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「ありがとうラーチェル。でもあなたはもっと後方にいなくちゃ」
「いいえ。皆さんが敵と真っ正面から戦っているのです、危険を承知で側で癒やさなければなりません。……散って行った聖騎士達も、癒やしてあげたかったですわ……」
そこで先程ゼトの報告に、助けに来てくれたロストン聖騎士団が壊滅したとあったのを思い出す。
彼女が逃げようとしなかった理由の一つにそれがあるのだろう。
王女として、自分達の為に散って行った者の死を無駄にはしたくないと。
「……エイリークは無事かしら。よりによって、あのいけ好かない男の所へ行くなんて……」
「エルゥさんがそのように嫌悪を露わにするなんて珍しいですわね」
エイリークは、ルネスとフレリアの精鋭達を連れて南のヴァルター軍へ向かった。
彼女がそちらへ行った理由は思い当たる。
聞いた話によるとルネスが陥落した際、真っ先にエイリークを追い掛けて来たのはヴァルターだったらしい。
ルネス王ファードはヴァルターに殺された可能性が高いだろう。
殺されたグレン将軍の弟であるクーガーもそちらへ行ったというし、つくづくあちこちに因縁を作る男だ。
そこまで考えて、ふとエルゥは隣のサレフが苦い顔をしている事に気付いた。
あまり表情の変わらない彼だが、これは何かを悩んでいる顔だ。
「サレフ? 何か気になる事でも?」
「……先程の剣士、何故エルゥ様の足を狙ったのかと」
言われてエルゥも、おかしい事だと気付く。
殺すつもりなら下半身より上半身を狙った方が良い。
一撃でも重いものを受ければたちまち絶命してしまう急所が山ほどある。
しかし先程の剣士はエルゥの足を狙った。
まるで生け捕りにでもしようとするかのように。
「エルゥさんが伝説の竜だと知って利用しようとしたのでは? ご安心くださいまし、あなたをグラドになど渡しませんわ!」
「(……そういう理由だと、いいんだけど)」
リオン皇子から魔王の痕跡を感じた以上、警戒しておかなければならない。
もし本当にあの皇子が魔王の力を持っているのだとしたら。
「サレフ。後でエイリークから双聖器のエクスカリバーを受け取っておいて」
「……エルゥ様」
「時間が迫っている気がする。準備はしておかなくちゃ」
自分を、このエルゥを殺す準備を。
残酷なその命令を遂行する事をサレフに覚悟して貰わねばならない。
更に西へ進むとケセルダ率いる部隊の本隊がある。
周囲には斧兵や魔道兵など様々な兵種の敵が居た。
気力を振り絞って相手していると、敵兵が減って途切れた空間、ヨシュアが誰かと対峙している事に気付いた。
人相の悪い大柄な男……きっと彼がケセルダだ。
二人は戦い始めるでもなく何か呑気な様子で話していたが、ヨシュアが放った一言にエルゥは息を飲んだ。
「母上を殺したのはお前だな?」
「ああ」
何一つ悪びれる様子も無く、ケセルダはあっさり頷いた。
エルゥは思わず立ち止まって会話に耳を傾ける。
「聖石を渡そうとしないもんでな、渡せば命は助けてやったってのに。なあヨシュアよ、俺を恨むなよ? 戦やってりゃしょうがないじゃねえか。いちいち根に持ってたら仕事なんざ出来ねえだろ?」
「そうだな、お前の言う通りだ。なあケセルダ、今から俺はお前を斬るんだが、恨むなよ?」
「ハッ、変わってねえなヨシュア! いつか決着つけようと思ってたんだ、ここでてめえを倒してジャハナは俺が頂くぜ。俺は傭兵なんてちっぽけな存在じゃ終わらねえ、必ず王になる!」
「……お前も変わってないな、その夢。酔っ払うと必ず言い出して、笑う奴を片っ端からぶちのめして……あの頃は結構楽しかったぜ」
そこで会話は終わり、二人は武器を構えて戦闘を始めた。
内容から察するに彼らは傭兵として共に戦った事もあるのだろう。
カーライルといい旧知の者との戦いが続いているが、ヨシュアは大丈夫だろうか。
敵が減って来たからか、ヨシュアの方をちらちら気にしてしまう。
母の仇討ちを必ず成し遂げて欲しい、の、だが。
彼らの周囲には魔道士……グラド兵が居た。
ケセルダの戦斧を避けた瞬間、敵魔道士の炎魔法がヨシュアに放たれる。
すぐに気付いてなんとか避けるヨシュアだったが、周囲では相変わらずグラド兵が隙を窺っていた。
カーライルと戦っていた時とは違う。
あの時は二人の間に流れる空気にただならぬ物を感じ、誰も余計な手出しはしなかったのだが……今、周囲はグラド兵だらけ。
感傷を汲み取って手を出さない、なんて気を使ったりしない。
それならば、ヨシュア自身に片をつけて欲しいなど言っていられないだろう。
彼が死ねばジャハナは事実上 滅んでしまうのだから。
再び周囲の敵魔道士が魔法を放った。
これも辛うじて避けたヨシュアだったが、その先にはケセルダの斧。
「あばよヨシュア!」
「……!」
今にもケセルダの斧がヨシュアの命を断ち切ろうとした、その瞬間。
ケセルダの体をどす黒い闇が覆い尽くした。
「っがあぁっ……!?」
周囲にはグラドの魔道士などケセルダが率いる者達しか居ない。
思わず視線を彷徨わせたヨシュアは、離れた所でエルゥが魔道書を構えているのに気付く。
「ち……くしょう……あと少しで……王座に……手が……」
高い魔力を持つエルゥが放った闇魔法をまともに喰らい、最後まで足掻きながらケセルダは命を落とした。
将が敗れた事に周囲の敵兵達が浮き足立ち、そこをフレリア軍に叩かれる。
もう自分が手を出す事は無いだろうとエルゥはヨシュアの方へ歩いて行った。
彼女の手には、遠くから敵を攻撃できる遠距離用の闇魔法がある。
「遠距離魔法を放ったのか……ケセルダの奴も最後に油断したみたいだな」
「仇を倒してしまってごめんなさいね」
「いや、いいんだ。まあ母上の仇討ちという気持ちはあったが、寧ろ……」
「え?」
「……何でもない。忘れてくれ」
そう言って微笑んだ彼の瞳の奥に、意外と憎しみが宿っていない事にエルゥは気付いた。
もちろん母親の復讐をしたいという気持ちはあっただろうし、その気持ちは全く間違っていないと思う。
しかし彼はそれ以上に『ジャハナを守りたい』という気持ちで戦っていたらしい。
結果としてやる事は同じでも、想い一つで振るう剣の意味はだいぶ変わる。
「あなたはジャハナ王に相応しいわ。あのケセルダなんかよりずっと」
「よしてくれよ。……なんて言っても、これからはそう言われる存在じゃないと駄目な訳か。だが暫くは今のままで居させて貰うぜ」
そう言って笑ったヨシュアにエルゥも笑顔を返す。
……その時、南方がにわかに騒がしくなった。
エイリーク達がヴァルターを打ち倒したのかと思ってそちらを見ると、ペガサスナイトのヴァネッサがやって来た。
「報告します。南方よりエフラム様が御帰還です。エイリーク様率いる隊と共にヴァルターを撃破なさいました」
「エフラム……!」
信じる人が戻って来た。きっとミルラも一緒の筈だ。
待ち望んだ希望達に会いに、エルゥは軽い足取りでエフラムの元へ向かった。
−エフラム編に続く−
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