短編夢小説
6月の花嫁



主人公設定:−−−−−
その他設定:世界観はお好きなように



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ジューンブライド、幸せな結婚の代表格。
まるで死地へ向かう勇士の宣誓のような心でミコトは、今から自分は幸せになるのだと何度も何度も繰り返していた。
梅雨の晴れ間、明るいチャペルに響く荘厳。
小さな頃からの夢だった。愛する人と綺麗なチャペルで綺麗なウェディングドレスを着て、最も祝福の強い6月に式を挙げるのだと思い描いていた。
それが今日、まさに今、叶っている夢の最中。

しかしこれは夢ではない、ミコトは今から愛する人と誓いを立てる。
病める時も健やかなる時も愛を紡ぎ、苦楽を共にし、それは二羽で一羽の比翼の鳥のように。
心から愛せるこの人に出会った喜びを、奇跡を、ずっと続けられるように。


「誓います」


ミコトはただ静かに、だがよく通る透き通った声で、祈りのような戒めのような誓いを立てた。
大切な人と自分を縛り付ける“愛”という名の鎖はとても心地良く、それは紛れもない幸せ。
指輪の交換も口付けも、これから愛し合う二人を縛る重たい幸福の鎖。

背後から小さくだが母の嗚咽が聞こえた。

ごめんねお母さん、今まで散々苦労かけて我が儘ばっかり言って。
これから新しい家庭を築くけど、お母さんの娘じゃなくなる訳じゃないよ。

ミコトは心の中で、今まで女手ひとつで自分を育ててくれた母へ感謝の言葉を繰り返した。
別れは昨夜にしたから涙は見せない、実際に言葉を掛ける事もない。
本当は寂しかったが、これが命の循環というものではないかと考える。

家庭に生まれ親の庇護の下で育ち、新たな伴侶と共に新たな家庭を作り、また新たな命を庇護する。
だからミコトは幸福と共に誇らしくもあった。
自分が今、大いなる命の奔流の中に居ると考えると壮大な気持ちになり、一端を担える事への責任と誇りが芽生える。

やがて式も終盤に差し掛かり、チャペルを出てブーケトスを行う事に。
階段になっているチャペル入り口の一番上の段から下の方にいる人々を見渡すミコト。
一旦、視線をずらして敷地の外へ目を向けた。
庭の先は門があり、一歩外はすぐに一般道だ。
しかし閑静な辺りは静まり返っていて人っ子一人通らず、実に気持ちいい。

だがミコトは己の目に映ったものに息を飲み、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。


特に何か用事がある訳ではなく、ただふらりと訪れてみただけだった。
都会のような利便性は無いが雰囲気の良い田舎町。
愛らしい石畳の通りに街路樹が並び、負けじと可愛らしい煉瓦の家が立ち並ぶ。

ふと大通りから一歩踏み込んだ小さな通り、閑静な町に相応しくないざわめきが耳に届いた。
気になって足を運んでみると、この愛らしい町によく似合うチャペルがあり、どうやら結婚式が行われているようである。
何の気なしにそちらへ更に足を運び、開かれた門から中庭を覗いて。

アイクは、息を飲んだ。


「……」


確かに目が合った。
参列者はチャペル入り口に居る新郎新婦に注目し、新郎は参列者に笑顔を向けているのに、新婦は。
ミコトは確かに通りへ目を向けていて、アイクとしっかり目が合った。

途端に蘇る思い出、懐かしい甘い日々。
確かに将来を考えた事もある二人は、過去だった。


「私ね、夢があるの。結婚する時は6月で、小さくてもいいから綺麗なチャペルで式を挙げたい」
「へえ。ミコトもそんな夢を見るんだな」
「小さい頃からの夢なんだもん。ドレスは真っ白なウェディングドレス、隣には勿論アイクね!」
「いいな、悪くない」
「でしょ。私、アイクとならそうなれそうな気がする、今までの誰よりも相性いいし」
「ああ。俺もミコトと一緒だと心地いい」


どれだけ愛し合っただろう、将来を誓い合っただろう、二人の未来を信じて疑わなかっただろう。
数年を共にした二人は何時の頃からか擦れ違い、やがて終わりを迎えた。
どちらも悪いし、どちらも悪くない。
ただ恋が終わったとしか言いようがなかった。

そこに愛はあったのかと問われれば、確かにあったと、アイクもミコトも自信を持って言える。
だが終わったのだ。
それは誰にも覆しようのない現実だった。

別れてから二人は胸に空いた大きな穴に苦しんだ。
特にミコトは何日も泣き暮らし、もう恋などしないと思った事もある。
だがミコトは顔を上げ、立ち上がり前に進み、そして今隣に居る愛しい彼との出会いを果たした。
アイクではない彼との出会いを、恋を、愛を。

包み込まれた彼の腕の中で確かに、悲しみや苦しみが消えて行くのをミコトは体感した事がある。
だからもうミコトの中でアイクとの日々は、胸を引き裂く事も苛み苦しめる事もない、ただの幸せな記憶となっていた。
こちらを見るアイクに気付いた瞬間に鷲掴みされた心臓は数秒で解放され、後はただ、優しい気持ちが胸の中に広がる。


楽しかったね、幸せだったね。
けど私はこの人と歩んで行くと決めたの。

だからさようなら、アイク。
私が好きだった人。


まだこちらを見るのをやめないアイクに、ひょっとして自分に未練があるのではないかとミコトは少しだけ考えた。
だがアイクは無表情のまま目を逸らし、そのまま立ち去って行く。

恐らくこれでもう、二度と会う事は無いだろう。
復縁を考えなかった訳ではないが、今日、たった今、その可能性は消えた。
アイクが自分に未練が無いと分かってホッとした。
そしてミコトは、アイクの中でも自分との日々が良い思い出になっていればいいなと、願う。



さようなら、アイク。
もうあなたと私の道は、二度と交わらない。

だけど忘れない。
あなたとの日々があったからこそ今の私がある。

ずっとずっと、忘れない。



梅雨の合間に晴れた6月の空は高く、初夏の爽やかな香りを運んで来る。
ミコトは一呼吸し、隣に立つ愛する彼を見てから、幸せの花束を青空高く放り投げた。

決してアイクに届く事のない、別れの花束を。





−END−



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