短編夢小説
背中



主人公設定:アイクの姉。近親愛
その他設定:−−−−−



++++++



ミコトはアイクの背中が好きだった。理由は色々ある。
正面や横は自分の姿を見られてしまうから照れくさいし、後ろに居れば、自分がアイクを見る度に胸が高鳴ってしまう事も気付かれ難いから。
それに様々なものを背負って来たアイクの背中は逞しくて、心の底から純粋に好きだと思える。

何だか堪らなくなってしまったミコトは、剣の手入れをしているアイクの背中に抱き付いた。
軽く驚いたようで、手を休めてこちらを振り返るアイクは少し目を見開いている。


「姉貴、どうした」
「……いいや」


目を瞑り、アイクの背中に頬を擦り寄せるミコト。
特に何か用がある訳でも具合が悪い訳でもないという事が分かり、アイクは目線を手元に落とし剣の手入れを再開した。

そのまま、静かな、静かな時間が過ぎて行く。
抱き付いたアイクの背中は固くて、男といった雰囲気が十二分にあり、大きな広い背中は寄りかかっていると強い安心感を覚える事が出来た。
やがて剣の手入れを終えたアイクが立ち上がり、必然的にミコトは彼の背中から離れる。
ただ、口付けられそうな程の近さはそのままに。


「ほら、姉貴。いつまでも後ろに居るなよ」
「あたしは、ここがいいのよ……このまま」


本人がそう言うのならば無理強いは出来ないが、アイクは気になる。
姉は、よく自分の後ろへ回って背中から抱き付いてくる事があった。
まるでアイクの視界に入るのを躊躇っているようにも見えてしまう。

それにアイクとしては……。
ミコトに抱き付かれるのも嬉しいのだが、どちらかと言えば自分が彼女を抱き締めたいと、ずっとそう思っている。
ミコトが背中から抱き付いて来るのと自分が彼女を抱き締めるのは、今のところ、前者の方が多いように思えた。


「姉貴、俺にも姉貴を抱き締めさせてくれ。後ろに居られると顔も見えんし」
「あんたは、あたしの顔なんか見なくていいの」
「馬鹿を言うな、見せろ」


背中から抱き締めている腕を掴まれ無理矢理アイクの正面に来させられる。
力では到底敵わないので大人しく従うしか無い。

アイクはミコトの頬に両手を添えると、顔を上向かせて真っ直ぐに瞳を見つめた。
彼の燃えるような深蒼の瞳に己の瞳を見つめられ、ミコトは全てを捕らえられた気分になり身動きが取れなくなる。
そのまま見つめ合っていた2人の唇が重なり、暫くの間、お互いの息遣いだけが辺りを支配する。
アイクはしっかりと、力強い腕でミコトを包み込み…逃がさないように抱き締めていた。

やがて唇を離し、また見つめ合っていたのだが、ふとミコトがアイクの胸に飛び込んで、彼を精一杯の力で抱き締めた。
大した力ではない。
しかし想いの強さか……振り解く事など出来ないような雰囲気だ。
振り解く気など毛頭ないのだが。
ふと、ミコトが自分を抱き締めて後ろに回した手で、背中を触っている事に気付いたアイク。


「……背中、か」
「うん。あたし、あんたの背中が好きだから」


逞しくて、全てを背負ってくれそうで、つい甘えたくなってしまう。
アイクもそれを分かっているようで、ミコトの好きなようにさせていた。


「姉貴は、いつも強がりすぎなんだ。もっと甘えてくれ、俺にな」
「あんただけに?」
「出来れば、な。姉貴が俺以外の誰かに甘えているのは、正直見たくない」


そう言うアイクは真顔のままで、少しも冗談という訳ではなさそうだ。
意外に独占欲の強い弟に苦笑するミコト。
思えばアイクは、昔からこんな所が見られた。
特に小さい頃はミコトがどこかへ行こうとすると必ず付いて来ようとしていたのだ。
あの頃は、随分と慕って来るな……と、それだけだったのだが、段々と彼の態度が変わって行って……。

……まぁ、追懐していても仕方がない。
こんな関係になってしまったからには、こうなった原因など考えても何の役にも立たないのだから。
躊躇ったり、思いを巡らせ彷徨ったりしたが……。
今となっては。


「あんたはさ、あたしの事好きになったりして……迷わなかったの?」
「何を迷う必要があるんだ……とは言っても、姉貴の気持ちは気になったが」


差別も偏見もしないアイクとは言え、やはり気にはなっていたらしい。
だから、なかなか言い出せなかったと。


「今思えば、何を迷っていたのか自分が理解できん。姉とか弟とか関係ない、俺は姉貴が好きなんだ」
「……まさしく、あんたが言いそうな事よね……」


姉とか弟とか関係ない。
普通ならば気にするだろうに、そんな重大な事さえ気にしないとは。
まさにアイクだと言える彼らしい一言だ。
そしてそんなアイクに嬉しくなるミコト。

やはりアイクはその背中に全てを背負ってくれる。
普通なら迷い躊躇う事でさえも彼は真っ直ぐに堂々と突き進んでくれる。
それが姉弟で愛し合うなどと言う赦されざる関係になった自分にとって、どれだけ頼もしく、救いになるか。
幽遠な思想を保持している……と言うよりは、ただ自分が思った事を素直に口にし、実践しているだけなのだろうが。


「本当によかった。アイクがアイクで」
「? 何を当たり前の事など言ってるんだ。俺は俺に決まっている」
「……だね」


クスクス笑いながらアイクから離れるミコト。
これからも自分はアイクの背中に縋ってしまうだろうが、彼ならばきっと力強く支え、背負ってくれると信じている。
離別など絶対に味わいたくはない。
だから自分も、出来る限りアイクを支えようとミコトは誓った。


「ねえアイク、一生傍に居てくれる?」
「勿論だ。姉貴も離れたりするなよ……絶対に」


会話をそこで終わらせ、踵を返して歩き出すアイクについて行くミコト。
逞しい彼の背中は相変わらず頼もしかった。





*END*



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