聖魔の娘
▽ 4


「分かりましたエルゥ。あなたを信じます」

「ありがとうエイリーク! 前方のグラド軍は重騎士が中心なのよね? 一気に打ち崩すには魔法が良いわ。私を先行隊に入れて」

「え……!」


確かに重厚な鎧を纏った重騎士に物理攻撃をしても、鎧で防がれ易い。
魔法の力ならあの鎧も意味を成さないが……。
前方に重騎士、その後ろに多数の弓兵、更に彼らを守るよう展開する騎馬隊。
しっかりと陣形を組んでいるあの集団に突っ込んで行くのは危険だ。
エフラムがミルラを守っているように、エイリークも何となく竜人であるエルゥを守らねば、という気持ちになっていた。
それにそんな危険な行動、サレフが納得しないのでは。

だがサレフも一緒に行くという。
それでもまだ迷っていたエイリークに、やって来たヨシュアが声を掛ける。


「迷ってる時間は無いぜ」

「ヨシュア……」

「あの陣形、間違い無い。隊長はアイアスの奴だ。昔 同じ傭兵団に居た事があるんだがな、傭兵の癖に兵法を学んでる変わった奴だったよ」

「あの陣形に弱点は?」

「時間が惜しい今、有用な策は無い。真正面から力押しでぶつかるしかねぇ。幸いにもこっちには魔道士がそれなりに居るから、不可能じゃないだろう」


こうしている間にもジャハナは陥落の時が迫っている。
背後からはパブロ率いる傭兵隊が追って来る。
エイリークは決断した。


「エルゥ、サレフ、それにルーテとアスレイ! 先行隊と共に重騎士を打ち崩して下さい!」


エルゥ達を守る為、重騎士のギリアムや身軽さを武器にできるヨシュアやマリカが同行する。
他にヘイデン王から借り受けた兵達を連れ、固い陣形を組む敵軍へ向かって行った。
敵の重騎士隊とこちらの重騎士隊が衝突し、競り合っている隙を突いて背後から魔法で攻撃する。
闇魔法を放つエルゥに、側へ寄ったルーテが話し掛けて来た。


「……あなたは私を脅かすライバルですね」

「え、え、何!?」


現在、エルゥ達が居る部隊は敵と激しく衝突している。
前方では重騎士がぶつかり合い、隙を突いて弓兵が矢を射って来るし、左右から魔道士を討ち取ろうと攻めて来る騎兵をヨシュア達が防いでくれていた。
そんな中で魔法を放ちながらとはいえ呑気に話し掛けられ、敵の対処に追われっぱなしのエルゥは上手く応対できない。


「なんという魔力。闇魔法で最下級のミィルを放っているのに、まるでサンダーストームを間近で見ているような……」

「よく聞こえないけど話してる場合じゃないでしょルーテ! 魔法を……放ってるわね」

「私、優秀ですから。お喋りしながらでも敵を討てます。闇魔法は他の魔法より高威力ですが、それでもあなたの魔法は平均を遙かに上回っている。これは見過ごす訳にいきませんね」

「そ、そう! 褒めてくれて? ありがとう!」


尚も何かを言おうとするルーテだったが、そこでアスレイがやって来てルーテを連れて行く。
去り際にこちらを見て申し訳なさそうに頭を下げる彼が少々気の毒だった。

魔道士達を守りながらの戦闘はやや苦戦しており、個々の能力が上回っていても なかなか敵の陣形を崩す事が出来ない。
早くしなければ後方からパブロ達が来てしまう……。

その時、エルゥ達の背後からシューターの矢が飛んで来た。
矢は敵重騎士の守りを飛び越え、その背後の弓兵達を次々と射貫いて行く。
エルゥ達に先行を任せたエイリーク達も遊んでいる訳ではない。
恐らく後方にあったシューターを奪い取ったのだろう。


「好機だ! 一気に突き進め!」


ギリアムが檄を飛ばし、激戦で鈍る進軍速度を急激に上げる。
サレフがエルファイアーを放つと敵重騎士の波に隙が出来、そこへ更に味方重騎士の集団が突き進んで、一気に陣形を切り崩した。
人波がぽっかりと空いた一部分の奥、他より立派な鎧に身を包んだ騎兵が見える。
重騎士のような鎧を纏う騎兵・グレートナイトだ。
恐らくあれが敵将のアイアス。


「彼の周囲が空いている……今しかない!」


エルゥは走り出すと、味方も敵も擦り抜けて敵将の側へ。
強力な闇魔道書・ノスフェラートを構えて魔力を含蓄する。
そして今にも魔法を放とうとした、その瞬間。
エルゥの頭上に突然 影が掛かった。
思わず見上げたエルゥの視界には一騎のドラゴンナイト。
グラドの援軍が来たのかと肝を冷やしたが、その竜騎士は何故かアイアスへ向かって行く。

瞬きの間に状況が一変する程の勢いだった。
飛竜の加速で凄まじい力が込められた槍の一撃が、強固なグレートナイトの鎧すら貫く。
たった一撃で確実に息の根を止めた竜騎士は一度舞い上がり、再び降りて来る。
金色の髪と褐色の肌に、まるで肉食動物のような鋭い眼差しを持つ青年だった。


「あ、あなたはグラドの竜騎士ではないの?」

「俺はクーガー、帝国将軍グレンの弟だ。殺された兄の仇討ちをする為に来た」

「殺された……? あのグレン将軍が殺されたっていうの!?」

「エイリーク王女の仕業だと思っていたが、どうやら俺の誤解だったようだ。犯人は同じ帝国将軍のヴァルター。奴を討てるのなら……俺はグラドを裏切ろうが構わん」


とても大きな和解の芽が摘み取られてしまった。
レンバール城で出会った、あの虫酸が走る程いけ好かない男……あいつがグレン将軍を。
しかし、これはグラドにとっても痛手ではないのだろうか。
恐らくあの男は戦えさえすればそれで良く、国の行く末などどうでも良いのだろうが。
クーガーはエルゥから視線を外して遠くへ目を向けた。
思わずエルゥも彼の視線を追うと、そちらに新たな一団が到着しているのを見付ける。


「あれは……」

「旗印からしてロストン聖騎士団だな。この戦いはあんた達の勝ちだ」


クーガーの言う通り、グラド軍が聖騎士団に気付き泡を食って逃げ始める。
将が討ち取られてしまった事で統率力が無くなったのだろう。
こちらへ駆けて来る救世主の一団を見ながら、エルゥは疲労の溜まった体を休めようと大きく息を吐く。
エフラムと出会ったあの、ミルラを守りながら戦っていた時と変わらない程の疲労だった。




−続く−


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