短編夢小説
ΠανΔορα



主人公設定:アイクの姉。近親愛
その他設定:−−−−−



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決して開けてはならない箱があった。
どうしても抗えなくて、その女はついに禁じられた箱を開いてしまった。
中から飛び出したのは、狂気、飢え、不健全さ、病、悪意……。
見るもおぞましい悪しきもの達。
それは禁忌を犯し、過ぎた力を手にした人間への神からの罰だった。


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「姉貴」
「んん……?」


旅先の宿屋、ミコトは実弟アイクの温かな腕の中で目を覚ました。
暫くはボンヤリとしていたものの、やがて眠い目を擦って起き上がり旅装に着替え始める。

アイクと二人旅に出てから数ヶ月が経っていた。
戦争が始まる前に想いを自覚して戦争の最中に想いを育て上げ、そして戦争の終結後に想いを実らせた。
今は豪雨によりとある町に釘付け状態で今朝は晴れ上がったようだが、まだまだ河川は氾濫していて後1日は出発を延ばした方が良いと、宿の主人に止められてしまう。


「ヒマだなぁ、昨日もやる事なくて早く寝たし、今日はどうしようか」
「今日も昨日と同じだな。俺は飯を食ったら鍛錬でもして来よう」
「あたしも、闇魔法の黙唱とかしてようかな……」


朝食後、ミコトは剣の鍛錬に行ったアイクを見送ってから、昨夜の出来事を思い出して溜め息を吐く。
昨夜、ミコトが拒否しなければ確実に彼女はアイクに抱かれていた。
だが姉弟で愛し合う禁忌に縛られていたミコトは、どうしても一線を越える事が出来なかったのだ。
アイクの腕に抱かれて眠ったミコトだが、結局は何も無かった。

パンドラの箱、という話をミコトは知っている。
かつて、力を手にした人は傲慢になって争いを起こし、やがて神に牙を剥くようになる為、神々は人に火を与えなかった。
しかしとある巨神が人に火を与えてしまい、これに激怒した最高神は巨神を罰し、人も罰した。
自らが作り出したパンドラという美女に、決して開けてはならぬという箱を与えて罪を犯した巨神の家族に嫁がせる。

パンドラは良い妻だったがやがて好奇心に負け、ついに箱を開けてしまった。
中から飛び出したのは、あらゆる災厄、病や死、苦しみや悪しき心。
こうして人は、それまで知らなかった苦しみを知る事になったのである。
そして、パンドラが何とか箱を閉めた為、出なかった最後の一線は……。

最後に箱から出ようとして出なかったもの、それは未来の不幸を見通す力。
その力が備われば、降りかかる災厄が全て事前に分かり、人々は希望の無い中で生きる事になる。
人は苦しみの日々でも希望さえあれば耐えられるが、希望が全く見えないと耐えられなくなるのだ。

最後の一線……その絶望と同じ位置にあるように思われる体の関係。
ミコトはその一線だけは、絶望に染まるのが怖くて越えられなかった。

それから一日を鍛錬やら、たわいの無い事に使って過ごした二人。
ミコトはアイクに寄り添いながら、パンドラの箱の話をしてみた。


「成る程、姉貴は一線を越えるのが怖くて仕方なかったって訳なのか」
「うん。あたしさ、あんたを愛した時点で箱を開けちゃったのよね。禁忌を犯して病みたいな恋に落ちて、嫉妬や欲や色んな醜い感情を覚えて……。せめて最後の一線は守りたいと思ったのかも」


ミコトは笑顔だが、どこか寂しそうにしている。
彼女だって本当はアイクの事が好きで、更に深い関係になりたいと思っているから、自分の心をどうにかしたいのだろう。
ミコトの訴えにアイクは少しだけ考えて彼女の迷いを払拭しようとする。


「だが姉貴、未来の不幸を見通す力が絶望に繋がるとは限らんぞ。事前に分かるのなら、そうならないように努力すればいい」
「あんた神の力に抗えるとでも思ってるの?」
「女神を倒した俺に、それを言うとは心外だな」


そうハッキリ言って、力強くミコトを抱き締めるアイク。
ミコトは弟の大きな肩と胸に寄りかかり、逞しい腕に包まれながら密かに考えていた。
アイクの言う事は正しいと思うが、最後へ辿り着くと何かが変わってしまいそうな気がする。
アイクはいつまででもアイクだという事は充分に分かっているのだが。

ミコトがそうやって不安そうな雰囲気を醸し出しているのを見かねたのか、包み込んだまま彼女の顔を上向かせたアイクは、先程に負けない真摯で力強い声音で告げた。


「恐れる必要は無い。相手が何であれ、俺は姉貴を守る為なら何とでも戦う」


ミコトに害を成すのなら神さえも敵に回す、アイクはそう平然と告げた。
何だか彼の言葉は頼り甲斐があって、全てを信じついて行きたくなる。


「……うん、ありがと」


微笑んで告げ、アイクに軽い口付けを送る。
するとそれに触発されたのだろうか、向こうからも唇を押し付けて来て深いものに変わって行った。
ミコトも大人しくそれに従い、舌を絡めて口付けを味わい尽くす。

そうしていると、心に燻っていた不安がときめきにすり替わり、ドキドキと高鳴る心臓が悲観を全て掻き消してくれた。
ずっとアイクの腕に包まれ愛されていたい、そんな想いがミコトに巡る。
ゆっくりと唇を離して見つめ合う頃には、もうミコトから迷いは消えていた。


「姉貴、愛してる」
「あたしも愛してるよ、アイクの事」


箱は再び開かれ、最後に残っていた悪しき魔物は解き放たれてしまった。
しかし箱の中身を全て出し切った女に、不安や後悔の様相は微塵も無い。
それどころか、開けてはならぬと禁じられていた箱を開けた事に誇りさえ抱いたようである。

何故なら好奇心に負けて開けた訳ではないから。
絶対に大丈夫だという確信を持ち、愛という尊い想いの上に開けたから。

パンドラの女ミコトは、実に幸せを噛み締めていた。





−END−



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