荒廃した動物園から脱出したセルシュ達は、戦艦とレッドのリザードンが飛び去った東を目指して進む。
特に襲撃される事も無くスムーズな移動だが、荒野を北の方角に望む高台を歩むうちに日が暮れて来た。


「リュカ君、レッド君、あまり暗くならないうちに休む場所を確保しない? 休めるうちに休んでおかないと」

「そうだね。それにしても荒野を進まなくてよかった、休む場所とか水の確保とか、絶対難しかったよ」


今セルシュ達が居る高台の道は近くに森が続き、川や池などの水場も点在するという歩き易い道。
それに加えて打ち捨てられた民家や小屋などもあり、休む場所には事欠かない。
近くに小川の流れる小屋を見付け、宿に決めた。
休めるよう3人で室内を軽く掃除していると、不意にセルシュを襲う目眩。


「あれ……?」


ぐらり、と視界が歪み、足下がふらつく。
すぐさま近くの柱に掴まってバランスを取るが、それでも視界は戻らない。
耐えられなくなり、そのまま膝をついて柱へ寄り掛かるように倒れてしまった。
近くにあった木箱にぶつかり、ガタンと鳴った音にレッドとリュカが振り向く。


「え、セルシュさん!?」

「セルシュ姉ちゃん!」


呼び掛けても反応が無い。
慌てて駆け寄り体を揺するが、起きないどころか苦しそうに魘され始めてしまう。


「セルシュ姉ちゃん、しっかりして! どうしようレッド兄、起きない…!」

「と、取り敢えずセルシュさんをどっかに寝かせよう、手伝って!」


レッドがセルシュを脇から支えるように運び、
リュカが小屋の隅にあったベッドの埃を払い、そこにセルシュを横たえた。
汗をかきながら苦しげに歪められる表情は、見てるリュカ達の方が苦しくなりそうなほど。
こんな所に体温計も薬も無いし、そもそもセルシュが一体どうしてしまったかすら分からない。


「ぼくが、セルシュ姉ちゃんに付いて来てって言ったから……。無理させちゃった? だから倒れちゃったのかもしれない……」

「リュカ、落ち着いて。セルシュさんがそんな風に自分を責めてるリュカを見たらきっと悲しむよ。……でもどうしよう、置いて行くなんてとても出来ないし、一旦城に帰るのも時間が掛かり過ぎるし……」


そもそも、こんなに具合の悪そうなセルシュを抱えて連れ帰るなど出来ない。
リザードンが居れば乗せて素早く運べたかもしれないが、今ここには……。

……そうだ、リザードンが居れば素早く運べる。


「リュカ……やっぱりここは、セルシュさんを一旦置いて行こう」

「えっ……! どうして、そんなの無理だよ!」

「でもこのまま連れて行くなんてそれこそ無理だし、こんな具合の悪そうなセルシュさんを抱えて帰るのだって無理じゃないか。リザードンを見付けて、そしたらセルシュさんを運んで一旦城へ連れ帰ろう」

「で、でも……」

「どうしても心配ならオレ一人でリザードンを探しに行くから、リュカはセルシュさんの傍に居てやって」


まさかの事態に、ただ困惑しか出来ないリュカ。
セルシュの事は勿論レッドの事だって一人に出来ないのに、今はレッドの提案以外に方法が見付からない。

正直セルシュの具合が良くならない限りは、そうして二手に分かれるのが一番良い方法だろう。
しかし何故かリュカは、レッドを一人にするのがどうしても不安だった。
戦うのはポケモン達だとはいえ、彼だってファイターに登録されているのだから過剰な心配は無用の筈。
どちらかと言えば具合の悪いセルシュの傍に付いているべきだとも思う。
それでもどうしても、レッドを一人で行かせてしまったら、良くない事が起こりそうな気がしてならない。
自意識過剰かもしれないが、絶対に自分も付いて行かなければならない、と。

セルシュなら、どうして欲しいと言うだろう。
どういう選択をすれば納得してくれるだろう。

そうやってリュカが考えを巡らせた結果導き出されたのは、セルシュを置いてレッドに付いて行くという事。
リュカの嫌な予感は、時間が経つにつれどんどん膨れ上がって行く。
レッドを一人にしてはいけない、自意識過剰だと思われたっていい。
きっとセルシュだって、レッドを一人にして彼に何かあったら後悔するだろう。
悔やんで悔やんで、二人して自責の念に囚われてしまう事は容易に想像できた。

セルシュに何かあったらリュカやレッドも自責の念に囚われるかもしれないが、セルシュにまで背負わせてしまうよりマシだ。


「レッド兄ちゃん、ぼくも一緒に行くよ」

「いいのか? 別にオレは一人でも大丈夫だよ、セルシュさんに付いてた方が……」

「セルシュ姉ちゃんならきっと、レッド兄に付いて行って欲しがると思うから」

「……そっか。じゃあ取り敢えず、何か容器を見付けて近くの小川へ水を汲みに行こう。森で何か食べられる物も探して置いておけば、少しはセルシュさんも安心できるだろうし」


レッドの提案にリュカも頷いて、壊れていない容器を探し出し小屋を後にする。
勿論二人とも、セルシュを一人にして心配にならない訳など無い。
それでも大事な仲間が危機に陥り、亜空軍なんて危険な連中が闊歩している現状、こうするしかないだけ。
それに、きっとセルシュなら分かってくれる、納得してくれると確信があった。
セルシュの優しさを、献身的な心を、リュカもレッドも重々承知だから。

状況は、刻一刻と悪くなりつつあった。


++++++++


目が覚めた。

いや、それはきっと正確な表現ではないだろう。
何故なら今セルシュは、真っ黒な空間に居るから。
どこまでも続く暗闇の中、何故か自分の体だけは はっきり目視できる。
具合が悪くなって倒れた所までは覚えている。

自分が居たのは打ち捨てられた小屋、間違いなくこんな所に居なかった。
自分は目が覚めたのではなく夢でも見ているのだろうとセルシュは思ったが、にしては感覚がハッキリしていて、まるで現実のよう。


「ここ、どこ……? リュカ君、レッド君、二人とも居ないの!?」


出来るだけ大きな声を上げても、何も無い空間に反響し消えて行くだけ。
恐くなってしまい、思わずその場にしゃがみ込んだ。
……その瞬間、セルシュに降って来る声。


「いらっしゃーい」

「!?」


意外なほど近くから聞こえた声にハッとして視線を上げると、そこには人が。
流れるような銀の長髪に金の瞳、黒のスーツを纏い、容姿や声は美しいが中性的で性別の判断がつかない。
セルシュは腰を抜かしたように尻餅をついた。
間違いなく声が降って来る今の今まで、セルシュの周りには誰も居なかったのに。
この人物がいつ、どこから来たのかさっぱり分からず、更に恐怖が湧き上がる。

……が、改めて考えれば見た目は人だし、この何も無い黒い空間に一人ぼっちよりは遥かにマシだ。
この人物はにこにこと笑んでおり、少なくとも敵意は感じない。
セルシュは姿勢を正すと、その人物に話し掛ける。


「あの、あなたは……。あ、初めまして、わたしはセルシュといいます。自分がどうしてここに居るのか、分からないんです」

「おお! 出会ってまず挨拶してくれたのは、キミが初めてかもしれないよ。礼儀正しいんだねぇ」

「え、え? ……どうも」

「僕はセレナーデ。セレナって呼んでくれていいよ。で、ここがどこかは気にしなくていい。それより重大な事をキミに教えたいんだけど」

「重大な事……?」


いきなり現れて、セルシュの反応を気にせず一方的に喋るセレナーデ。
しかしこの人にしてみれば、セルシュの方がいきなり現れたのかもしれない。
そう思うと強気に出れず、どうにも戸惑いが浮かんで上手く対応できなかった。
それにしても重大な事とは一体 何なのだろうか。
この空間についてか、セレナーデについてか、まさかセルシュ自身の事か。


「何ですか、重大な事って……わたしについてですか?」

「うん、キミについて。まず話す前に意思確認をしておきたいんだけど」


セレナーデがそう言った次の瞬間、いきなりセルシュの視界が変化した。
真っ黒な空間ではない、緑あふれる中の、遺跡の入り口のような場所。
セレナーデも居なくなっており、今までの事が現実だったのか分からない。
……いや、そもそも。


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