クッパの奇襲から辛くも逃げ切ったセルシュ達は、ジャングルをひたすら東へと進んでいた。
生憎ドンキーの行方は分からなかったが、ジャングルを荒らすクッパの一味が、セルシュとフォックスを加えたディディーの反撃により東へと落ち延びている事に気が付いたのだ。
ディディーは一端を掴みかけたドンキーを再び見失い、見ていると気の毒になるほど気落ちしている。


「うう……どうしよう、ドンキーがもう戻らなかったら……。オイラ、これからどうすればいいんだよ…」

「ディディー……」


フォックスもディディーの落ち込みように居た堪れない思いだが、大きな敵とそれに加担する多人数組織が相手では、無闇に突っ走る訳にもいかない。
ひとまずクッパ軍団を追い掛けているが、奴らもあまり積極的には仕掛けて来ず、今は静かなのが幸いだ。
だんだん日も落ちて来たし、敵が仕掛けて来ないうちに休息を取る事にした。
辺りには木々が生い茂るが、ちょうど広場になっている場所を見付けたので、そこで一夜を明かす。


「この辺なら火を焚いても安全だな。セルシュ、森で薪探しを頼めるか? オレは石で焚き火のスペースを作ってから、辺りの地形を偵察に行くよ」

「了解しました。ディディー君は……」

「ディディーは休んでろ、色々あり過ぎて疲れただろ」

「ううん、オイラもセルシュと薪探しに行く。じっとしてるより何かしてた方が、気が紛れるんだ」

「……そうか。じゃあ頼んだ、気を付けろよ」


フォックスを広場に残し、セルシュはディディーと薪探しに密林の中へ。
密林の割と東寄り、この辺りになるともう熱帯のジャングルではなく、森林と言った方が正しく思える。
このまま東へ向かえば湿地に着く筈で、湿度が高めなのは変わらないのだが。


「本当に不思議な土地ですよね。更に進むと荒野や雪山まであるみたいですよ」

「……」


何とかディディーを元気付けようとするも、当たり障りの無い話題でお茶を濁す程度の事しか出来ない。
これはもう、真正面から話題を貫いた方が良いと思ったセルシュは、抱えていた薪を地面に置き、しゃがんでディディーを真っ正面から見据えた。


「ディディー君、聞いて下さい」

「え、えっ……なに」

「今日は好きなだけ落ち込んで、そしてゆっくり休んで、明日になったらまたいつものディディー君に戻って下さい。あなたがいつまでも落ち込んでいたら、ドンキーさんと再会した時に心配させてしまいますよ」

「……また会えるかどうかも分かんないのに?」

「会わせます」


らしくないネガティブな発言をするディディーを元気付けるように、セルシュはきっぱり言い放つ。
その瞳は自信に満ちていて、ディディーはそんな彼女を意外そうに見た。


「フォックスさんと私が、必ずあなたとドンキーさんを再会させてみせます。だから、元気を出して」


根拠が無いのは確か。
しかし今の弱り切っているディディーには、こうやって力強く支える仲間が必要な筈だ。
その通り、やや唖然としたような表情だったディディーは少しずつ目を輝かせ、元気よく頷いた。


「うん……! ありがとうセルシュ、オイラも頑張るよ、ヨロシクな!」

「ええ。ドンキーさんとも他の皆とも、必ず元気に再会しましょう」


焚き火の準備と辺りの地形の確認をした後、持っていた携帯食料や森の作物で腹を満たし、疲れ切っていたディディーは泥のように眠りこけてしまった。
小さな体に掛かった大きな負担を少しでも和らげようと、セルシュはディディーの体を優しく撫でる。
辺りはとっぷりと日が暮れ、パチパチと音を立てる焚き火の橙の光が優しくセルシュ達を照らした。


「セルシュ、見張りはオレがするからお前も休め。一晩くらい大丈夫だ」

「いいえ、私もやります。万一の時は頼りにしていますから、フォックスさんも休んで下さい」

「……そうか、そうさせて貰うかな。取り敢えずお前が先に休めよ」

「まだそんな遅い時間じゃありませんよ。今は起きていたいんです」


確かに、時間的にはまだ21時にもなっていない。
小さな子供ではあるまいし眠くならないだろうと、フォックスはそれ以上何も言わなかった。
暫くは焚き火の音とディディーの寝息だけを背景音に黙っていた2人。
撫でられていたディディーが寝言でドンキーの名を呟いたので、何とはなしにそちらを見たフォックス。
目に飛び込んだのは、焚き火に照らされたセルシュの寂しそうな、泣きそうな笑顔。


「セルシュ……?」

「何ですか?」

「どうかしたのか」


フォックスは急に何を言い出すのかと怪訝な表情を浮かべたセルシュだが、たった今自分が考えていた事を思うと、ひょっとして顔に出ていたのかと思い直す。
話して良いものか迷ったが、フォックスはセルシュに信頼してくれと言っていた。
折角の仲間、ここは頼ってみようと話す事に。


「今、私は組織【HAL】の全権を行使する総統代理となっています」

「ああ、確かそんな事を言っていたな。それでお前がオレ達に依頼を」

「実は……私が総統代理となるのは、ボスの身に何かがあった時なんです」


それが何かは分からない。
通信が繋がらなくなり、安否すら分からず、ただ言われるままにボスが望むであろう行動を取っているが。
物心ついた時からずっと組織に居るセルシュにとっては、まさに組織が家族。
誰とも連絡が取れないという不安は巨大だ。


「ボス達の生死が全く分からないし……ファルコさんもまだ安否が分からなくて、ドンキーさんも行方知れずで。不安なんです! このままみんな消えて、私の周りには誰も居なくなるんじゃないかって……!」


今まで耐えていたものが吐き出され、セルシュはぽろぽろと涙を溢す。
不安で仕方が無かった。
夕方、ディディーを元気付けた言葉を、本当は自分が誰かに言って貰いたかった。
必ず再会させると、だから元気を出してと。

俯き泣いていたセルシュは、ふと足音に気付いた。
見ればフォックスが自分の傍まで来ていて、そのまま隣へ腰を下ろしてしまう。
何事かと思っていると、頭に腕を回されて引き寄せられ、優しく撫でられた。


「え、フォックスさん…」

「今は敵も居ないし、好きなだけ泣け。明日また立ち直って戦えばいい。お前は一人じゃないって言っただろ、オレにも頼って存分に弱音を吐いてくれ」

「……うぅ……」

「大丈夫だ。力を合わせて必ず亜空軍を倒そう。そして皆で再会しよう」


優しい声と手付きに、セルシュの涙腺が緩む。
ディディーを起こさないよう注意しながら、眠るまで静かに泣き続けるセルシュだった。


+++++++


翌朝、よく寝たディディーが飛び起きた。
交代で見張りをしていたフォックスが気付き、昨日とは打って変わった元気の良さに嬉しそうに笑う。


「お、調子良さそうだなディディー、元気が出たか」

「うん、昨日セルシュに励まして貰ったんだ。絶対ドンキーに会わせるから、明日になったらまた元気出してくれってさ」

「……へぇ」


昨晩の弱々しいセルシュの様子を思い出し、まだ眠っている彼女を感心して見るフォックス。
あんなに傷付き参っていたのに、仲間を励まして支えるなんて見上げた心だ。

セルシュを起こし、東目指して出発する3人。
湿地までやって来て、美しい滝や川と生い茂る木々の中を進んで行く。
この辺りは谷が多く、注意深くジャンプしながら進む。
またもクッパ軍団が邪魔をして来て、この分だと敵の中枢も近いのかもしれない。


「ちくしょー、どいつもこいつも邪魔ばっかり。早くドンキーに会いたいのに……!」

「焦らないで、ディディー君。確実に進んで行きましょう、きっと手掛かりが掴める筈ですから」

「分かってる。こんなにクッパ軍団が居るならどこかにクッパだって居るさ!」

「おいおいディディー、本当に分かってるのか?」

「大丈夫だって、だから早く行こうよ2人とも!」


駆け出して先に行き2人を振り返るディディーに、分かってないだろ……とフォックスは若干呆れ顔。
しかし想像したよりは逸っておらず、この分ならセルシュとフォックスの2人でディディーに気を配れば、大事故は無いだろう。
クッパ軍団を退けつつ湿地を高台まで登り、見晴らしの良い場所まで来た。
ここもまた、何事も無ければ遊びで来たいと思う程に美しく壮観な場所だ。
やや勿体無く思いながら道なりに進んでいた3人だが、突然背後に不穏な気配。


「……ん?」

「セルシュ、どうし……」


フォックスの言葉が終わらないうちに機械の音。
発射音と共に黒い矢印のようなエネルギーが飛んで来て、ディディーを貫いた。
ディディーは悲鳴さえ上げる間も無く、物言わぬフィギュアに。


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