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居なくなったポケモンを探していたレッドと、自分の身代わりになってワリオに捕らわれたネスを探していたリュカ。
彼らにもメタナイトから聞いた亜空軍の事を教え、これから一緒に行動する事になった。
爆発したガレオムによって広がった亜空間を見つめたマキアートの脳裏に思い浮かぶのは、戦場の砦で初めて亜空間を見た時と同じ、自分の操る闇の魔力に似ているという事。
ひょっとしたら他の仲間達も同じ事を思っているかもしれないと訊いてみると、やはりそうらしい。
アイクが合点がいったように頷く。
「言われてみれば姉貴が操る闇魔法に雰囲気が似ているな。だから気になったのかもしれん」
「“だから”? ……あ、もしかして戦場の砦で、妙な雰囲気がするとか言って偵察に行った時の事?」
そう言ってアイクが一人で行ってしまい、マルスと二人の所を亜空軍に襲われた。
そこからメタナイトと出会ってエインシャント卿を追い掛けて……。
マルスも亜空間の雰囲気がマキアートの闇魔法と似ていると思っていたらしく、メタナイトも共に戦いながら思っていたそうだ。
「メ、メタナイト卿、あたし別に黒幕とかじゃないですよ」
「心配するな、共に戦っていればおおよその人となりは分かる」
当然の流れで疑われると思っていたが、信用されていると分かりホッと息を吐くマキアート。
しかし世界を亜空に堕とそうとする現象と似ているなんて気分は良くない。
さて指標も無くなってしまい、これからどうしようか……と考えていた最中、上空から轟音。
見上げれば巨大な戦艦が東へ向かい飛び去って行く所。
「ハルバード、ようやく見つけたぞ……!」
「あれがメタナイト卿の艦ですか? 行きましょう!」
レッドとリュカもどこへ行くべきか迷っていたので了承し、一行は更に東へ向かう。
遠くに見えているのはこの大陸の東端である氷山……こんな所まで来てしまった。
何にも縛られない自由な旅を楽しみにしていたマルスは少し残念そうだ。
そんな彼にマキアートが苦笑しながら声を掛ける。
「マルス君、やっぱり残念?」
「ええ……今まで通って来た場所は全て、戦いではなくゆっくりと物見遊山で初めて目にしたかったものばかりです。別の重大な事を考えながら慌ただしく通り過ぎる事しか出来なかったなんて……」
記憶を消してもう一度ゆっくり旅をしたいです、と冗談めかして言うマルス。
マキアートは少しばかり考えてからちょっと意地悪な顔を作った。
「でも記憶が消えちゃったら、あたしが告白した事もマルス君が応えてくれた事も無くなっちゃうね」
「あ……」
「そうしたらもう一回、今度はマルス君から告白してくれたりするの?」
笑顔で言うマキアートに、マルスは少し頬を朱に染めて俯いた。
……が、割とすぐに顔を上げると真っ直ぐマキアートを見つめて。
「はい」
「え」
「今度は僕から想いを伝えます。以前からマキアートさんの事が好きだったんですから」
「……」
今度はマキアートが照れる番。
参ったな〜、なんて照れ笑いで誤魔化そうとしてみても顔が赤くなる。
そうしていると、隣に並んだアイクに腕を引っ張られた。
「わ! っと、何だいアイク青年」
「少し話がある。マルス、姉貴借りるぞ」
「え? あ、え、その」
マルスが返事を淀ませたのは、マキアートが離れるのが嫌だったからではない。
マキアートと幼い頃から時間を共にしていた実弟のアイクに、姉貴を借りる、なんて言われて焦ったから。
マキアートは物じゃないとかそういう話はさておいて、どう考えても彼の方が長い付き合いなのに。
有無を言わせぬ強引さでマルスから引き離されたマキアート。
何の話があるの? と疑問を言葉に出す前にアイクが真剣な顔で口を開いた。
「姉貴、マルスが好きなのか」
「う……うん、まあ」
「まあ、で言い終われる程度か?」
「……いいや。自覚したのはついさっきだけど、好きなのは心から本気だよ」
「じゃあどうする」
「何が?」
「元の世界に帰らないといけなくなった時だ」
言われたマキアートは、一気に心臓を鷲掴みにされたような苦しさに襲われる。
今こうしてアイクに言われるまですっかり失念していた。
正確にはその事自体を忘れていた訳ではなく、マルスとの関係に絡めて考えるのを忘れていた。
マルスは異世界人。つまりマキアートとは別の世界に生きる存在。
きっといずれ各々元の世界に帰らなければならないが、その時自分はどうするのか。
「俺は姉貴が決めた事なら応援してやりたい。マルスとも似合いだと思うしな」
「アイク……」
「ただ、本音を言わせてもらえば。……寂しい。姉貴が居なくなるのは」
ただ道を分かつだけではない。
自分達の力で行き来する事が不可能な絶対的な壁に阻まれてしまう。
きっとそれは生涯の別れを意味する。
生まれてから育った大地。故郷、家族、仲間達。
それらを、好きな人が出来たのでさよなら、とあっさり捨てられるマキアートではない。
捨てる訳ではないにしても二度と会えないとなると迷いが浮かぶ。
決してマルスへの想いが小さいという訳ではない。
それはマキアートは確信しているし、マルスも疑ったりしないだろう。
「……どう、しよっかなあ」
「まあ今日明日に決断しなければならん訳でもないだろうが、考えておいた方がいい。この戦いが終わったらマルスともよく相談して決めろ」
「アイクは?」
「俺か? 今言った通り寂しいし姉貴に居なくなって欲しくない。だが応援してやりたい気持ちは確かだ」
「……」
「姉貴とマルスがきっちり相談して決めた事に文句は言わん。ただ一つ、後悔だけはしない道を選んでくれ。俺の事よりマルスの事を考えてな」
いいや、きっとどの道を選んでも後悔してしまう。
せめてその後悔が最低限になるよう道を選ばなければならない。
マルスへの好きとアイクへの好きは全く種類が違うが、大切さは同じ。
元々が異世界の存在である以上、マルスとは出会えただけでも奇跡だ。
その上で想いが通じ合うなんて奇跡という言葉だけでは足りない程なのだから、あれも欲しいこれも欲しいと欲張るのは傲慢というものだろう。
マルスか、アイク(故郷、家族、仲間)かを選ばなければならない。
「マルス君の事は心から好き、だけど。あたしも寂しい……。耐えられるかなあ」
「……」
どうしても故郷が惜しくなってマルスと離れ離れになった場合、耐えられるのか。
どうしてもマルスと離れられずに故郷と別れる決断をした場合、耐えられるのか。
その両方の意味が含まれた心配にアイクは胸を詰まらせる。
せめてマキアートが寂しく思わない方法があればそれが一番良いのだが。
自分や家族が寂しい思いをするのはどうしようもないにしても、せめてマキアートが平気なら。
離れ離れになる故郷や家族、仲間の事を思い返して寂しくなったり、心配になったりしなければ。
そんな方法があるのかは分からないが、願わずにはいられない。
アイクだってマルスとは違う形だけれど、マキアートを心から大事に思っているのだから。
居なくなるのは寂しいけれど、大切な姉に愛する人が出来たのだから、その人と幸せになって欲しい。
「俺達の事は心配するなよ、姉貴」
「……うーん……」
アイク自身もきっと完璧な答えなど出ないだろうから、曖昧な返事をしたマキアートに何も言えない。
姉との時間が沈黙なのを珍しく気まずく思ったアイクは、マキアートの先へ進んだ。
アイクが先行したので話が終わったと判断したマルスが寄って来る。
「何の話をしていたんですか……なんて訊くのはマナー違反ですよね」
「あー、まあマルス君にもだいぶ関係のある話だし、いずれ言わなきゃならないから別にいい、けど」
「けど?」
「……ごめん、ちょっと今はあたしも心の整理がついてないから勘弁して」
「分かりました」
マルスはこの事をどう思っているのだろう。
彼もひょっとして異世界同士の存在だという事を失念しているのだろうか。
さすがにそれは無いと思いたいが……ではどんな考えを持っているのか。
彼には地位も立場もあり守るべきものが多すぎるので、全てを捨ててマキアートの世界へ行くという事が不可能。
共に在る為には必ずマキアートが故郷も家族も仲間も捨ててマルスの世界へ行かねばならない。
それが分からないマルスではない筈だ。
今すぐにでも彼の考えを聞きたいが、整理がついてないと言ったばかり。
アイクが言った通りに、この亜空軍との戦いに決着がついてから考える事になりそうだ。
考えるだけで胸が痛くなる問題。
けれど決して逃げる訳にはいかなかった。
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