エインシャント卿を追い、荒野へと足を踏み入れたマキアート達4人。
乾いた風が肌をかすめ、どこまでも続く土色は彼らの気を滅入らせた。
マキアートは照り付ける太陽が夕日のそれへと変わった辺りで、うんざりとしたように声を上げる。


「んー! もう休もう、土埃と景色で頭がおかしくなりそうだよ!」

「まあ確かに荒野の夜は冷えるからな、体力を温存する為にも火を起こして休息を取っておきたい所だ」

「この辺りに水場がないか探そう。水分も確保しておかないとな」


メタナイトがマキアートの提案に賛同し、アイクが水場の捜索を提案。
まだ休めそうにない事に更に気が滅入りかけたマキアートだったが、休む場所を選ばねばならないのは確かなので文句は言わない。
水場を探し続け、日がとっぷりと暮れた頃に川を発見し、近くで休む。
見張りの順番を決める事になるが、マルスがとある提案をして来た。


「アイクさん、メタナイト卿。マキアートさんと僕は見張りを一緒にしてくれませんか?」

「え、何でよマルス君」

「女性一人に見張りなんてさせる訳にいきません。男と一緒の方が……」

「……それ、あたしが役立たずだから言ってる訳じゃあ、ないよね?」


思わず口を突いて出てしまった言葉に、マルスがきょとんとした顔でマキアートを見た後慌てて、違います、と取り繕った。
マキアートだって分かっている筈だ、マルスがそんな理由で言った訳ではないという事くらい。
単なる彼の、騎士としての女性への気づかいだ。
寧ろ見張りなどさせないつもりだったかもしれないが、そんな扱いを嫌うマキアートの気持ちを汲んだ結果の、一緒に発言なのだろう。

しかし自分だけ2人でだなんて、やっぱり他の3人より役に立たないから……? なんて考えてしまうもの。
マルスに悪意が無いと分かっている以上、不平不満を言う事も出来ずにモヤモヤする気持ちを燻らせるしかなくなってしまった。
マキアートがやや不服そうな顔をしたのに気付き、メタナイトが彼女の心情を慮って、2組に分かれて見張りをしようと提案する。
マキアートはマルスの提案通りに彼と一緒に見張りをする事になったが……。

夜半、アイクに起こされマルスと一緒に少しだけ離れた高台に座ったマキアートは、ずっと黙っていた。
何か話し掛けようとしていたマルスも彼女の雰囲気に遠慮し、黙り込んだまま。


「(……あたし、ここまで嫌な女だったかなあ。そりゃあまかり間違っても聖人君子なんかじゃないけど、マルス君の親切心からの言葉を勝手に悪く受け取って、当て付けみたいに拗ねるなんて最悪でしょ)」


分かっている。マキアート自身もちゃんと頭では分かっているのに、気持ちが上手いこと付いて来ない。
マルスが自分を役立たずだなんて思っている訳が無いのに、何をこんなに苛ついているのだろうか?
ムカつく、ショック、悲しい、そんな感情が頭の中をぐるぐる回り続ける。


「(良いじゃないの、ガサツでデリカシーの無いうちの弟とは大違い。女に対する扱いを心得てるなんて本当に王子様よねー、きっと昔からきちんと教育されてるんだろうな)」


……自分の気持ちを落ち着かせようとして心中でマルスを誉めたら、またムカついてしまった。
ダメだ、これは精神衛生上よろしくない。
マルスを誉めたらムカついただなんて、敵や仲の悪いライバルじゃあるまいし。


「……ライバル? あたしとマルス君にライバル足り得る要素とかある?」

「……マキアートさん、急にどうしたんですか」

「え?」

「僕がライバルだとかどうとか、急に言い出すから」

「うわ、声に出てた!? いや何でもない、何でもないよマルス君!」

「まさかマキアートさん、僕をライバルだと思っているから、一緒に見張りだなんて嫌だったんですか?」

「違う違う、断じて違うよマルス少年ッ!」

「じゃあライバルだと思っているから、か弱い女性みたいな扱いを受けて腹を立ててしまったんですか」

「それも違う、っていうかまずは、あたしがキミをライバルだと思ってるっていう前提から変えて!」


やや複雑そうな顔をしながらのマルスの言葉を、マキアートは必死に否定する。
マルスの事が嫌いだとか対抗意識があるだとか、そんな事は無いと断言できる。
むしろ弟のように可愛い存在で、亜空軍と戦い始めてから見せた意外な……と言ったら失礼に当たるか、何にせよ今まで意識しなかった男らしさが垣間見え、ときめいている所だ。
そんな相手に女性扱いされたら普通は嬉しい筈なのに、何をこんなにショックを受けてムカついているのか、完全に意味不明。
ひとまず謝ろうと、マキアートは意を決する。


「マルス君、不快な思いさせたんならゴメンね」

「いえ、不快とまでは」

「正直に言うと、マルス君の紳士な言動に何故かショック受けて、ムカついちゃって。意味不明だよね。だけど断じてキミの事が嫌いだとか、対抗意識があるって訳じゃないんだよ。どうかそれだけは信じて」

「そうだったんですか…。僕の方こそ不快な思いをさせてしまって、すみません」

「いやいや、マルス君が謝らないで! 完全にあたしの意味不明で失礼極まりない怪思考なんだから!」


取り敢えず、嫌いな訳でも対抗意識を持っている訳でもない事は伝えられた。
これ以上の謝罪をする為には意味不明な怪思考の正体を突き止めなければ、中身の伴わない謝罪など失礼にしか当たらない。
マルスもそれを分かってくれ、ひとまずこの話は保留とする事になった。

それからは周囲に気を配りながらも、軽くお喋りなんか出来たので良しとしよう。
次の交代が来た時は、亜空軍との決着が着くまでにはこの意味不明な感情にも決着が着けばいいと思いながら、落ち着いて眠る事が出来たのだった。


++++++++


翌朝、マキアート達は再びエインシャント卿を追って荒野を進み始めた。
当たり前の話、もうエインシャント卿などどこにも見えないしこちらに居るという保証も無いが、どうせ他に手がかりなど無いのだ。
今居る場所は高台のようになっており、崖際からは遥か彼方まで見渡せてなかなか爽快だ。
とは言っても、見える景色は多数の台地や岩山をあちこちに配置した、味気無い土色の荒野だけなのだが。


「うう、まだ乾燥地帯……いい加減お風呂入りたいよー、肌も髪もダメージ酷そうで後が怖い……」

「姉貴もそんなこと気にするのか。というか昨日、川で顔とか洗って体も少し拭いてたから良いだろ」

「うがー! それだけで事足りると思ってんのかアホンダラー! っていうか覗くなばーかばーか!」

「そりゃ俺も湯に浸かって一息つきたいとは思うが」

「違う! それも大事だけどそれだけじゃ駄目なんだよ!」

「姉貴が?」


馬鹿にしたような言葉と共に浮かんだアイクの笑みに、カチンと来て背中を叩いてやったマキアート。
笑うアイクにますます意固地になり、拗ねたようにそっぽを向いたマキアートへフォローを入れるつもりで、マルスがアイクに意見。


「アイクさん、身内である姉を他人と同じような女性と見れない気持ちは分からないでもありませんが、あんまり失礼な言動をすると家族と言えども傷付いたりするものですよ」

「まあそうだな。すまん姉貴、冗談だからあんまり真に受けるなよ」

「へいへい。今に始まった事じゃないから本気には気にしてないけどね」


言いながらやはり、マキアートはマルスの紳士な言動に苛ついてしまう。
今度は顔にも言葉にも出さない事に成功したが、気持ちだけは抑えられない。
そんな悶々とした気持ちのまま進んでいると、ふとメタナイトが立ち止まり、彼方の下方へ視線を向ける。
マキアート達もすぐ異変に気付きそちらを見ると、何かが土煙を上げながら猛スピードで荒野を横切っていた。


「あれは、亜空軍の戦車ガレオム……! 追おう、新たな手掛かりだ」

「戦車、って、本で見たけどあんなんでした? あたしには大きなロボットに見えますけど」

「そのロボットにもなるようだぞ。戦闘にも使えるようにしているんだろう」

「じゃあ慎重に行った方が良いのでは? 戦力が」

「追うぞ、早くせんとまた見失いかねん!」


マルスの言葉を遮ったアイクは、マキアートが止める言葉を出す前に高台から飛び降りてしまった。
あまり1人にする訳にもいかず、仕方ないとばかりにメタナイトも飛び降りる。
後に残されたマキアートは、隣で何とも言えない顔をしているマルスの方は見ず、崖下を見たまま。


「ごめん、ごめんねマルス君、こんな弟で……」

「僕達も行きましょうか、置いて行かれないうちに」


珍しくマキアートの言葉を無視し、マルスは自然な動作で彼女の手を取った。
えっ、と胸を高鳴らせたマキアートに何も言わせず、共に崖下へと飛び降りる。


「(……ほんと、自然とこんな事が出来るとか、反則だっつーの)」


ときめきながら、やはりマキアートの心の中には、何故か苛つきが広がっていた。


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