聖魔の娘
▽ 3


「ま、待って! あたしも一緒に行く!」

「……いいの?」

「あたし、確かめたい。何が正しいのか……自分の目で」

「覚悟があるのなら私達は歓迎するわ。私はエルゥで、この子はミルラよ。あなたは?」

「あたしは、アメリア。宜しくお願いします!」

「うん。取り敢えず戦闘が落ち着くまでは私の傍に居るといいわ。私の仲間に攻撃される可能性もあるからね」

「ありがとう……」


優しく微笑んだエルゥに、アメリアの緊張が解れて行く。
一旦はグラドを離れる決断をしてしまったけれど、これは間違いではないと思った。
裏切るのではなく、グラドの未来を見極める為に行くのだと自分に言い聞かせる。


やがて敵将を倒し、リグバルド要塞はフレリア軍が管理する事になった。
残党を探して要塞内を探索すると、牢屋に思いもよらない人物が捕らえられていた。

それはフレリア王女のターナ。
皆が世界の為に戦っているのに、自分は安全な城で祈るだけなのが耐えられなかったらしい。
どうしても一番大変なエフラムの助けになりたいと追い掛けて来たら、グラド兵に見付かって今まで囚われていたと。
これから投降した兵に話を聞くから戻るまで相手をしてやっていてくれないか、とエフラムに頼まれ、エルゥはターナと話していた。


「ではターナ様も天馬騎士なんですね」

「ええ。それなりに修行は積んでいるつもりよ」

「けれどお父上、心配されているのではないですか?」

「それでも皆の助けになりたい。エルゥさんだって小さな妹を連れているじゃないの」

「まあ、この子は竜ですから……」

「だけど本当は安全なフレリア城に置いて行きたいと思わなかった?」

「……思いましたね」


苦笑しながら言うエルゥをミルラは不安そうに見上げる。
そんな顔しなくても今更帰したりしないから、と安心させるように笑うと、ターナが少し落ち込んだような溜め息を吐いた。


「ミルラだったかしら。うらやましいわ、優しいお姉さんが居て」

「……ヒーニアス様、なかなか厳しい方のようでしたものね」

「ええ。お兄様はお兄様なりに私を心配して下さっているのは分かるけど……。時々、思うの。もっと優しくしてくれてもいいのにって」


言ったら兄を思い出したのか、ターナの瞳が寂しそうに揺れる。
どう言って慰めるべきかエルゥが迷っている間に、ターナはいつも通りの無垢な笑顔を向けて来た。


「それにしてもエルゥさん、エフラムは呼び捨てなのに私は様付けなのね。他人行儀よ」

「えっと、許可も得ず王族の方を呼び捨てするのは、いくら何でも……」

「じゃあ許可するわ。エフラムの友達なら私の友達よ、仲良くしましょ!」


慰めようと思っていたのに、却って元気付けられてしまった気がする。
ふふっ、と自然な笑みが零れたエルゥは彼女の言う通りに接する事にした。


やがてエフラムが投降した兵から聞けた事を教えてくれた。
皇帝がルネスを侵略した理由は分からない事、やはりデュッセルは戦争に反対している事、そして……ルネス侵略を進言したのは皇子のリオンという噂が流れている事。
エフラムは平静を装ってはいるが、親友のあらぬ噂に気が落ち込んでいるのは分かる。


「あいつは誰より戦争が嫌いだった……そんな真似をする筈は無いんだ」

「エフラムが信じたいなら信じていましょう。先へ進んで、皇子から話を聞けば良いじゃない」

「……ああ。そうだな、ここで立ち止まる訳にはいかない。デュッセルやリオンと合流し、力を合わせてこの戦争を止める……。止めるつもりだ、が」

「だが?」

「……もし二人が敵対するようなら、俺は躊躇わない。例え誰が相手であろうと、倒さねばならない敵は倒す」


そうハッキリ告げたエフラム。
そんな彼の覚悟を聞いたエルゥは、心から安心した。

ああ、これでもし自分が彼らを裏切るような事があっても、彼は私を倒してくれる。
情に流されて倒す事が出来ない、なんて事はきっと無いだろう。


「ところでエルゥ、ミルラ。一応訊いておくが、フレリアに戻る気は無いか?」

「え?」

「ここから先はグラド領だ。これ以上、二人を戦争に巻き込む訳にはいかない」

「“一応”なんて言ったって事は分かってるんでしょう? 私達は付いて行くわ。ねえミルラ」

「はい。なくした竜石の気配、まがまがしい邪悪な瘴気……どちらもあちらから感じます」

「そもそも私達はそれを調べる為に闇の樹海を出たの。放ったまま帰るなんて出来ないわ」

「……言うと思った。気を付けろよ二人とも。これから先はもっと守る余裕が無くなる」

「ええ。生きてグラドを調べないと……お父さんにも叱られてしまうわ」


思わず口に出してしまった父親の事。
泣きそうになったのを慌てて振り払い、エルゥは笑顔を浮かべる。
その少し寂しげにも見える笑顔を見た瞬間、エフラムが息を詰まらせた。


「エフラム?」

「……何でもない。ここから先も宜しく頼む」


そう言って踵を返すエフラムを見送り、疑問符を浮かべながらミルラと顔を見合わせるエルゥだった……。


++++++


エフラム率いるフレリア軍は頼もしい背後を獲得し、更にグラド領内を進軍した。
大陸西の沿岸部からグラドの帝都を目指すには、一旦海を越えなければならない。
船の出ている港町ベスロンを目指す最中、フレリアの天馬騎士が報告に来た。

カルチノ共和国で内乱が勃発し、グラド帝国派の長老パブロ率いる傭兵とヒーニアスが交戦、エイリーク達はそれを助けに向かい、以降消息が途絶えたと。
一番安全な旅路だと思ったから妹をすんなり送り出したというのに、現状は助けに向かう事すら出来ない。
カルチノがグラド側に付いた以上、一刻も早く帝都を叩かなければ。


「私もミルラと離れていたら、エフラムのように心配で堪らなかったのかな?」

「姉様……」

「どこにも行かないでねミルラ。約束よ」

「……姉様は、どうして私を守って下さるのですか?」

「え?」

「私、何の役にも立てていません。それなのに……」

「何を言っているの、安定したあなたの予知能力には助けられてるわ。それに、例えそれが無くても大事な妹なんだから気にしなくていいの。ミルラは居てくれるだけで私の力になるのよ」

「………」


言い聞かせるように優しく言うエルゥ。
彼女はこの時、気付いていなかった。
俯いたミルラが悲しそうな、納得していなさそうな表情をしていた事を。

その時、不吉な低い音が響き始めた。
すぐに自らの意思と関係無く体が揺れ始める。


「これは……地揺れ!?」

「姉様……!」

「私に掴まってミルラ。離さないでね」


轟音と共にぐらぐら揺れる地面。
フレリア兵達の間からも困惑や恐怖の声が聞こえるが、数秒のうちに収まった。
エルゥにしがみついて体を強張らせていたミルラが息を吐いて力を緩めるのと同時に、エフラムがやって来る。


「エルゥ、ミルラ、無事か?」

「え、ええ。地揺れなんて体験したの、久し振りだわ……」

「姉様、エフラム。今のは……」

「グラド南部は地揺れが多い土地なのよ。弱いものばかりだから人の生活に影響は無いみたいだけど」

「俺やエイリークがグラドに居た時も、時折 揺れていた。驚く俺達に、もう慣れっこだってリオンの奴、笑っててな……」

「エフラム……」

「……すまない、感傷に浸っている場合じゃなかったな。こうしている間にもきっとエイリーク達は戦っている」


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