襲い来るサムスのコピー。
二体のそれに手分けして対峙しながら、ピカチュウと組んだセルシュはサムスが気になって仕方ない。
他でもない、今のセルシュが何より恐れている事を、サムスが行っているから。

己との戦い。
仲間からの信頼を見て見ぬ振りし、己以外の唯一にして最後の拠り所だったボスと組織が信じられなくなった今、セルシュが信じ拠り所に出来るのは己だけ。
なのにその自分さえ敵に回り対峙しなければならなくなったら、一貫の終わりとさえ思えてしまう。
自分一人でどうにか出来る問題ではない。
その証拠とでも言うべきかちらりと視線を送ると、一人で戦うサムスは押されているように見えた。
本当にこれがセルシュの属する組織による差し金なら、相手は単なるコピーなどではあるまい。


「っ、サムスさん……!」

「私の事は気にするなセルシュ、ピカチュウと協力して一体を倒してくれ!」


サムスの身が心配だなどと認めるのが怖い。
違う、彼女を心配しているのではなく、万一彼女が倒されてしまえばサシの勝負になり、不利になるから。
そうなると困るのでサムスの安否が気になるのだと、自分に言い聞かすセルシュ。
そうして、慣れない感情に振り回されていたのがいけなかったのだろうか。


「セルシュさんっ!!」


背後から切羽詰まったピカチュウの声が響き、振り返る間も無く物凄い衝撃。
背中からのそれに軽く吹っ飛んだセルシュが慌てて体勢を整え、ようやく振り返った瞬間 目に入るもの。
それはセルシュを庇い、敵の攻撃を受けて床に叩き付けられたピカチュウの姿。
骨が軋んで砕けるような、嫌な音が響いた。


「あ……」


全てがスローモーションに見える。
叩き付けられた反動でピカチュウの体が再び宙へ浮き、折れたようにのけ反った首では口元しか見えず、表情は窺えない。
しかしセルシュの中では、フランクリンバッヂを渡した時に見せたピカチュウの満面の笑みが浮かび上がる。
次の瞬間それは崩れ去り、後に浮かんだのは全身を傷だらけにして動かなくなったピカチュウの姿。

この世から全ての音が消えてしまった。
それはセルシュの錯覚に過ぎなかったけれど、倒れたピカチュウをコピーが踏み潰そうとしているのは錯覚などではない。


「……あああああっ!!」

「セルシュ、ピカチュウ!!」


絶叫と同時に、セルシュが弾けるような勢いでコピーへ向かって行く。
更にサムスが自分の相手するコピーに背を向け、数少ない大事な武器である筈のパラライザーを力一杯、セルシュ達が相手するコピーへ投げ付けた。

傷付く事も厭わず、飛び込みながらピカチュウに近寄り彼を庇ったセルシュ。
足やら腕やらを強かに床へぶつけてしまうが、全く気にする事は無い。
ピカチュウを自分の体の下に隠し、俯せで抱え込むように守るセルシュの背に容赦無くコピーの足が迫る。
しかし直前、サムスによって力一杯投げられたパラライザーがコピーに当り、奴が仰け反って怯む。
その隙を見逃さず、セルシュはすぐに立ち上がるとピカチュウを抱えてコピーから離れた。


「……はっ!?」


叩き付けられた衝撃で軽く気絶していたらしいピカチュウが、意識を取り戻す。
セルシュに抱き抱えられたまま視線はサムスを探し、背後から彼女を攻撃しようとするコピーに気付いた。
それを阻止せんと、傷付いた体に鞭打ちながら放たれた強烈な電撃。
セルシュはピカチュウを片腕に抱えたまま別方向へ銃を構え、サムスが投げ付けたパラライザーによって仰け反ったもう一体のコピーを撃ち抜く。


「……上出来だ」


不敵に笑んだサムスは背後を確認する事無く、セルシュに銃を撃たれて更にバランスを崩したコピーへ飛び掛かり、渾身の蹴りをお見舞いした。
こうして、一体のコピーはダメージが蓄積した所で浴びた強烈な電撃によって動かなくなり、もう一体は体(パワードスーツ)を壊しながら吹き抜けを遥か下まで落下して行ったのだった。

しん、と静まり返る。
それも数秒の事で、サムスは立ち尽くすセルシュと彼女に抱かれたピカチュウに駆け寄り声を掛けた。


「セルシュ、ピカチュウ、よくやってくれた。怪我は何とも無いか?」

「ボクは……大丈夫みたい。すんごい衝撃だったけど折れたりはしてないよ」

「ファイターの体はこの世界で超強化されているらしいが、改めて本当だな」

「あはは、サムスさんみたいに元の身体能力が高いと、ちょっと気付き難いよね。……ところでセルシュさん、さっきは思いっ切り体当たりしてごめんね。それに庇ってくれてありがとう、怪我は大丈夫?」

「…………」

「セルシュさん?」

「どうした……まさか、どこか酷くやられたか?」


返事が無いどころか、俯いてしまい表情を窺う事さえ出来ないセルシュの様子に、ピカチュウとサムスが心配そうに声を掛ける。
それにさえ反応を見せなかったセルシュだが、次の瞬間、思いっ切りピカチュウを抱き締めた。
突然の事に慌てるピカチュウと目を丸くするサムス。
顔を上げたセルシュは泣いており、二人とも度肝を抜かれてしまう。


「わ、うわぁっ! どうしたのセルシュさん、打ったトコそんな痛いの!?」

「よかっ、よかった……だってピカチュウ君、し、死んじゃうかと……!」


子供のように泣きじゃくる様子は、今までの凛としたクールな態度が嘘のよう。
抱えたピカチュウの顔に涙の滴が次々と落ちる。
少し体の調子が戻ったピカチュウがセルシュの腕から飛び降りるが、涙を乱暴に拭いながら尚も泣き続け、そんな彼女の頭にサムスが優しく手を乗せる。


「有難う、セルシュ」

「っ、何が、ですかっ」

「私達が死ぬ事を恐れてくれたんだろう。それは私達をちゃんと想ってくれている証拠じゃないか」

「えっ……」

「私達がどうでもいい存在なら死んだって構わないんじゃないか? 少なくとも泣くような事は無い筈だ。何だかんだで信頼してくれてるんだろう」


薄く微笑んだサムスの言葉に、セルシュは呆然として彼女を見つめた。
止めどなく流れていた涙もやがては鎮まり、停止していた思考が働き始める。

それは、信頼だろうか。
誰にも寄せる訳にはいかないと思っていたそれを、自分でも気付かないうちに持ってしまっていたのか。
しかしセルシュは、ただピカチュウやサムスに死んで欲しくないと思っただけで、信頼なんて大それた感情は持っていない。
“誤解”を解こうとそれを素直に告げると、ピカチュウがクスクス笑いながら。


「セルシュさん、大袈裟に考えすぎだよ。傍に居たい、仲良くしたい、死んで欲しくない。最初のうちはそれだけで充分じゃない」

「……?」

「ピカチュウの言う通りだ。信頼なんて表現をした私も悪かったが、阿吽の呼吸とか全てを打ち明けるとか、そんなのは後で良い。……お互い協力しながら、一緒に戦おう。まずはそれからだ」

「……そう、ですか?」


まさかそんなに簡単な話だったとは、セルシュは思いもよらなかった。
信頼とはサムスの言ったような、阿吽の呼吸とか全てを打ち明けるとか、そんなレベルの話だけだと思っていたのに。
共に協力し、戦いを無事に乗り越える……それだけ。
仲良くしたい、一緒に居たい、死んで欲しくない……そんな単純で簡単な感情。

サムスとピカチュウが死ぬかもしれない、そう思った時にセルシュの感じた恐怖は本物だった。
フィギュア化するだけだとしても、解除できなければ永遠にそのまま……それは死と何が違うだろうか。
死なせたくないと、夢中でピカチュウを庇った。
まだ入り口だが、信頼し合う関係とはそういう感情から始まるのだろう。


「……私、怖かった」

「怖い? 戦いが?」

「いいえ、私の属する組織が……信じられなくなってしまったんです」


セルシュはサムスとピカチュウに、今、自分が組織に対して感じている疑念を話してみる事に。
セルシュを案内するように現れる矢印、性能が抜群に良いコピー。
幼い頃からの拠り所が、一気に敵対の可能性を帯びてしまった訳だ。


「もう私は一人だから。今まで自分のやって来た事まで否定されたら、どこにも寄る辺が無くなってしまうと思って、だから……だからサムスさんやピカチュウ君から寄せられている厚意に縋らないよう、見て見ぬ振りしていました」

「セルシュ……」

「二人からの厚意を蔑ろにしようとして……本当に、ごめんなさい」


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