聖魔の娘
▽ 3


「兄上も私も、あなたの事をとても心配していました……。リオンの優しい性格は私達が一番良く知っています。あなたはこのような戦、反対なのでしょう? どうか何があったのか話して下さい」

「ごめん……エイリーク。僕もずっと君達に会いたかった。会って二人に謝りたかった。ルネス侵略を止められなかった事……。でも今はまだ話せない」

「……何か訳があるのですね」

「うん。いつか必ず全部 君に話すから……」

「分かりました、あなたを信じます。会えただけでもほっとしました。リオンが昔と変わらないリオンのままで居てくれて……」

「エイリークも変わらないね。……いや、変わったかな。前よりもっと綺麗になったよ」


微笑んで言うリオンに、エイリークは恥ずかしくなって顔を俯けた。
大事な親友……それだけだったのに、急に異性を意識してしまう。
リオンの方も恥ずかしかったのか、頬を薄く朱に染めている。

そんな二人が初々しくて微笑ましくて、ついクスリと笑ったエルゥ。
そこでようやくリオンがエルゥに気付いたらしい。
離れた所に居るエルゥを不思議そうな目で見て、エイリークに訊ねる。


「あの人は?」

「彼女はエルゥ、闇の樹海に暮らす竜人です」

「竜……闇の樹海の……」

「なんでも竜族長のご息女だそうですよ」


そこで一礼したエルゥだったが、ふと、背筋をゾワリと嫌な感触が伝った。
ほんの一瞬で収まったものの、その感覚には覚えがある。


「(どうして……? 今、確かに……)」


エルゥがそうして悩んでいる間、リオンは彼女に聞こえないようこっそり耳打ちする。


「エイリーク、あの人をあまり信用しない方が良いよ」

「えっ……リオン、どうしてそんな事を言うんです? エルゥはずっと兄上や私を助けて下さいました。竜だからって何も恐い事はありませんよ」

「……そう」


こっそり話しているつもりなのかもしれないが、耳の良いエルゥには全て聞こえてしまっていた。
なぜ彼は初めて会ったばかりのエルゥを信用できないと断言したのか。
やはり竜と聞いて魔物のようなものだと判断し、危険だと思ったのだろうか。

訊ねる事が出来ないまま、リオンはエイリークから離れた。


「ごめん、僕はもう行かなきゃ。でもこれだけは憶えておいて。僕が無力なせいでこんな戦争が起きてしまったけど……。僕はずっと君の味方だから……」


それを告げると、リオンは転移魔法を使いこの場から消え去った。
ほんの短い再会だったけれどリオンの真意を確認できて良かった。
そう思ったエイリークがリオンの消えた地点を名残惜しそうに見ていると、先に行ったラーチェルが戻って来た。


「二人とも何をしていますの? イシュメア様が見付かりましたわ」

「本当ですか? それで女王陛下はご無事で……?」


エイリークが訊ねるとラーチェルは悲しそうに顔を歪め俯いてしまった。
心臓が一つ大きく跳ねて、エイリークは彼女の案内で急ぎ地下へ向かう。

エルゥは一歩もそこから動く気になれず、ただ立ち尽くしていた。
先程のリオン皇子から感じた感覚は、間違い無く自分が良く知るもの。
それがどうしても気になって……胸が苦しくなり息すら上手く出来ていない気がした。
あれは、あの背筋が凍り付きそうな程の感覚は。


「……ま、魔王……?」


人が良さそうなリオン皇子から何故そんな感覚を受けたのか。
そんな訳は無い。あの皇子が魔王である筈が無い。
そう思おうとしても、残った力の痕跡は間違い無く魔王のもの。
彼が転移魔法なんて高度なものを使ったので、目に見える訳ではない魔力の痕跡が強く残ってしまっている。


「(苦しい……今 竜化したらまずいわね。まあ戦いは終わったから化身する必要も無いか)」


詰まった息を吐き出すかのように一つ深呼吸し、エルゥはエイリーク達の後を追った。

少々迷ってから辿り着いた地下祭壇。
焚かれた篝火だけが頼りの仄暗い部屋の中、エイリーク達が倒れた女性と、それをしゃがんで抱いているヨシュアを見つめていた。
彼女がイシュメア女王……なるほど、ラーチェルが絵画のように美しいと言っていたが、まさにその通り、カーライルが心奪われるのも理解できる。

しかしそれよりも目を引いたのは、倒れているせいで床に流れる真っ赤な長髪。
女王を抱いて手を握るヨシュアの髪と全く同じで、瞬時にエルゥは合点がいった。
ラーチェルの時といい最近は仲間の隠された身分がよく明かされる。
城の事に詳しかったのも、女王の騎士らしいカーライルと旧知のような会話をしていたのも、彼がこの国の……ジャハナの王子である事が理由だ。

どうやら女王は既に事切れてしまったらしい。
誰もが黙り込み神妙にしていたが、当のヨシュアが立ち上がり、明るい声で言った。


「さて、バレちまったらしょうがない。俺はこの国の王子だ。十年以上前に国を飛び出した、ろくでなしの、な」

「……どうして出て行ったのですか?」


エイリークの質問に、ヨシュアは少しだけ俯いた。
彼は窮屈な王宮の暮らしになじめず、置き手紙を残し身一つで出て行った。
王宮の中に居たのでは民の心は分からない。身分を捨て民として諸国を巡り、王となるに相応しい力をつけたらジャハナへ戻ると。


「今にして思えば俺は随分と幼稚で愚かだった。どんな理由を付けようが、政にかまけて俺を見てくれないと、母に反発して拗ねてただけさ」

「……」

「だが、この十年は俺に沢山の事を教えてくれた。王宮に居ては分からない民の思いを、あるべき国の姿を知る事が出来た。王宮を出たのは無駄じゃなかった、が、母上を救えなかったのが唯一にして最大の心残りだ。だからせめて……遺志を継ぎたい。国を愛し、心血を注いだ母上の想いを」


ヨシュアは祭壇の奥へと歩いて行く。
そこには石で蓋をされた櫃があり、それを開けて中から二つの武具を取り出した。

氷剣アウドムラ、風刃エクスカリバー……双聖器だ。
かつて古の大戦で魔王を屠った英雄達の武具。
受け継がれるそれを手にした瞬間、彼はジャハナの王となった。


「エイリーク、エクスカリバーはあんたに預けるから、相応しいと思う人物に渡してくれ」

「よろしいのですか?」

「見ての通り魔道書だ、どうせ俺は使えない。グラドを倒してジャハナを、世界を守るまでは誰か使える奴に使って貰った方が良い。ただ、だいぶ熟練してないと難しいから、まだ使える奴は居ないかもしれないが……」

「えっと、それでしたら……」


視線を彷徨わせたエイリークが、地下祭壇の入り口付近に居たエルゥに気付く。


「エルゥ、あなたはこの魔道書を使えますか?」

「あー……それは理魔法みたいね。私の専門は闇魔法だから無理だわ。サレフにでも声を掛けてみたらどうかしら」

「分かりました。後でお話ししてみます」


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