短編夢小説
ひとつきふたり



主人公設定:医療少女
その他設定:スマブラ



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また今年も同じ事を言って同じ事を繰り返す。
不器用で照れ屋で、超えられない壁がある二人の毎年の恒例行事だった。


「ロイ、ご飯どう? 美味しかった?」
「ああ。ミコト、お前ここ数年で腕上げたな。前はとてもじゃないけど食えるような腕前じゃなかったのに」
「も、もう! 前の事は忘れてよ! あれでも気にしてたんだから!」


スマブラファイターが暮らすピーチ城で、恋人のような夫婦のような会話をするロイとミコト。
実際に二人は恋人で仲睦まじく、周りのファイターにからかわれたり茶化されたりする事もある。

……ただしそれは、年に1ヶ月という短い間だけ。

異世界の住人という決定的な壁に阻まれ、ロイは故郷を捨てられないしミコトもその覚悟がない。
今はいいが、いつか元の世界に帰らなければならなくなった時、このスマブラ界とロイの世界が隔たれてしまった時、お互いに辛い思いをする。

しかし好き合う気持ちも止められない二人。
ある日ミコトがふざけて6月1日をロイの日だなどと言ったのがキッカケで、1ヶ月間だけ親密に過ごす事になった。
まるでままごとのような安っぽい関係、しかし別れの時に感じるであろう辛さを考えれば、この位が調度良いと思える。
真剣に愛を告げるのが恥ずかしくて、わざと子供っぽいままごとを続ける。
臆病な二人は、それだけで精一杯なのだった。

そして、もう7月。
例年のようにままごとは終わりを告げ、二人は元通りに戻っている。
他のファイター達と同じ、大切な仲間で友人で、たったそれだけの関係。
心の奥が膿んだ傷のようにじくじくと痛み、ロイとミコトは苛まれ続ける。


「なあミコト、今年も6月、終わったな」
「……そうだね」
「……あのさ、もしよかったら、8月ぐらいまで続けてみないか?」
「え?」


毎年同じ事を繰り返して来た二人に、ロイが初めて提案した新たな関係。
6月が終われば二人は胸の痛みに苛まれるとお互い分かっているから、1年のうち少しでも辛くなる時間を減らしたい。
しかしミコトは、ロイの提案を拒否する。


「それは出来ないよ。もしそうしたらきっと、ダラダラ続けちゃって終わりが見えなくなるわ」
「お前、オレとの関係終わらせたいのかよ!?」
「違うよ、そんな事を言いたいんじゃない。わたし達が今の関係を選んだ理由、忘れたの?」
「忘れてなんかないさ、でも限界なんだ! オレはずっとミコトと一緒に居たいんだよ!」
「そんな、今だって一緒に居るじゃない」
「そんな事を言いたいんじゃない、お前だって分かってるだろ!」


やや語気を荒げるロイに、ミコトは困惑と切なさの混じる表情を向ける。
ミコトだってロイとずっと一緒に居たい、ままごとじゃなく、本当に恋人として過ごしたい。
しかしそれを選択した場合、決定的な別れに直面した時に耐えられないだろう。
ただ、来てもいない未来に怯えて関係を忌避する。
折角ロイが勇気を出して提案してくれたのに、やはり受け入れられない。
それから二人に訪れる沈黙は彼らの関係で今までに無い程の重さだったが、やがてミコトが破る。


「わたし、ロイとずっとずっと一緒に居たい」
「うん」
「だからって、故郷であるこの世界を捨てられない。分かってくれる?」
「……うん。オレもオレの故郷は捨てられない」
「でももし故郷を捨てるなら、その役目はわたしであるべきなんだよね」
「ミコト……」


ロイは貴族の子息で、守るべき領民や領地があるから……。
一般人であるミコトとは比べものにならない程に責任が重い。
もしどちらか片方が故郷を捨てて相手に付いて行くならば、それはミコトにしか出来ない事。
つまりミコトさえ決断できれば二人にとって何の問題も無くなる訳だ。

しかしたった十数年とは言え、生まれ育ち思い出の詰まった愛しい地。
事故死した両親も眠るこの世界を、そう易々と捨てる事など出来ない。


「……だから今のうちに、離れた方がいいかも」
「え……」
「じゃあね、ロイ」


ミコトは引き止めようとするロイを振り払い、彼の側を走り去る。
そして全て忘れて仕事に戻ろうと、医務室へ駆け込んだのだった。
息を切らせて飛び込んで来たミコトに医務室内に居たDr.マリオは驚くが、何かを訊ねる前に彼女が何でもないです、と牽制し何も言わせなかった。

それ以降は黙ったまま、手近な椅子に座って気を落ち着けるミコト。
明らかに普段と様子の違う彼女に困惑したドクターが何か声を掛けるキッカケを探していると、ふと今日、彼女宛に来た手紙があったのを思い出す。
デスクの引き出しに入れていたそれを取り、彼女に歩み寄って差し出した。


「ミコト、これ。今日お前宛てに届いたんだ」
「え……手紙?」


受け取って差出人を確認すると、故郷の町の町長。
両親と共に故郷から引っ越してだいぶ経つし、両親の墓参りぐらいでしか帰らないのに手紙とは、何かあったのかと不安になる。
開いてみると、更に小さな封筒と一枚の便箋。

便箋に書いてあったのは、ミコトの両親の事。
旅行先から帰る時の飛行船事故で命を落とした両親の遺品の中から手紙が見付かったという。
飛行船は海上の空で爆発して海に沈み、何年もかけて調査が行われていた。
様々なものを回収し、復元できそうな物は復元し……その中にミコトへの手紙があったらしい。
飛行船の乗客記録の中から関係者を調べ、ようやく届いたのだとか。

小さな封筒を開けると、シンプルなメモ用紙に短い走り書きがある。
残された最期の時間、愛する一人娘だけを想って書かれたその遺書は。


【ミコト、いつか愛せる人を見付けて、どうか後悔だけはしないよう、その人と幸せになって。ミコトが幸せになる事こそが、お父さんとお母さんの願いで、喜びです】


「……」
「ミコト、誰からだ? 一体なにが書いて……」
「あの、ドクター。手紙有難うございました!」
「え? あ、うん」


ミコトはドクターに一礼すると、すぐに医務室を勢い良く飛び出した。
恋しくて仕方なかった亡き両親の短くも暖かい想いに触れ、堪えていた感情が堰を切り溢れ出す。
そんなミコトが向かう場所など、ただ一つ。


「ロイ、ねえロイ!」


ロイの部屋まで走り、慌てながら扉をノックする。
ややあって出て来たロイは訝しげな表情をしていたが、ミコトはお構い無しに彼へ抱き付く。
飛び付くような勢いに少しよろけたロイだが、何とか倒れずに受け止めた。


「って、ちょ、どうしたんだよミコト!」
「手紙が、来たの。お父さんとお母さんから、愛する人と、幸せに……なれって……手紙が……」
「え、お前の両親って何年も前に……いや、落ち着け、な。一体何があったか説明してくれ」


泣きそうなミコトを宥めて部屋に招き入れ、ソファーに座らせるロイ。
彼女が落ち着くまで待ち、何があったか訊ねた。
そしてミコトの口から語られた、数年越しの両親の遺書と想い。
故郷の世界を捨てる事を躊躇う一番の理由である両親から、幸せになれと、後悔するなと言われた。


「怖かったの、異世界に行くなんて両親を捨ててしまうみたいで、今までの生活を全て否定して失くしてしまうみたいで」
「ミコト……」
「だけどこの手紙を読んで考え直した。わたし、このままロイと別れたら絶対後悔する。一生後悔し続ける! だから……」


それ以上言わせず、ロイはミコトを抱き締める。
突然の事に目をぱちくりさせる彼女が何かを言う前に口を開いた。


「そう、だよな。ゴメンな、お前の気持ちも考えずに捲し立てて」
「うん。でも手紙のおかげで決心した。後悔したくないもん。いつかロイが元の世界に帰る時は、わたしも付いて行くね」
「有難う、ミコト」


先程は自分から飛び付いた割に、今は抱き締められているのが恥ずかしくなって、少し抵抗してロイから離れるミコト。
ふと窓の外を見ると、夕暮れの太陽を追い掛けるように月が昇っている。

いつも一緒に地球を見守る太陽と月を、今も自分達を見守ってくれているかもしれない両親に重ね、いつか自分達も両親のように仲睦まじい夫婦になりたいと思うミコト。
ひと月だけだった関係を、太陽と月のように、いつまでも続けたい。

日と月のように、ふたり、いつまでも。





−END−



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