聖魔の娘
▽ 1


エフラムはグラドへ、
エイリークはロストンへ、
ヒーニアスはジャハナへ。

一人として倒れる事の許されない旅路へ、それぞれが身を投じて行く。
どの部隊と行動を共にしようか悩んでいたエルゥが決めかけた時、エフラムが訪ねて来た。


「エルゥ、少しいいか」

「どうしたのエフラム。明日からグラドへ進軍するんだから、早めに休んでおいた方がいいわよ」

「その事で頼みがある。お前、俺と一緒に来てくれないか」

「えっ?」


まさに今、エフラムに付いて行こうと決めかけていた所だ。
エイリークとヒーニアスは特に危険の無い行軍となるだろう。
ヒーニアスは同盟国のカルチノを通り、エイリークは船で10日ほどの旅。
反面、エフラムは敵国の中枢へと飛び込まねばならない。
少しでも戦力は多い方が良い筈だ。


「勿論あなたと一緒に行くつもりよ。どうしたの、改まって」

「……確かお前、カルチノの方に知り合いの住む集落があるんじゃなかったか?」

「ポカラの里? そう言えば前にちらっと話したわね」


グラド領でエフラム達と逃避行を繰り広げていた頃、色々と竜の事を聞かれて流れで話していた。
はぐれて以来どこに居るのかも知れないサレフの故郷もポカラの里。
どうやらエフラムは、エルゥがポカラの里を訪れる為、そちらの方を通るヒーニアスに付いて行きたがると思ったらしい。
だからわざわざこうして頼みに来たという訳だ。


「そうか、一緒に来るつもりなら無用な心配だったな」

「心配だなんて。私が居なくてもエフラムは負けないでしょう?」

「そうだな、負けるつもりは無いからグラドへの進軍を申し出た。だが俺は……お前に傍に居て欲しいと思ったんだ」

「……ああ、不安定でも私の予知能力があれば便利だものね。いざという時は竜化すれば……」


少し意地の悪い言い方になってしまったかもしれない。
しかし今の言葉は、どちらかと言えば自分に言い聞かせたもの。
彼はこういう理由で自分に『傍に居て欲しい』と言ったのだ……、と思い込まなければ、うっかり深い意味で受け取ってしまいそうだった。

エフラムはエルゥの言葉に一瞬だけ呆けたような顔をしたが、すぐに少々ムッとしたような表情になる。


「エルゥ、俺がお前をそれだけの存在だと思っている訳ないだろう」

「ちょ、ちょっと、エフラム……?」


少し離れた所に居たエフラムが歩み寄って来る。
触れそうなほど近くに来た彼に本気で照れて戸惑ってしまい、これはいよいよ本当にそういう意味か……と思いながら見上げていたら。


「そんな便利な道具のような扱いはしていない。お前は大事な仲間なんだ、当たり前だろ」

「……」


一気に気が抜けてしまう。
何故エフラムの方が不機嫌そうな顔をしているのか分からない。
ここで怒らなかった事を誰かに褒めてほしいと、エルゥは思った。


「エフラム、あなた……いつか女性に刺されるわよ」

「それは敵にか?」

「寧ろあなたが女性の敵というか」

「何を言っているんだお前は」


エフラムの方が何を言っているのやら。
これ以上問答をしても良い結果は得られそうにないので、ここで話を切り上げた。
とにかく私はエフラムに同行するからと、それだけはきっちり念を押して。
奪われたミルラの竜石もきっとグラドにあるだろうから丁度いい。
その事を考え、今し方のエフラムの言動でときめいた心を必死で冷やそうとするエルゥだった……。


+++++++


翌日、出立の準備を済ませたエルゥは通り掛かった廊下でエフラムとエイリークを見かけた。
家族水入らずを邪魔すまいと立ち去ろうとしたが、その前にエイリークに見付かり招かれる。


「エルゥ、丁度良いところに」

「なあにエイリーク?」

「……兄上の事を宜しくお願いしたいのです。グラド帝国と正面から戦うなんて余りにも危険。兄上が負ける筈は無いと信じていますが、どうしても心配で……」

「俺だって自分の力は弁えている。無理はしないと言っているんだがな」

「まあエイリークの心配も分かるわ。分かった。私の力で出来る限り、エフラムを助けるから」

「お願いします……」


たった二人残された兄妹。
今はエルゥもミルラと二人の身。気持ちは痛い程に分かる。
必ず生きてまた会おう、と手を握り合うエフラムとエイリークを見て、彼らが再会できるその日まで、必ずエフラムを守り助けようとエルゥは誓う。

エイリークと一緒に居た者達はエフラムに付いて行く事になった。
敵国の中枢に行くエフラムの為エイリークが一人一人に頭を下げて頼んだようで、心を動かされた仲間達は、『命が惜しくない者だけ志願して欲しい』とのエフラムの言葉にも誰も脱落しなかった。
エルゥは出立の準備が着々と進んでいる兵達の間を擦り抜け、半月の間 生死を共にしたフォルデとカイルの元へ。


「フォルデ、カイル、また一緒ね。今度は敵国の帝都を目指すんですって」

「よおエルゥ。全くエフラム様は本当に飽きないお方だよ」

「おいフォルデ。お前は飽きる飽きないでエフラム様にお仕えしているのか?」

「いやいや違うって!」


何だかんだ言いつつ二人は、エフラムの腹心として彼を支える為に協力し合っているのは分かっている。
ちなみに、主君であるエフラムを呼び捨て&敬語無しにした手前、彼の臣下であるフォルデとカイルに丁寧に接するのもおかしいかと思ったため、二人に対しても敬語なしと呼び捨てだ。
宜しく、と言い合って、最後にエルゥが向かうのはミルラの所である。
静かな渡り廊下、庭を眺めていたミルラを発見し、声をかける。


「ミルラ、もう出発の準備は終わったの?」

「姉様。はい、特に用意するものもありませんから」


柔らかく微笑むミルラに、やはりフレリアで待たせておくべきか逡巡するエルゥ。
ミルラはそれを見透かしたように、私は姉様達に付いて行きますと言った。


「竜石はきっとグラドにあります。それに姉様が戦いに行かれるのなら、私もそのお手伝いがしたいんです……」

「……分かったわミルラ、ただし約束して。無茶や勝手な行動はせず、私達の言う事をよく聞く事。危険な時は自分の身を優先して。逃げるのも勇気よ」

「はい、エフラムにも言われました。姉様も無理はなさらないで下さいね」

「ええ。何とかして生き残るわ」


エルゥは、まだまだ自分より小さな体を屈んで抱き締め、あやすように背中を軽く叩いてやる。
ミルラはそんな姉の動作にホッとしたような顔を見せ、暫くはそのままだった。


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