聖魔の娘
▽ 1


ハミル渓谷での戦いの最中、エルゥ達の前に現れたロストン聖騎士団。
フレリア軍の激しい抵抗に遭って予想以上に被害を受けていたグラド軍は、新たな戦力の前に次々と敗れ去って行った。
仲間の誰もが安堵したような顔をしているのは見ていて清々しい。

グラド軍を制したロストン聖騎士団は、やや後方へと向かった。
恐らく指揮官であるエイリークやヒーニアス達の所へ行ったのだろう。
他の仲間達と共にゆっくり後を追いかけたエルゥは、辿り着いたエイリーク達の場所でラーチェルが堂々宣言している場面に出くわす。


「流浪の美少女とは世を忍ぶ仮の姿……。わたくしはロストン聖教国の聖王女! 神に代わって密かに悪を成敗する旅をしていたのですわ!」


杖を高々と掲げて声を張り上げるラーチェルに、エイリークはじめ周りの者達が呆気に取られる。
ドズラは感極まった様子で頷き、ロストン聖騎士団は慣れた様子だ。
聖騎士の一人がこっそり言うには、宮廷で語られる吟遊詩人のサーガにすっかり熱を上げ、自分も人知れず正義を成すのだと強引に旅に出てしまったのだとか。


「(ああ、だから聖騎士団の情報が分かったのね)」


思い返せば当然というべきか。
それにしてもロストン聖教国の王女だったとは……。


「(じゃあ初めて会った時に、私を見た彼女が妙な反応をしたのって……)」


あの苦々しい表情。
彼女があんな反応をした理由は今なら完全に思い当たる。
神を崇め、神秘の力を崇め、信奉して駆使する聖なる国の王女。
清らかな彼女だからこそエルゥの闇が分かってしまったのだろう。


「(ラーチェル……私に関する真実を知ったら幻滅するでしょうね)」


汚れ無き純粋さで自分を慕ってくれているラーチェル。
自分の本当の姿を知ればきっと全てが終わってしまう。

身分を明かしたラーチェルは国を挙げての協力を約束する。
頼もしい協力者にエイリーク達の顔が明るくなる……が。
そこへ伝令兵から連絡を受けていたゼトが重い雰囲気で現れた。


「エイリーク様、ヒーニアス様。たった今、前線より報告が届きました。ジャハナ王宮はグラド帝国の攻撃により陥落したとのこと」


明るい雰囲気が一気に瓦解する。
息を詰まらせたエイリークに代わり、ヒーニアスが進み出た。


「女王陛下はご無事なのか?」

「不明です。王宮は完全にグラド軍によって制圧されており、中の様子は全く窺えない状態となっている模様です」

「ならば急がねば。ご無事である事を祈ろう」


ヒーニアスが兵達へ指示する為に歩き出し、エイリークも進もうとする。
そこへゼトが更なる情報を口にした。


「お待ち下さいエイリーク様。グラド軍を率いる指揮官はリオン皇子のようです」

「え……リオンが!?」


ゼトの言葉にエイリークの表情が驚愕に染まる。
その反応にラーチェルは疑問符を浮かべていたが、エルゥは理由を知っている。
レンバール城からフレリア王国へと向かっていた途中、国境の町セレフィユでエイリークが皇子リオンとは友人関係だと言っていた。
ついに剣を交えねばならない時が来たのかと辛い気持ちなのだろう。

各々が準備に散ってもまだ衝撃が抜けないらしいエイリーク。
エルゥは彼女に近寄り、何とか励まそうとした。


「エイリーク、リオン皇子の事はセレフィユで話してくれたわよね。優しい人なんでしょう? もしかしたら自分が指揮をすればジャハナ側の被害を抑えられると思って出陣したのかもしれないわ」

「エルゥ……そうですね。彼の事です、きっと何か理由があるはず……。彼を信じます。一刻も早く女王陛下の安否とリオンの真意を確かめなければ」

「ええ。皆がついてる。あまり一人で思い詰め過ぎないでね」


もし会えるのであれば対話の機会もあるかもしれない。
そう思ったエイリークに勇気と希望が湧いて来る。
とにかく今はジャハナ王宮へ行き、女王イシュメアを救い出すのが最優先だ。



国土の多くが砂漠であるジャハナ王国。
白砂の大地にはオアシスが点在し、それに沿うように町が造られている。
王都も例によって、しかも一際巨大なオアシスと緑地の側にあった。
どこまでも続きそうな砂漠の真ん中に突如として現れるオアシスと王都、美しい王宮は奇跡のような存在感を放っている。
しかし王都は誰一人出歩いておらず不気味な程に静まり返っていた。
あの美しい王宮は今や敵の手に堕ち、女王の安否は知れない。

今フレリア軍は、二手に分かれて王宮を攻めていた。
作戦を練っていたエイリーク達の元にヨシュアが現れ、王宮の小さな通用口の存在や内部の構造を事細かに教えてくれたのだ。
傭兵として王宮に入った事があるのかもしれないが、あまりに詳し過ぎる事にヒーニアスは疑いの目を向けていた。
だが今は一刻すら惜しいのも事実で、彼の情報を信じる事に。

正面からフレリア軍の大多数を投入して陽動を展開し、ヨシュアが教えてくれた小さな通用口からはエイリーク達主力の少数精鋭で突入する。
エルゥは正面で陽動隊を指揮するヒーニアスと共に戦おうかと思ったが、当のヒーニアスにエイリーク達と共に行動するよう言われてしまった。


「我がフレリアが得た情報では、リオン皇子は闇魔道の使い手だと聞く。万一の時は闇魔道に精通しているだろう君が本隊を支えて欲しい」

「畏まりました。お任せ下さい」

「君も気を付けろ。リオン皇子は戦いを好まぬ性格と聞いていたが……、恐らく芝居だったのだろう」


その言葉を聞いたエイリークが、悲しげに顔を伏せた事にエルゥは気付いた。
彼女の為にもヒーニアスの言葉を否定したかったが、エルゥ自身グラド皇子に会った事が無い以上、実際に友人だったエイリーク相手とは違い、そうではないヒーニアスにジャハナを攻め落とした皇子を擁護する事は難しい。
結局何も言えないまま一礼して去るだけ。
いっそエルゥの方が悲しくなってしまい苦い顔で俯いたら、隣に居たエイリークがこそりと話し掛けて来た。


「私はエルゥに助けられてばかりですね」

「え?」

「兄上を助けて下さったり、レンバール城で手槍から守って下さったり、ヒーニアス王子を助けて下さったり、ポカラの里へ導いて下さったり、リオンの事を聞いた時に励まして下さったり……。今だって私の為に、ヒーニアス王子に反論しようとしていたのでは?」

「……お見通しね」

「いつか必ず恩返しさせて下さい」

「そんなに気にしなくて良いんだけどな……。じゃあルネスを取り戻して復興させたら招待してくれる?」

「ええ、喜んで」


状況に相応しくない笑顔で穏やかな話をする二人。
少しでも緊張を和らげようとするそれを咎める者は居なかった。

ヨシュアの案内で入った通用口は本当にひっそりとした場所にあった。
こんな所に扉があるなんて王宮に詳しくないと分からないだろう。
正門の方は喧噪が響いており、陽動が効いているようだ。
こちらは本当に手薄で、幾らかの見張り兵は居たが、思いもよらない場所から現れたエイリーク達に虚を突かれ、ろくな抗戦も出来ないまま次々と倒されて行く。

ふと宝物庫らしい部屋の前を通りかかった時、扉が開いている事に気づいたラーチェルが何気なく中を覗き込む。
その瞬間、弾かれたように突入して行った彼女をエルゥは慌てて追い掛けた。


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