも危険なのは分かる。
ここから離れた方がいいだろうと人々について門から離れ、同時に火竜の実体が崩れると地獄のような炎が溢れ出た。
2人が呆然としていると突然、黒いローブを纏った怪しげな男が現れる。
そのままニルスと、横に居た少女を連れ去ろうとした。


「くっ……! 失敗か!! おのれニルス、お前さえ邪魔しなければ……! 来い!」
「やめろ、ネルガル!!」
「ねえアイク……!」
「止めた方が良さそうだな」


ぱっと見た限り、黒いローブの……ネルガルとか言う男が悪人に見えた。
しかし助けようと剣を抜こうとしたアイクは、武器が無い事に気付く。


「武器が……!」
「え、無いの!?」
「父上!」


突然の叫び声は、赤髪の青年が発したものだった。
見ればその青年に良く似た男が、ネルガルと呼ばれた黒ローブの男を剣で刺していた。
死に損ないが、と苦しげに悪態を吐いたネルガルは手に魔力を集め、自分を刺している男にぶつけようとする。

魔道書を取り出す暇も無いと判断したミコトはアイクの止める声も聞かず、間一髪で赤髪の男の前に飛び出し、代わりにネルガルの魔力を受けてしまう。
刺された事で力が減っていたのか致命傷にはならなかったものの、それでもダメージを受けてしまったミコトはその場に倒れた。
怒りの対象を奪われたネルガルはまだ体に刺さっていた剣を引き抜き、邪魔をしたミコトを刺そうとしている。
庇おうと飛び出したアイクだが間に合わない。

代わりに飛び出したのは先程ミコトが庇った赤髪の男。
その体に剣を受け、彼もまた倒れる。
ネルガルはこれ以上力を使えなかったのか、そこで消えた。


「父上!」
「姉貴!」


アイクと、赤髪の青年が駆け寄って来る。
ミコトの意識は、そこで途切れた。


++++++


「……姉貴?」


目を覚ましたミコトは再び弟の顔を見つけた。
周りにはニルス、そして知らない4人の男女が居る。
どうやらどこかの宿屋のようだ。


「よかった、大丈夫みたいね。……私はリン。こっちの青い髪がヘクトルで、赤い髪がエリウッド。そしてこの子が、ニルスのお姉さんのニニアンよ」
「ミコト、です……」
「別に取って食おうってんじゃねぇからよ、そんな遠慮すんな」


ヘクトルと言う青年が豪快に笑い、ミコトの緊張も自然とほぐれた。
そんなミコトの前に、赤髪の青年エリウッドが進み出る。


「父を庇ってくれて有難う。見も知らないのに、危険な目に遭ってまで……」
「父?」
「姉貴が庇った、赤髪の男が居ただろ? こいつの父親だったらしい」


そうだったのか。
しかし自分を庇って刺された彼はどうしただろうか?
訪ねようと口を開き掛けたミコトだが、アイクが押しとどめた。
その行動に怪訝な顔をするミコトは、エリウッド達の表情に全てを悟る。
衝撃に体が震え、声を出そうにも出す事が出来ない。

自分が余計な手出しをしてしまったから?
彼の……エリウッドの父親は、もう……。


「あ、あたしが、あたしが余計な手出しをしたせいで……!?」
「ミコト様のせいではありません……」


ニルスの姉・ニニアンが、悲しみと罪の意識に満ちた表情で口を挟んだ。
その表情は痛々しい程に沈んでいて、見ているこちらが辛くなりそうな程。
私が、私のせいで……と声を震わせ始めたニニアンを、エリウッドが優しく慰める。

そんな雰囲気を払拭しようとしてくれたのか、ヘクトルが進み出てミコト達の事を尋ねて来た。
そう言えば話していなかった事に気付いて、テリウスと言う大陸に住んでいた事、気が付けばあの遺跡……ヴァロール島の竜の門がある遺跡に居た事を教える。
そしてエリウッド達からも、この旅の事や黒い牙、そしてネルガルや竜の話を聞いた。


「俺達の大陸にもラグズって種族が居るが、ずっと対立してたからな」
「え……? それって、まさか同じ大陸で過ごしてるって事?」
「そうよ。最近やっと歩み寄り出したんだ」
「……そんな……事が、そんな素晴らしい事が出来るのですね……」
「すごいや……」


妙に食い付いて来るニルスとニニアンに少々違和感を感じながらも、一同は話を終わらせる。
それにしてもこれからどうしたらいいのだろうか。
何とかして帰る方法を探るしかないのは分かるが、2人はこの世界の事すらわからない。
前途多難なのは目に見えている。
どうしようか考えていたミコト達だが、ヘクトルが急に提案して来た。


「なぁ、俺達と一緒に行くってのはどうだ?」
「え?」
「どうせこの世界の事は分からないんだろ? 俺達も戦力が増えると助かるし。それに竜の門の近くに倒れてたんなら、ネルガルに対抗するうち何か分かるかもしれねぇ」
「ヘクトル、彼らをこんな危険な事に巻き込む訳には……」


エリウッドは抗議するが、ヘクトルの提案はアイクとミコトにとって有り難い申し出だった。
危険はデイン王国との戦いで経験しているし、何にしてもこの世界の事はさっぱり分からないのだ。
この世界の住人と行動を共に出来るならそれが一番いいだろう。
エリウッド達は悪人でもなさそうだし、何となく他人とも思えない。
こうしてミコトとアイクは、エリウッド達に同行する事になった。


++++++


デインとの戦いを乗り越えていた2人は、今の軍内ではもはや最強だった。
他の仲間達の成長を考えて後方支援や残党の処理などをしている。
そんな彼らでも怪我をする時もあった。
敵の魔法が当たりアイクが負傷する。
近くに居たギィが、プリシラを呼ぼうとするが……。

アイクが剣を放り投げて高く飛び上がり、上空から落下しつつ敵に攻撃を加える。
2回連続攻撃が終わり敵が倒れた後、アイクの傷は治っていた。
困惑するギィと、その後ろからやって来るミコト。


「え……あれ!?」
「おぉー、相っ変わらず絶好調だね、“天空”」
「姉貴……。見てたなら助けろよ」
「だって避けると思ったんだもん」


茶化すミコトにも、敵が襲い掛かる。
しかし彼女は余裕の笑みを浮かべて悠々と魔道書を構えた。
それはレクスボルトの魔道書。
ミコトの武器は無くなっていなかったようで、テリウスから持って来た品。
元々の専門は闇魔法だがその他の魔道書も使いこなせる彼女。
強烈な電撃が敵を襲い、一撃で葬り去った。
唖然と見ていた他の仲間達の中から、魔道士の少年エルクが声をかけて来る。


「その魔道書……。サンダーでもサンダーストームでもありませんよね?」
「ん? あたし達の住んでる大陸の魔道書だよ。珍しい?」
「はい」
「この戦いが終わったら見せてあげるよ。他にも色々持ってるから」
「いいんですか? ……有難うございます!」


嬉しそうに笑うエルクと、それにつられて更に微笑むミコト。
それを見たアイクは、何となく嫌な感じがした。

分かっている、嫉妬だ。
すぐ姉に歩み寄ると無理やり腕を引っ張りエルクから引き離す。
ミコトは突然の事に慌てつつもしっかりエルクに笑顔で挨拶して後方支援に向かうが、アイクはそれなりに力を込めて引っ張っていていい加減腕が痛い。


「引っ張んないでよ、痛いっ! 一体なに……あ、もしかして嫉妬?」
「そうだ」
「そ……即答ですか……」


今周りに誰も居ないのは分かっているが、そんな事を言われるとつい周りを確認してしまう。
まさか姉弟で恋人同士なんて言える訳がない。
この部隊の者達を見ていて分かったが、ミコト達が姉弟で愛し合っていると知っても、きっと邪険に扱ったり暴言を吐いたりするような者達ではないだろう。

しかしやはり心に引っ掛かるものはあるだろうし、優しい彼らは自分達の扱いに悩んでしまうかもしれない。
折角受け入れてくれた彼らを余計に悩ませるような事などしたくなかった。
ここでもコソコソしなければならない変わらない自分達の関係に、ミコトは小さく溜め息をついた。


++++++


大賢者アトス。
千年もの昔に竜を退けた八神将の一人であり、生きた伝説と呼ばれる老人。
彼ならば何か知っているのではないかと思い、ミコトとアイクは、彼に自分達がこの世界に来た原因に心当たりがないか尋ねてみた。

返って来た答えは、“時空の乱れ”。


「ネルガルが門を開き別世界より竜を呼び出そうとした。おそらくその時お主らの世界に一瞬だが偶然繋がり、そしてお主らが飲み込まれてしまったのだろう」
「あたし達が……、偶然ですか?」
「……娘、ミコトと言ったか。お主は、向こうの世界では特別な力の持ち主のようじゃな?」


アトスの指摘に2人は驚いた。
ミコトとアイクの住むテリウス大陸には闇魔道士が極めて少ない。
闇魔法自体も希少価値の高い物が多く、加えてミコトは特別な闇魔法を扱える。
ミコトは自分で魔道書を作りだす事ができ、その為にただでさえ希少な闇魔法の唯一無二な魔道書まで所持している。

しかし彼女はこちらの大陸に来てから、その魔道書が店に売られている事に気付いた。
ミィルの魔道書は普通にあったし、聞けばルナやリザイアなどもあるらしい。

ミコトの高い魔力に類稀なる才能、偶然とはいえこちらの大陸と同じ闇魔法。
それらも合わさり、ミコトの力にネルガルの力への欲求が反応したらしい。
しかし2人は異端の存在。
“儀式”が執り行える状態ではなかった為、竜の門から離れた場所に落とされてしまったらしい。


「でも、そのネルガルって奴も大変だねー……。この世界じゃ闇魔法はあたし達の世界ほど希少じゃないんでしょ? あたしは何の変哲もない闇魔法が使えるってだけなのにさ」
「……そうは思わぬが」


更にアトスは言葉を続けた。
今は抑えられているがミコトからは強大な魔力を感じると。
そして更に、特別な魔道書を持っているのではないかとも訊いて来た。
さすが大賢者と呼ばれるまでに魔法を極めた相手には分かってしまうようだ。
ミコトは一冊の魔道書を取り出す。


「……“魔王”が、使ってた魔道書らしいです」


古代文字で“ナグルファル”と書かれた魔道書。
デイン=クリミア戦争が始まる前、あのミコトを狙った者達に彼女がさらわれた事件の後。
自分達を助けてくれた、フードの付いたローブで全身を隠していた男に貰った魔道書。
あれが結局誰だったかは、分からないけれど。
少なくとも闇魔法に通じている者だという事しか分からない。

闇の才能が高いミコトも、この魔道書を持った時に緊張した。
威力はさることながら、生い立ちが余りに禍々しい気がして。
しかし彼女はそんな闇の魔道書さえも完璧に従えていた。
闇を従え闇に君臨する、そんな才能が彼女にはある。


「では、ミコトはネルガルに狙われる可能性が……」
「そうじゃエリウッド。しかしこの事が知られていない以上、コソコソするのは逆に怪しい」
「あたしは大丈夫。自分の身は自分で守れます」
「俺も姉貴を守る」


2人の強い言葉にアトスは頷き、一本の剣を取り出してアイクに渡した。
きっとまだ部隊の中ではアイクしか使えないであろう剣、それはこのエレブ大陸で最強の剣の1つ、リガルブレイド。
アイクは遠慮なく受け取る。
その剣はどことなく、自分が正式に傭兵となった際、父から貰い受けた剣に似ているような気がした。

この先、何があっても諦める訳にいかない。
無事にテリウスに帰る為にも、必ず。


++++++


「ほら、ミコトもアイクも飲めよ!」


あの後エリウッドの故郷・フェレに行き、皆の体を休める為1日滞在する事になった一同。
食事など身の回りの事も終わり落ち着き始めた頃、異世界の話を聞きたいとヘクトルがせがんだ為、その場に居て興味津々だったリン、ヘクトルが無茶な真似をしないかと心配したエリウッドも加わり、成り行き的に5人で酒を飲む事になった。
テリウス大陸の歴史や伝承、こちらには無い種族や武器や戦い方、様々な話を興味深く聞いてくれる彼らについ良い気になり、気付けば夜も更けて来た。


「もう、ヘクトルったら飲み過ぎよ!」
「何だとリン、お前こそ飲んでるじゃねーか!」


どっちもどっち、すっかり出来上がっている。
アイクも普段なかなか酒など飲まないが、自分達の当たり前がこちらでは違う事も知り、話すのが面白くて釣られて飲んでいるらしい。
アイクも酒に弱い訳ではないだろうが、どうにも心配らしいミコトが続きを止める。


「アイク、あんたも飲み過ぎだって!」
「何だよミコト、アイクの奴酒が駄目って訳じゃねーんだろ。折角なんだ、こういう時飲まなきゃ男じゃねぇぜ!」
「悪かったな、男じゃなくて。とにかくヘクトル、酔っ払って人の城を壊さないでくれよ」


飲んでいないエリウッドの皮肉たっぷりの物言いに、ヘクトルが少し大人しくなる。
この人は酔っ払うと城の壁を壊すのか? とミコトがリアルに想像し始めた時、突然ドスの利いた、地の底から響いて来るような声が聞こえた。


「……いぃだろうが……」


エリウッドとリンはヘクトルの声だと思い彼を見たが、彼もまた誰の声か探っていた。
ミコトはすぐに誰の声だか分かり、冷や汗を流しながら声をかける。


「……アイク青年?」


確かに今の声はアイクだった、本気で怒っている時と同じような声だったが。
アイクの目は完全に据わっており酔っ払っているのは目に見えている。
アイクは飲んでいなかったミコトとエリウッドの前に酒瓶とグラスを置き、酒を注いだ。
当のミコト達は困惑して顔を見合わせる。


「……飲め」
「はい?」
「お前らも飲め、俺の酒が飲めないのか!?」
「アイク青年……これはアンタのお酒じゃないよ……」
「ゴッチャゴチャ抜かすなぁぁ!!」


理不尽で傍若無人な物言いの後、アイクはエリウッドの頭を掴みグラスに注いだ酒を一気に飲ませた。
おいおい! とヘクトルが突っ込むが、酒を飲ませたアイクは満足げに笑い声をあげる。
強い酒を一気に飲まされたエリウッドはいきなり酒がまわった為か頭を抱えている。

唖然とするミコトとリン、しかしこの中で飲んでいないのはミコトだけとなった。
アイクはミコトの前に酒の瓶とグラスを置く。
流れ的に次は自分だと悟ったミコトは、さっさと去ろうと立ち上がる。


「じゃ、じゃああたしはこれでっ!!」


だがそれも束の間、逃げようとしたミコトをヘクトルが羽交い締めにして捕まえた。
体格も大きく力も強い彼にがっちり絞められ、身動きが取れない。


「ぎゃーーーー!! 待って待って、ちょっと待ってっ!!」
「アイクー! やーっちーまえっ!!」


アイクの目が更に据わり、睨み付けるような視線に変わる。
恐い恐い恐い恐い! と半ば本気で恐怖するミコトだが、アイクの怒りは彼女に向けられたものではなかった。


「……姉貴は俺のだ」
「へ……」
「姉貴は俺のだ!!」


突然アイクがミコトを羽交い締めにしているヘクトルに突っかかって行く。
やんのかコラ、と酔っ払っているヘクトルがミコトを放し応戦しようとするが、アイクはヘクトルには向かわず、放されたミコトを抱き締める。
先程から、姉貴は俺のだ、姉貴は俺のだと同じ言葉を繰り返すアイクにミコト達はただ困惑するばかり。

次の瞬間アイクが酒瓶を掴み、中身を飲んだ。
……と思ったら、口に含んだ酒を直接ミコトに飲ませる。
俗に言う口移しと言うやつだ。
エリウッドもヘクトルもリンも、そしてミコトも瞬時に固まる。
ミコトは酒を飲まされ終わった後、満足そうにしているアイクから離れて魔道書を構えた。

……魔防無視のルナを。


「ちょっ、ミコト! それは駄目だ、いくら何でも当たったら……!」
「エリウッドの言う通りよ、とにかく落ち着いて、ね!?」
「……んのっ、馬鹿ぁぁぁ!!」


遠慮なしにルナを発動させるミコト。
ひょっとしたら夢中になっていても加減したのだろうか、アイクに少し掠っただけで魔法は消え去る。
倒れたアイクを無視して、ミコトは走り去った。


++++++


いきなり仲間の前で無体な事をされてむしゃくしゃしてしまい、外で風に当たっていたミコトの元にアイクがやって来た。
さすがに先程の命懸けの局面では生存本能が働いたか、今は素面に戻っている。


「姉貴、さっきは悪かった」
「次やったら当てるよ」
「分かってる。もう人前ではしない」
「『人前では』って…」


ミコトの隣に立ち、アイクは共に空を見上げる。
少しだけひんやりする風が酒によって体内に籠った熱を奪い、そよそよと微妙な感覚が心地よかった。
ふとミコトが切り出す。


「この世界なら、コソコソしなくていいと思ったんだけどなぁ……」
「俺達の事か? ……無理だろう。俺が姉貴って呼んでるしな」
「そうだけど……」
「だから言っただろ? 周りに知り合いが居ない所では、名前で呼ばせてくれって」


それは、ミコトは了承しかねた。
生まれてからずっとアイクには“姉貴”としか呼ばれていない。
それを突然名前で呼ばれるなんて……。
まるで近くに居た弟が遠い人になったような気がしてしまう。

普通の感覚は逆かもしれない。名前で呼ばれると距離が近付く感じがするのかもしれない。
しかしミコトとアイクはお互いに意識していない頃から過剰なまでに仲が良かった。
だからこそ逆に遠くなったような気がしてしまうのだ。


「……ミコト」
「っ!?」


思っている間に、不意打ちで名前を呼ばれる。


「ちょっと、やめてよ!」
「何で駄目なんだ。姉貴の名前はミコトだろ?」
「そうだけど……」
「ミコト」
「やめてってば、あんたに名前で呼ばれるのは嫌なの!」
「何でだ、ミコトの事を姉貴なんて呼んでるのは、どこの世界に行こうが俺1人だけじゃないか!」
「だからよ、あたしの事を姉貴って呼ぶのはあんただけ! ミストにお婿さんが来ても姉貴なんて呼ばせない!」


思いもよらない言葉に、アイクは押し黙る。
アイクただ1人だけが呼ぶ事の出来る特別な呼び名。

“姉貴”

確かに自分達は姉弟で許されない関係かもしれないけれど、自分達がこの立場に生まれたから、今の自分達が居る。
幼い頃から過剰なまでに仲が良かった二人だけの関係を崩したくない。
末妹のミストの事も大事な存在だが、お互いに向ける感情は確かに違っていた。

それにどんな関係になろうがミコトとアイクは姉弟なのだ。
今までずっと、それで生きてきた。
それを大事にしたいとミコトは思っていた。
アイクは姉の考えに同意し彼女を抱き締める。


「……姉貴」
「……それで良し」


++++++


「……彼らは……」


ミコトとアイクから離れた所から、心配して追って来たらしいエリウッド・ヘクトル・リンが2人を見ていた。
今の会話は姉弟である筈の2人がまるで愛し合っているように聞こえる。
実際そうなのだろう。


「大変そうだな、色々」
「私達がごちゃごちゃ言っても何にもならないわ。せめてミコト達が幸せになるよう祈る事しか……」
「これ以上邪魔する訳にもいかない。行こう、ヘクトル、リンディス」


2人を残し、3人はそっと立ち去った。


++++++


ミコトとアイクは、エリウッド達の軍で戦い続けた。
しかし帰る方法については一向に分からないままだった。
彼等の状況に進展があったのは、ベルンにある封印の神殿にて、アトス、そして今も生き続けるもう1人の八神将・ブラミモンドに会ってからだ。


「竜の門から、元の世界に帰れるんですね?」
「そうよ。あんた達は竜の門からの力でこの世界に来てしまった。じゃあ、そこから帰らないとね」
「何か特別な事は必要か?」
「いや。強いて言うなら、あんた達が竜の門に辿り着き門を開く事だな」


ブラミモンドが、話しかけたミコトとアイクの口調や声を反映して話す。
ようやく元の世界に帰れる目処が付いてくれた。
エリウッド達は喜んでくれるが、同時に寂しそうな顔もする。
この世界に住む仲間達と共に戦い、世界を救う為の旅をしながら毎日を過ごした。
2人は仲間達とすっかり打ち解けている。


「おいおい、まだ何にも終わってねぇんだ。悲しむのも何するのも後だ!」
「そうだな……」


ヘクトルの言葉に頷き、少し複雑な気分になりながら一同は封印の神殿を後にした。


++++++


地上に戻った一行。
エリウッド達は、ブラミモンドに神将器の封印を解いてもらう事ができた。
ネルガルに対抗できる武器が手に入るのは良いが、かなり不思議な雰囲気だったブラミモンドに対しては疑問が残るばかりだ。


「ブラミモンド様、不思議な人だったわね」
「ああ……。結局、何故あの人は封印を解いてくれたんだろう?」
「さて、な。あれは決して見通せぬ深き暗闇。その本質は、もとより常人に理解できるものではない」


アトスさえ分からない、闇の神将ブラミモンドの真意。
しかし特別な闇使いであるミコトには、何となくブラミモンドの気持ちを理解する事ができた。

闇を持つ者は自身がどう思おうが、光を求めてしまう。
自分と対極にある、輝く力を。
本当は闇にとって光は、天敵でも弱点でも相容れないものでもない。
憧れ、焦がれ、求めてしまうものなのだ。
ブラミモンドはエリウッド達に光を見た。
だから結局は協力したのだろう。


「……姉貴? どうした」
「いや……」


自分もアイクという光に惹かれたのかもしれない。

……なんて事は、言ってあげない。
照れくさいし、ね。


……瞬間、妙な気配が辺りに漂う。
どことなく闇の力を感じ取ったミコトが警戒を促そうとしたが遅く、転移魔法によりネルガルが現れた。


「ようやく、力が満ちた。さあ、ニニアン、ニルス。私の為に竜の門を開け」


近付いて来るネルガルにエリウッド達が止めに入る。
しかしネルガルは、回復した力をちらつかせて脅しにかかった。
ここで力を使わせエリウッド達を見殺しにするか、自分について来るか。
卑劣な脅しにミコトが抗議しようとした瞬間、静かな、しかし凛として辺りに響く声が聞こえて来た。


「……私が行けば、弟は見逃してくれますか?」


ニニアンだ。
恐怖に小さく震えながらも毅然と立っていて、ネルガルを見据えている。
彼女の申し出に誰もが驚き、ミコトも止めようと口を開きかける。
が、ミコトは、視界の端に自分を庇うように立つ弟を見つけ押し黙った。

……もし、自分がニニアンの立場だったら。
自分が行けば弟が助かるのならきっとそうする。
弟を持つ姉としてその気持ちは良く分かる。
でも、だから尚更、そんな決意をしたニニアンに犠牲になって欲しくなかった。

ネルガルも余計な面倒は増やしたくないのだろう、一人いれば事足りるとニニアンの申し出で妥協する。
ニニアンはニルスに自分の力を渡すと、ネルガルの元に歩いて行く。
このままではネルガルがニニアンの力を使って竜の門を開いてしまう。
ミコトにとってはそれで帰れるのだが、悪しき心を持つ者に開かせては絶対に駄目だ。
それにニニアンも、絶対に無事では済まないだろう。

だめだ、そんなこと絶対にさせない……!!

突然、ミコトがネルガルの方へ駆け出した。


「させない、絶対にさせない!!」
「姉貴!」
「ミコト!?」


アイクや仲間達の驚愕の声を背に、ナグルファルを発動させるミコト。
自分の力の事が知られてしまえば危険になるが、もうそんな事など構ってはいられなかった。
しかしニニアンに影響がないギリギリまで魔力を込めて魔法を放ったものの、ギリギリで避けられネルガルには当たらなかった。
ネルガルはニヤリと笑うと、転移魔法でミコトの隣に現れ腕を掴む。


「な、っ! 放せっ!!」
「これは……相当強いエーギルが取れそうだな。丁度いい、次はお前を生贄に使ってやろう」
「やめて下さい……! ミコト様に手を出さないで!」


ニニアンが珍しい大声を上げ、ミコトを庇う。
しかしネルガルは聞き入れようとしない。


「約束したのは、お前の弟を見逃すというものだ。他の者は入っていない」
「そんな……」


ニニアンは絶望に沈む。
またエルバートの時のように、人を犠牲にしてしまう。
そんな自分が嫌で、進んでネルガルの脅しに屈したのに。
また同じ事を繰り返してしまうのか。

だが突然、ミコトの体が浮いた。
ネルガルの注意がニニアンに向いた隙にアイクがミコトを奪い返したのだ。
アイクはニニアンも掴もうとしたが、その前にネルガルが魔力を解き放ち、爆発を起こした。


「いかんっ!」


アトスの声が聞こえたのを最後に、何も分からなくなった。


++++++


至近距離でネルガルの置き土産にやられたミコトとアイクが目を覚ました時、事態は急変していた。

ネルガルを倒す為に、神将器であるデュランダルを手に入れたエリウッド。
そして知らなかったとは言え、彼の手によって命を落としてしまった竜の娘ニニアン。
ニルスは姉を喪った絶望に沈み、誰とも顔を合わせようとはしなかった。
そんな彼をアイクが訪ねる。


「ニルス」
「……アイクさん。もう大丈夫なの?」


まだ人を気遣う余裕があるのかと思ったが、声には少しの元気も無かった。
ずっと一緒だった姉を喪ったのだからそれも当然と言えよう。
アイクも他人ごとではない気がして、ぐっと言葉を詰まらせる。
ニルスは顔を伏せアイクの方を見ようともしない。
しかし姉のいるアイクに少々同一感を抱いたのか、ぽつぽつと話し出した。


「ニニアン……ずっと一緒に生きてきたのに……。僕、これからどうしたら……」
「……」
「もう、僕も死んでしまった方が……」
「……ニルス」


もしミコトが死んでしまったら、自分はどうするだろうか。
姉で、しかも恋人であるミコトが……。
後を追うだろうか。

……いや、きっと追わない。
仲間も1人残される妹もいるし、何よりミコトはそれを望んだりはしないだろう。
ニルスはニニアンの他に家族は居ないようだが、ならば尚更、ニニアンはニルスに生きて欲しいと思う筈。
そしてニルスがこんなに沈んでいるのも望まない筈だ。
アイクはニルスの側から立ち去りつつ、振り返らず話しかけた。


「お前の姉は……、きっとお前の事を信じている」


ただそれだけ。
あと、どうするかはニルスが決める事。
アイクは立ち去った。


++++++


「やっさしいねぇ、アイク青年」
「姉貴」


ニルスの居る部屋から出るとミコトが居た。
二人の話を聞いていたようだ。
ただ思った事を言っただけだ、とあっけらかんとしているアイクに、まあいいけど……と笑うミコト。


「……で、アンタはどうするの?」
「何が」
「あたしが死んだら」


腕を組んで壁に寄りかかり、アイク同様あっけらかんと言うミコト。
しかしアイクはそんな姉の瞳に、少しばかりの異変を見た。
辛さと悲しさが宿っているようなそんな瞳。
ただ姉は強がっているだけで、本当はこんな質問したくないのか、それとも望んでいる答えがあってそれをアイクが言うか不安になっているのか。

だがアイクは、ミコトがなぜそんな事を訊いて来るのか意味が分からない。
そんなもの初めから答えは決まっているのだから。


「姉貴は死なせない。絶対に俺が守る」
「……そう」


真顔でそんな事を言うアイクに照れくさくなったミコトは、つい強気な態度のまま素っ気ない返事をしてしまう。
照れるな、とストレートに核心を突くアイクに、誰が照れたって!? と反論すれば、姉貴が今、とあっさり答えられ反論のしようがなくなってしまう。
怒ったような、困ったような顔を真っ赤にして黙り込んだミコトの肩を、アイクは抱くように叩いてくつくつ笑った。
それを見たミコトは笑うな! と怒り出し、また振り出しに。
スマン、と言いながらまだ笑うアイクに怒っていたミコトが、ふと笑顔に戻る。


「でもありがと。あんたの事、あたし信じてるから」
「……」


突然、アイクがミコトを抱きしめた。
対処が出来ずによろけて倒れかけるミコトだが、それさえもアイクはしっかりと支えて離れる事を許さない。
図体が大きくなっても子供のような行動をする事に、ミコトは呆れと安心を同居させていた。

いつまで経っても子供な可愛い弟。
成長しても立派になって周りの者たちに認められても、自分にとってはきっと、ずっとそうであるだろうアイク。
成長するにつれ子供な部分を見せるのがミコトだけになっていき、それに対してもまた嬉しくなる彼女。
アイクの背に手を回し、抱きしめ返すのだった。


++++++


目の前には、巨大な力があった。

ミコトとアイクはエリウッド達と共に再び魔の島に乗り込み、ネルガルが作り出したモルフ達との死闘を終えた。
そしてネルガルをも倒し、ついにエレブ大陸に平和が訪れたと思った矢先、ネルガルが最後の力を使って呼び出した竜が竜の門より出現したのだ。
3体もの火竜の出現に絶望に沈みかけた時、ブラミモンドが現れた。


「準備に少し手間取った。……よし、ここに集え、神将の力……!」


伝説の八神将が使った神器達が凄まじい光を作り出し、奇跡を起こす。
眩い光が消え去った後、そこには命を落とした筈の娘が。
エリウッドとニルスが驚愕と歓喜に喜びの声を上げる。
命を落とした筈のニニアンが、蘇った。


「ここは……? 私……」
「……竜の娘よ。その力で、火竜を静めるがよい」


ブラミモンドに言われ、ニニアンは自分の力を確認する。
確かに力が戻りつつあった。
ニニアンは一瞬だけ、辛そうに眉根を顰める。
竜達には何の落ち度も罪もないのだ。
ただ開かれた門に気付き、望郷の念を抑えきれずに潜ってしまっただけ。
しかし人間達を見つけ冷静ではいられなくなっているようだ。
罪の無い同胞を葬り去らねばならない辛さを押し込め、ごめんなさい、と呟いたニニアンは氷竜の力を火竜に向け使った。


「駄目だ……」
「姉貴?」
「ニニアン、まだ力が戻り切ってないんだ」


その言葉にアイクがニニアンを見ると、確かに辛そうにしている。
同胞を葬らねばならない精神的な苦しさだけではないようだ。
火竜達も苦しんではいるものの、倒すには至っていない。
ミコトは遂に倒れかけたニニアンに駆け寄り、しっかりと支える。


「あ……、ミコト様……」
「大丈夫よ、ニニアン。私の魔力を分けてあげるからね」
「すみません……」
「いいの。さ、今は火竜達に集中して」


ミコトの体からニニアンに魔力が送り込まれる。
闇の魔力だったので心配だったのだが、力を補う事は出来るようだ。
ミコトに支えられつつ何とか持ち直したニニアンは、再び火竜に攻撃する。


「(ニニアン……頑張れ!)」
「(姉貴……!)」


姉達の姿に、心中で強く応援する2人の弟。
ミコトの魔力を分け与えられたニニアンの力が火竜を消滅させていく。
しかしあと一体という所でニニアンが力を使い果たしてしまった。
ミコトに寄りかかるように倒れてしまったニニアンを心配し、ニルスやエリウッドが駆けて来る。
気を失っているだけのようで、ホッと息を吐いた。

さて、これで終わりではない。竜はあと一体だけ残っている。
倒れたニニアンをブラミモンドに任せ、エリウッド達は残った火竜に対峙した。

烈火の剣デュランダル、天雷の斧アルマーズ、
神将器ではないが竜特効を持つソール・カティ、
業火の理フォルブレイズ、至高の光アーリアル。

エリウッド・ヘクトル・リン・アトスは、それらの武器を駆使して火竜に立ち向かう。
その後ろ姿を見送っていたミコトの隣にアイクがやって来た。


「もう、俺達の出番は終わりだ」
「……そうだね」


後はエリウッド達の勝利を信じて任せるしかない。
そうしたら、この世界ともお別れだ。
最初は帰りたくて仕方がなかったし帰らなければならない事は変わらない。

それに今だって早く故郷に帰りたいが、それが同時に辛くもあった。
この世界に来て打ち解けた仲間達、もうきっと二度と会えない。
そうなると帰る事に対して胸が痛くなる。仕方のない事なのに。

しかしミコトが痛む胸にそっと顔を俯けた瞬間、彼女は異変を感じる。
エリウッド達は最後の火竜を追い詰め、今にも倒そうとしている。
しかしその火竜の後ろから、もう1つ巨大な影が……。


「危ないっ、引いて!!」


ミコトの叫び声に、戦っていたエリウッド達が反射的に飛び退く。
つい今エリウッド達が居た場所へ地獄の業火が襲いかかった。


「そんな……!」
「おいおい、マジかよ」


エリウッドとヘクトルが呟いた瞬間、竜の門から火竜がもう一体現れた。
そうだ。まだ門は開いたままなのだ。
あと少しで火竜を倒せる所まで追い詰めていたエリウッド達に、新たな火竜を合わせて2体同時に相手出来る余裕など無かった。


「……出番、ありそう」
「そうだな」


ミコトとアイクは考える時間も惜しいとばかりに武器を構え、恐れを知らずに新たな火竜に向かって行く。


「だめよ、2人とも!」


リンの声が聞こえたが、構わず攻撃する2人。
しかしミコトとアイクの武器では、火竜にかすり傷一つつけるのが精一杯だ。
このままではエリウッド達は2体の火竜を相手にしなければならない。
勝利が困難なのは明白、万が一手こずって他の竜に気付かれたりしたら終わりだ。
火竜達から一旦退避したエリウッド達に、ブラミモンドがある提案を持ちかけた。

彼が取り出したのは、黙示の闇アポカリプス。


「ブラミモンド、それは……」
「アトスよ、確かにこれは避けたかった。しかし、もう他に方法は無い」


何を話しているのか分からない一同。
ブラミモンドは、アポカリプスをミコトに渡そうとする。


「えっ……? あたしに、使えっての?」
「アンタなら使える筈よ。……ただし、使うには覚悟が必要だけどね」
「覚悟……?」


ブラミモンドの話によると、神将器はこの世界、この大陸に完全に属する武器だと言う。
たとえ一時でもその武器を身に宿し使おうというのなら、この世界からは出られない。
魂がこの世界に縛り付けられてしまうそうだ。
無理に他の世界に行こうものなら命を落としてしまう……。
つまりテリウス大陸には二度と帰れなくなる。
その余りに重い事実に、ミコトは茫然とした。

こんな時に蘇るのは、走馬燈のようなテリウス大陸の追懐。
優しい母と厳しくも逞しい父の間に生まれ育まれた記憶。
幼少期から連なる家族の記憶は何より温かい。

そして第二の家族とも言える傭兵団での楽しい日々。
決して裕福ではなかったが明るく希望に満ちた毎日だったと思い出せる。
自分が生まれ持った闇、そのせいで起きてしまった事件、その中でアイクと想いを通わせ愛し合っている事を自覚した。

そして命がけで戦い抜き勝利をおさめたデイン=クリミア戦争。
その戦争での出会いもミコトには掛け替えのないものだった。

それらの愛しく掛け替えのない世界に、もう二度と帰れない。
しかし、このままではエレブ大陸は滅亡しかねない状況だ。
もう関わってしまった。
今更見捨てる事など、出来る訳が無い。


「……使う」
「姉貴っ!!」
「駄目だ、ミコト。帰る所のある君に、ここまで押し付ける訳にはいかない」
「でもエリウッド、このままじゃこの大陸は滅亡しちゃうでしょ!?」


その通りだ。
このままでは……。


「姉貴……!」
「ごめん、アイク。テリウスに帰ったら皆によろしく言っといて」


辛さを隠すため、わざと早口で強く言う。
止めようとするアイクを振り払い、ミコトはアポカリプスを受け取り身に宿す。
ナグルファルとは違い禍々しい重さは無かったが、千年もの昔に大戦争を勝ち抜いただけの力はさすがに凄まじい。
竜に特効のある神将器、これなら竜を倒す事が出来る。


「じゃあ、新しく来た火竜はあたしに任せて」
「1人じゃ無茶よ。私も手伝うわ」


結果、新しく来た火竜はミコト・リン・アトス、残った火竜はエリウッドとヘクトルの2人で応戦する事になった。

この世界の者達と、この世界の武器を使い、この世界の因縁に立ち向かうミコト。
何だかもう、彼女が初めからこの世界の者なのではないかと錯覚してしまう。

やがて2体の火竜を追い詰め、遂に撃退に成功したミコト達。
仲間達と喜び合う姉を見据えながら、アイクはある決意をした。


++++++


ずっと一緒に生きてきた姉と別れる弟が2人。
片方は永遠の別れ、片方は一時的な別れ。

どちらも寂しそうで、しかし、何かを決意した後のように明るく清々しい顔をしていた。


++++++


ニニアンとエリウッドが想い合っているのは明白だった。
そんな姉を気遣い1人で元の世界に戻る事を決意したニルス。
そして神将器を使いこの世界に残らざるを得なくなったミコトを残し、1人テリウス大陸に帰るアイク。

アイクはミコトと共にエレブ大陸に残るつもりだった。
しかし元の世界の仲間、そして1人残される妹に何も言わない訳にはいかない。
アイクには父から受け継いだ傭兵団の責任がある。
その事を全て済ませてから、テリウス大陸を捨ててこの世界に帰って来る事にした。

アトスとブラミモンドが力を合わせてくれたおかげで、もう一度テリウス大陸に繋がる門を開ける事になった
アイクがアトスから渡されたのは、繊細な鍵の形をしたアミュレット。
無くても大丈夫だそうだが、門を通りやすくする為にあった方がいいらしい。
再び門を開くのは最低3年以上の時間が必要で、4〜5年かかる可能性もあるとか。


「それまで気長に、ある程度時間が経つ度にアミュレットを手に祈ってみるといい」
「分かった」


アイクは頷くとミコトの方へ歩いて行く。
最低3年、下手すればそれ以上も会えない。
生まれてからこの方、一度も離れた事がない姉と初めての長い別離だった。
ミコトもかなり堪えるらしく、微笑みながらもどこか辛そうだ。


「……じゃあ、アイク。少しお別れだね」
「ああ。絶対に俺は姉貴の元に帰って来る。待っててくれ」
「待ってるよ」


ミコトはエリウッドの厚意でフェレ城に住まわせて貰える事になっている。
成り行きとは言え、協力してくれたアイク。
故郷を捨ててまでこの世界の為に戦ってくれたミコト。
最低限の礼は尽くしたいと、エリウッドは思っているようだ。
コイツがそうしたいんだから遠慮すんな、とのヘクトルの言葉にも押され、甘える事にしたミコトだった。


++++++


元の世界に帰る2人の弟。
見送る2人の姉。


「……それじゃあ、僕、もう行くね」
「俺も、そろそろ行く」


門に入り光に包まれるニルスとアイク。


「ニルス……! ありがとう、私……、忘れない!」
「アイク! 絶対、戻って来てよね! あたし待ってるからっ!!」


姉達の言葉に、ニルスとアイクは微笑む。
そしてそのまま門の中へ消えて行った。

涙を流すニニアンとは対象にミコトは泣いていない。
泣きそうだが、泣いてはいけない。

これは別れではないのだから。
また、会えるのだから。


++++++


エレブ大陸には、とある伝説があった。

異世界よりこの世界に現れエレブに滞在していた2人の姉弟英雄が、エレブ新暦を数えて約1000年の年、神将器を手に魔竜と戦ったと言う。
ベルン動乱の英雄・ロイ将軍の下、新生八神将に名を連ねる、その姉弟英雄の名は。


黙示の闇・アポカリプスを使った、
【威光の闇】ミコト。

烈火の剣・デュランダルを使った、
【蒼炎の勇者】アイク。


2人の事については様々な憶測が流れた。
呪いをかけられ元の世界に居られなくなったとか、姉弟で愛し合うと言う禁忌を犯し元の世界を追放された、など。

本当の事は分からない。
しかし2人は強い力を持ち、強い絆で結ばれ、生涯を共に、幸せに過ごしたと伝えられている。




‐END‐

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蒼炎の続編である暁が蒼炎の3年後だという事を知ってから書いた作品です。
なので再び門を開くには3年以上かかる、というのはそれを意識しています。
アイクとお姉ちゃんがエレブに来たのは蒼炎が終わってすぐ辺りですね。

しかし暁の女神自体はまだ発売されていなかったので、
暁でアイクが死んだらどうしよう、または3年の間に死んでたらどうしよう、お姉ちゃん待ちぼうけだよ……と心配でした。
実際は傭兵団を出て旅立ったので都合のいい事になりました。

……暁、または3年の間にアイクが死んだら、その場合での小説も書こうと思っていました……。
ちなみに、お姉ちゃんの称号は【威光の闇】になっていますが、【暁光の闇】にしようとしていた事は内緒です。
なぜ暁光なのに闇かは、blessingを読んで頂ければ分かる……かな?

ここまでお読み下さって、ありがとうございます!



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