発見した戦車を追い掛けるため崖から飛び降りて荒野を進むマキアート達。
亜空軍の妨害も増えて来たので、魔法を使うマキアートを守るように陣形を組み敵の攻撃に対応していた。

……これなら別に平気だ。
慣れた様子のマルスから優しく女扱いされる事に対しては苛ついていたものの、こういった戦闘の陣形などでは嫌な気はしない。
何も今は女だからと庇われている訳ではなく、前衛と後衛の役割分担だし……。


「いい加減に敵が増えて来ましたね……マキアートさん、大丈夫ですか?」

「だぁから、あたしだって故郷の世界では戦争を生き抜いた立派な戦士なのよ? そんな風に特別扱いなんかしなくて結構ですから!」

「……怒ってます?」

「怒ってませんよ?」


妙なやり取りを繰り広げるマルスとマキアートに、アイクとメタナイトは怪訝な表情で顔を見合わせる。
(メタナイトは仮面があるのでよく分からないが)

アイクは今のマキアートの言葉を聞いて、きっと怒っているだろうと予測している。
怒っているというか、明らかに言い方が拗ねたような風に聞こえるからだが、しかしそうなると、何故こんなに拗ねているのかが分からない。


「姉貴、マルスに優しくされるのが嫌なのか?」

「は、はぁ? 別にそんな事ないわよ。ただ今は戦いの最中だし、女だからって特別扱いされるのはちょっと」

「女扱い……というより、マルスは仲間を心配しているだけじゃないのか。姉貴が一番体力が少ないだろうから、そういった意味では女扱いしてるかもしれんが、別に嫌がる事でもないだろ」


アイクの言う事は尤も。
マキアート自身も、なぜ自分がこんなに優しく紳士な態度のマルスに苛ついているか分からないのだから。


「姉貴、俺にはデリカシーを身に付けろとか、もっと女に対して優しく接しろとか言う癖に……変なやつ」

「だあぁっ! 今あたしが変なのは自分で分かってます! マルス君にだってちゃんと話したんだから、ねえ!」

「はい。マキアートさんも戸惑っていらっしゃるようですし、今は僕からは何も……」

「ほら!」

「じゃあせめて態度に出すのはやめたらどうだ?」

「う……」


アイクの言う事は当たり前に正しく、いくらマルスが許してくれるからといっても、仲間と一緒にチーム行動をしている以上、あまり身勝手な態度は慎むべきだ。
ちょっと反省してマルスに軽く謝ると、気にしてませんよと笑ってくれた。


「(気にはしてなくても、気は使ってくれてるんだろうなぁ)」


それはそう。
仲間との和を大切にするマルスだから、今も、実は自分が何かマキアートを怒らせたのではないかと考えている可能性がある。


「(駄目だこれ、早く原因を見付けないと、チームに凝りがあったらいざって時に足下を掬われるかもしれない)」


マルスの優しい態度や女性に対する気遣いは、何もこの旅に出てから始まった物ではない。
以前、言うならこの世界に来てマルスと出会ったその日からマキアートは知っていた。
これまではそんなマルスを見ても、嫌な気持ちになるどころか楽しかったというのに。

心当たりがあるとすれば、可愛い弟のように思っていた彼の男としての面に気付いてから、優しく紳士な態度に腹が立ち始めた訳だが。それこそ意味不明だ。
彼も結構なイケメンなのだし、女扱いされたら嬉しくなるのが普通だと思うのに。


「(どうしたあたしの脳、あたしの心! お願いだから正常に作動してー!)」


心の中で叫んでも、すぐさま現状が解決する訳でもなく。
せめて苛つきを態度に出さないよう気を付けながら、マキアートは仲間と共に荒野を進んだ。

亜空軍以外には味気ない赤茶色の地面と岩山ばかりを視界に入れて、一行は荒野を東へ東へと行く。
空気が乾燥し気温も高く、体力はじりじりと奪われて行くが、そこは歴戦のファイター達、そうへばる事は無い。
途中で道が途切れていたが下を覗き込むと涼しげな岩影の道が続いていた。
体力を少しでも温存、回復するために下の道を行く事になるが、飛び降りようとしたその時、またもマルスが自然な動作で手を差し出して来る。


「……」

「あ、と、すみません」


マキアートは優しく女扱いする事に対して怒っているのだから失敗だったかと、手を引っ込めようとするマルス。
しかしマキアートは笑顔を浮かべると、引っ込めかけたマルスの手を握った。


「ありがと、マルス君」

「は、はい……!」


マルスに先導されながら崖下目掛けて飛び降りる。
どうせ理由が分からないなら、考えるのは後回しでいい。
こうして仲間として接し戦いに集中すれば、苛つく事もほぼ無いし、このまま……。

……仲間として?


「あ……?」


汚れ切っていた窓を綺麗に拭いて視界が確保できたような、そんなすっきりした感覚がマキアートに廻る。
だが同時に恥ずかしい。
汚れていたなら早く拭けば良かったのだ。何故今までそうしなかったのか。
仲間として戦いのために接していれば苛つかない。

マキアートがマルスに苛つくのは決まって、マルスが紳士的態度で女性に対する気遣いを見せる時だけ。
『きっと、ちゃんと教育されているから、そうやって紳士的な態度を取れるのだろう』
そんな事を考えてから、彼の態度に苛つくようになった。
そこから考えられる理由は、実に単純でありきたり。


「(あたし、嫉妬してたんだ。マルス君はきちんと教育されているから、敵でもない限りどんな女の子にも優しい態度を取るはず。それが嫌でムカムカして、苛ついてたんだ……!)」


これまでは気にならなかったが、旅に出てからマルスの男としての面に気付き、気になるようになってしまった。
馬鹿馬鹿しくて滑稽で、こんな事にすぐ思い至らなかった自分が情けない。
顔が赤くなってしまい、マルスに声を掛けられて慌てて自分の世界から脱出し、敵に対峙するような有り様。

さて、気付いたからにはどうするべきか。
自分はきっとマルスの事が好きなんだろうとマキアートは思うが、このままでは別の悩みが出てしまう。
何故なら解消するには、受け入れられるにしろ拒絶されるにしろ、想いを伝えなければならないのだから。

日陰になっている涼やかな渓谷を進んでいると、風が段々と強くなって行った。
それは強烈な向かい風になり、乾燥した空気と共に砂埃を運んで来る。
しかもこんな時に亜空軍が射撃武器で襲いかかって来て、強烈な向かい風のせいで回避や攻撃が上手く行かない。
砂埃に目を細めながら、アイクが忌々しげに愚痴を吐く。


「くそ……俺達は姉貴以外、遠距離攻撃面が弱いからな」

「ここの攻撃はあたしに任せて、皆は周囲に気を配って。ちなみに強風の盾になってくれたら嬉しいなー、なんて」

「分かりました、僕とアイクさんが先導します。メタナイト卿は背後を。マキアートさん、頼りにしていますよ」

「……! ま、任せなさい!」


マルスに頼りにされた。
それは女扱いには程遠く、好きな男性からの扱いとしては落ち込むべきかもしれない。
しかしマルスは大抵の女性には優しいという人物。
それならばいっそ、仲間として頼りになるという他の女性とは違う方面から攻めた方が良いような気がする。
女なのに男の仲間と同じ扱いという事は、それだけで他の女性から頭一つ抜きん出た存在だという事だろう。
女としてのアピールをしたり、そういう扱いを期待するのは、その後で良い。

……けれど、一区切りぐらいは付けなければ。
マキアートは強風の中、すぐ側の前方に居るマルスだけに聞こえる声量で。


「ねえマルス君」

「はい?」

「あたし、マルス君の事を男性として好きになっちゃったみたいなんだ」

「……!?」


驚いて振り返ろうとするマルスを制し前方に注意させる。
こんな強風の中でも、射程圏内であれば無風状態と同じように攻撃ができる闇魔法を駆使し、アイクが示す先に居た亜空軍を屠ると、微かに戸惑っているらしいマルスへ言葉を続けた。


「だからあたし、マルス君の特別になる為に頑張るよ。まずは守られるべき淑女じゃなく頼れる戦士だって所を見せて、他の女性より突出した存在になってみせるからね」

「マキアートさん……」

「……あたしね、どんな女性にも優しいマルス君にヤキモチ焼いてたんだ。だからマルス君に紳士な対応されて苛ついてたの」


*back × next#


戻る
- ナノ -