聖魔の娘
▽ 2


ヒーニアス王子は同盟国のカルチノを通るので危険は無いと判断し、とっくに出立してしまったらしい。
エフラムとエイリークは少しの間別れを惜しんでいたが、やがてエイリークが踵を返して東方へ出立。
エルゥもミルラと共に、エフラム隊に付いて南へ進軍した。

ルネスを制圧したグラド帝国はフレリアにも侵略の手を伸ばしていたが、これまではフレリア王子ヒーニアスが水際で敵軍を食い止め、大幅に攻め込まれる事なく国境線を守っていた。
エフラムはこの前線を押し上げるべくフレリア軍と連携してグラド軍と戦う。

国境を越えた先、グラド領側に待ち受けるリグバルド要塞。
難攻不落とされるその砦はフレリア軍が攻めあぐねた強固な城砦。


「この砦を落として占領すれば、背後を突かれる心配が無くなる上にフレリアも守り易くなる」


エフラムの提案はハイリスクハイリターンなもの。
確かにこの砦をフレリア軍の物とすれば、強固な守りで背後を防がれる事が無い。
またグラドを食い止めていたヒーニアスが居なくなったフレリア王国を守れる。
その提案にゼトは難色を示した。


「長きに渡りグラド領を守り続けて来た不落の要塞です。過去、陥落はおろか内部への進入さえ許した事が無いと聞きます」

「だがあれを落とさずにグラドへ攻撃するのは危険だ。ゼト、お前はこの戦力をどう見る?」

「厳しい、としか。地の利と数の利、共に敵側にあります」

「人の心はどうだ?」


グラド帝国の突然の侵攻により、今他国とグラドは戦争状態にある。
だがそれまでは同盟関係……いや、それ以上に親しい関係だった。
いかな皇帝の命令とはいえ、人の心まですぐに変えられる訳ではない。

エフラムが希望と見ているのは、帝国三騎【黒曜石】と呼ばれるデュッセル将軍。
彼の槍はその将軍に教わったもので、もしデュッセルが自分の知る彼のままで居るのなら、きっとこのような戦争は望んでいない筈だと言う。
そして皇子リオン。
エフラムの幼馴染みでもある彼は気の弱い所があるそうで、父である皇帝を止められなかったものと思われる。
きっと今頃この戦争に心を痛めている。

彼らのような者達であればきっと話を聞いてくれるだろう。
そんな上層部の人間が反戦を唱えればきっと国は変わる。


「砦内の帝国兵の中にもこの戦を望んでいない者は居る筈だ。裏門から迅速に突入し玉座を制圧すれば、砦の者達が降伏する可能性もある」

「……楽観は禁物です。ですが正面から全軍に挑むよりは遙かに良策かと考えます」

「それで、突入する方法なんだが」


斥候の報告によると、裏門までには十数名が警備に当たっているらしい。
彼らだけでも先に何とか出来れば状況は一変するだろう。
そしてその役目の中枢をエルゥが担う。


「レンバール城でヴァルター達から逃げた時の目眩ましね?」

「ああ。そして視界が遮られた彼らを素早い者で攻撃し気絶させる」


そうすればこの強固な砦に奇襲をかける事が出来る。
砦の中に入れば確実に気付かれるが、虚を突く事は可能。
敵兵を気絶させる役目はゼトやフォルデ、カイル、フランツ等の馬に乗る騎士、天馬騎士のヴァネッサ、盗賊のコーマに剣士のヨシュア。みんな素早い動きが可能な仲間達だ。


ミルラをエフラムに任せ、エルゥは彼らと共に物陰に隠れる。
エルゥが含蓄した魔力を闇の球体にして敵兵を包む、それが開始の合図。


「あまり時間を掛けると気付かれる。一気に行きましょう」

「ああ、信じているぞエルゥ」


そう言ったのはカイル。
少し意外に思ったエルゥは彼の方を見るが、集中しろ、と言わんばかりに顎で要塞を示されたので慌てて目を逸らした。
冷静で厳しいような印象を抱いていた彼に信頼されていたと思うと嬉しい。
グラドでの逃亡中に半月も命を預け合っていた仲だし、彼の主君であるエフラムが信頼しているのだから当たり前かもしれないが、
こうしてカイルから直接信頼を示されたのは初めてな気がする。

エルゥは溜に溜めた魔力で闇の球体を作り、一気に見張り達へ放った。
それとほぼ同時かと思うほど瞬時に仲間達が見張りへ向かって行く。
ほんの一声か二声しか上げられないままに次々と気絶させられる見張り達。
顔が球体の中なので声が篭もっており、要塞の中まではとても聞こえないだろう。

見張り達を縛り上げ、待機しておいた本隊を呼ぶ。
コーマが裏門の鍵を開け、すぐさまエフラムが命じた。


「突撃!!」


言いながら、彼は先発隊と共に最初に突入する。
突然なだれ込んで来た謎の集団がフレリア軍だと敵が気付いた頃には、要塞内は大混乱に陥っていた。

エルゥはエフラムから引き受けたミルラを側に、主に討ち漏らしの掃討に当たる。
殆どの兵士が要塞内で戦っている現状、外で待機中の補給部隊に預けるのは危険だし、ミルラが一緒である以上はあまり無茶な戦闘も出来ない。


「姉様、右の方から敵が増えそうです……」

「増援ね。エフラムに知らせましょう」


不安定な自分のものとは違い、ミルラの危険を察知する能力は役立つ。
やっぱりミルラを連れて来て良かったかも、と思いながら前線に居る筈のエフラムを目指すと、そこでは何やら見慣れぬ少女と会話している彼の姿が。


「エフラムどうしたの、その子は?」

「……エルゥ。どうやら俺について、グラド側でとんでもない噂が流れているらしい……」

「噂?」

「ルネスのエフラム王子は……女と見れば襲いかかるようなケダモノだと」

「無いわね」


バッサリ。
出立前、期待させられ裏切られた(?)経験のあるエルゥは一気に切り捨てる。
彼がそんな男であればあんな無自覚タラシな言動はしないだろう。
エフラムと話していた金髪の愛らしい少女は、そんなあっけらかんとしたエルゥの様子に困惑を見せる。


「……話で聞いてたのと全然違う……」

「とにかくお前に危害を加えるつもりは無い。怖ければ武器を捨ててどこかへ逃げろ。だが……そうだな。もしその気があるのなら協力してくれ。今のグラド帝国はおかしいと、少しでもそう感じているのならな」


そう言って話を終わらせたエフラムに、慌ててミルラが感じた増援の気配を告げるエルゥ。
それを聞いた彼はすぐさま指示を出しに行き、後には少女とエルゥ達が残された。


「あなた、グラドの兵士なのね?」

「うん……でもこの戦、帝国三騎のデュッセル将軍も反対しているって聞くし、あたしもう、何が正しいのか……」

「デュッセル将軍ならエフラムの槍の師匠だって聞いたわ。エフラムは彼を信じてるみたいよ」

「え……」

「一緒に戦ってくれるなら心強い。だけどグラドを裏切る事になるからよく考えてね。どうしても私達に協力できないなら早く武器を捨てて逃げなさい」

「……」


話は終わったとばかりに移動するエルゥを見ていた少女は、その時ようやくエルゥの陰に隠れるようにしていたミルラに気付いた。


「そ、そんな小さな女の子まで……?」

「……あなたが誰に何を聞いたのかは分かりません。けれどエフラムは、とても優しい人です……」


いつも通りの静かな態度ながら、疑う余地など無いと言いたげな瞳で真っ直ぐに告げるミルラ。
小さな女の子であるミルラ(実際には少女より遙かに年上だが)のその言葉に心を動かされたか、少女は立ち去ろうとするエルゥに駆け寄った。


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