遺跡の中はやや暗い。
一体 誰が灯しているのか、所々で燃えている篝火がそれなりに明るい為に、近辺の視界には困らないが。
リュカとレッドに先導して貰いながら進むセルシュも時折、落ちている道具等を用いて敵に応戦していた。
棒人間のような小人(レッドの図鑑によると“マイト”というらしい)ぐらいならば難なく倒せる。


「セルシュさん大丈夫?」

「わたしは平気よ。にしても仕掛けが多い遺跡ね。引っ掛からないように気を付けないと……」


明らかに機械仕掛けのトラップがあちらこちらにある上、亜空軍の邪魔者も多い。
ブロックに埋め尽くされた通路を壊しながら通り、トゲだらけの道を避けて細く小さな足場を渡ったりと、移動経路までも制限される造り。

小さな足場に飛び移る際、レッドが手を差し出して来た。
引っ張ってくれようとしている彼に甘え、その手を掴んで足場に飛び移るセルシュ。
……しかしセルシュが飛び移れるように確保していたスペースが狭かったのだろうか、飛び移った瞬間、セルシュがバランスを崩し後ろへ傾く。


「セルシュ姉ちゃん!」


聞こえたのはリュカの悲鳴。
声を上げる事さえ忘れていたレッドは、力任せにセルシュを足場の方へ引っ張る。


「う、わ、わっ!」


がくん、と腕が抜けそうな感覚さえ覚える力強さ。
思い切り引っ張られたセルシュは再びバランスを崩し、前に傾いた先のものにしがみ付く。


「びっくりしたー……有り難うレッド君。直接戦わないから分からなかったけど、レッド君 結構力持ちなんだね」

「あ、ああ、うん……。旅してる間に、そこそこね……」

「?」


見上げたレッドは、顔を赤くしてセルシュから何とか目を逸らしている状況。
……そう言えばセルシュとレッドの間に、見上げる程の身長差は無い筈なのだが。
むしろセルシュとほぼ同じぐらいの身長というか……。

と、そこでセルシュはようやく、自分がレッドの胸に寄り掛かり、ぎゅっと抱き締めている事に気付いた。
前のめりに倒れていた為に彼を見上げていた訳だ。
慌てて起こして貰い、すぐさまレッドから離れる。


「ご、ごめん、ね……。夢中だったから、つい……」

「ん、うん……」


年下の少年とはいえ、ああもガッツリ抱き付いてしまっては恥ずかしくて気まずい。
レッドに至っては年上の異性に思い切り抱き締められた訳だから、気まずいなんてものじゃないだろう。
言葉が見付からず視線を逸らしたままの二人に、リュカがおろおろしつつ声を掛ける。


「え、っと、セルシュ姉ちゃんもレッド兄ちゃんも大丈夫……?」

「……大丈夫大丈夫! レッド君、早くリザードンを探しに行こうよ!」

「あ、ああ、そうだね。行こうリュカ、リザードンを見付けたらフシギソウとネスも探さないといけないし!」

「うん……」


気まずさを振り払うような、やや無理を感じる二人の声。
そんな彼らに呆気に取られ、リュカはゼニガメと顔を見合わせる。


「……セルシュ姉ちゃんもレッド兄ちゃんも、大丈夫かな」


やや苦笑混じりのリュカの言葉に、ゼニガメは不思議そうな顔で首を傾げるだけだった。

……決して駄洒落ではなく。



遺跡を更に奥へ進むセルシュ達は、床と天井のあちこちから炎が吹き出す危険なエリアへ足を踏み入れる。
ただでさえ危ないというのに、亜空軍はここでも邪魔。
奴らに気を取られれば、すぐ吹き出す炎に接触してしまう。


「熱っ……!」

「大丈夫!?」


敵の攻撃よりも仕掛けにダメージを負わされ、セルシュは忙しそうにリュカやゼニガメ、レッドの傷を癒やす。
彼らに傷を負って欲しい訳ではないが、やはり役に立てるのは嬉しい。


「ありがとうセルシュ姉ちゃん。でも無理してない? また倒れちゃったら……」

「大丈夫よ、こんな所で倒れでもしたら、酷い迷惑になる事ぐらい分かってるわ。今ね、どうしてだか……いくら回復魔法を使っても消耗しないの。だから気にしないで、どんどん頼って」

「そう? 大丈夫ならいいんだけど……」


話を聞いたリュカは、どことなく納得してなさげ。
それはそうだ。
セルシュだって今、なぜ全くと言えるほど消耗しないのか疑問に思っているのだから。
回復魔法はそれなりに魔力や体力を消耗する筈なのに、今はそれがほぼ無い。
感じている少しの疲労すら、回復によるものではなく、単に旅によるものでしかないと思えてしまう。
どうしてだろう……?
と気を逸らしすぎない程度に考えていたセルシュの耳に届く、レッドの嬉しそうな声。


「フシギソウ!!」


え、と思うが早いか、レッドとゼニガメが前方へ走る。
そこには確かにフィギュア化しているフシギソウの姿。
慌てて解除してあげると、我を取り戻したらしいフシギソウがレッドとゼニガメにじゃれついて甘える。


「良かった、良かったフシギソウ……! ごめんな、守ってあげられなくて」


そんなレッドの謝罪にも、嬉しげに目を細めるばかりで責める意図は感じられない。
必ず助けに来てくれると信じていたのだろう。
これで残るは、きっとこの遺跡に居るであろうリザードンのみ。
それが終わればネスを探しに行ける。

フシギソウを加えた一行は、まだまだ続く遺跡の奥へ。
途中、離れた場所のスイッチを押して開けなければならない時間制限付きのシャッターがあったものの、そこはリュカのPKサンダーとフシギソウのツルのムチで、シャッター近くからスイッチを押し難なく通った。

そして、ついにリザードンを発見する一行だが。


「……リザードン、何か様子がおかしくない?」


リュカが言う通り、周囲には何も無いのに興奮して暴れ回っているリザードン。
レッドによれば飛び去る前からあんな様子だったらしく、亜空軍に何かされた可能性が高そうだ。
取り敢えずどうにかして大人しくさせねば、ボールに入れる事さえ儘ならない。


「フシギソウ、頼む!」


レッドの指示で、ツルのムチをリザードンに巻き付ける。
しかし相手はフシギソウよりだいぶ大きい上、草タイプに強い炎タイプ。
さすがにあまり無理はさせられず、押さえ込んだ瞬間レッドはリザードンへ向かって行き、彼に飛び付いた。
暴れるリザードンに振り回されながらも、決して離そうとはしない。


「レッド君!」

「危ないよレッド兄!」

「リザードン、オレだよ落ち着いて! 迎えに来たんだ、皆で帰ろう!!」


セルシュとリュカの言葉には反応せず、ただひたすらリザードンを宥めるレッド。
彼の叫び声はもはや、悲鳴のように響いている。
見ているだけの状況に耐えられず、リュカとセルシュもリザードンを押さえ込む為に駆け寄った。


「リザードン、レッド兄ちゃんの言葉を聞いて!」

「元に戻って、お願いだから……!」


言いながらしがみ付いても、尚も暴れるリザードン。
ついにフシギソウのツルが限界を迎え、振り解かれる。
同時にレッド達も振り飛ばされるかと思われた瞬間、強く名を呼んだセルシュの体が光り出し、それはリザードンを包み込んだ。


「えっ……」

「セルシュさん!?」


リュカとレッドが驚いた顔をしているが、一番驚いているのはセルシュ自身。
リザードンは今までの様子が嘘のように動きを止め、光が消える頃にはすっかり大人しくなっていた。


「あ……リ、リザードン! 大丈夫か、怪我は無いか!?」


今まで振り回されていたのは自分なのに、真っ先にリザードンの心配をするレッド。
そんな彼にリザードンは気まずそうな顔をするが、レッドは気にするなよと笑った。
その時、セルシュは確かに見た。
正気を取り戻したリザードンの体から、ぼわぼわした闇のような濃い紫色の珠が、いくつか出て来たのを。


*back × next#


戻る
- ナノ -