聖魔の娘
▽ 4


空を飛ぶ魔物ガーゴイルが一行を発見していた。
くたくたの一行を見てやれると判断したのか、様々な魔物がやって来る。
エルゥは魔道書を構えながら、同様にしているサレフへ訊ねた。


「サレフ、あれは闇の樹海の魔物よね。こんな里の近くまで出たかな?」

「いいえ。こんな所にまで出没する事はありませんでした。やはり凶兆が形を成しつつあるとしか」

「凶兆……」


その凶兆に、エルゥはとても覚えがあった。
憎くて忌々しくて、自分とは切っても切れないもの。


「私達を慕ってくれているポカラにまで手を出そうっていうの……許せない!」


エルゥの叫びに一行が武器を構え、戦闘に入る。
疲労が溜まった仲間と励まし合いながら、急な斜面を物ともせず襲って来る魔物に必死で応戦していた。
エルゥはエイリークの側で戦っていたが、ふとジスト・テティス・マリカがヒーニアスの元へやって来る。


「王子、先に行かせてくれ。弟が心配だっつって、テティスが一人で突っ走りかねないんだ」

「そう言えばあの子供、一人で先行していたな。しかし3人だけで大丈夫か。戦力としては2人だろう」

「あまり迷惑はかけられねぇさ。先行の許可をくれ」

「……今の指揮官はエイリークだ。彼女に訊け」


突然に話題を振られて少々面喰らうエイリークだったが、やはり彼らだけで行かせるのは心配だった。
しかし弟のユアンを心配して悲愴なまでに顔を歪めているテティスが気の毒。
それを見かねたエルゥが同行を申し出る。


「私とサレフが付いて行くわエイリーク。遠距離攻撃があれば安全が増すだろうし、この辺の地理に一番長けているのはサレフよ」

「そうですね。お二人とも、お願いします」

「承知した。私もユアンを先に行かせてしまった以上、安否が気になる」


エルゥとサレフはジスト達と共に先行し、ユアンを探して山を駆ける。
大蜘蛛のバールなど、魔物達の中には急斜面を物ともせず移動する種が居る。
またガーゴイルやビグルという空を飛ぶ魔物もあちこちに存在しているようだ。
そういった魔物が接近し切ってしまう前にエルゥとサレフが魔法で倒し、比較的通りやすい場所を充分な機動力で急接近して来る魔物は、ジストとマリカが片付ける。

しかし魔物の数が多い。
エイリーク達がだいぶ引き付けてくれているようだが、それでもなかなか先に進めない。
エルゥは魔物に攻撃されないが、その対象は飽くまでエルゥ一人だけ。
一緒に居る仲間への攻撃は防げないため、エルゥがテティスだけを連れて先行するのは やや危険だ。
せめてユアンが居る場所の目処さえ立てば……。

そんな時、マリカが前方に何かを発見した。


「あそこに建物がある」

「あれは里の者や旅人が山越えの時に、避難所や休憩所として利用する小屋だ。……もしかしたらユアンが居るかもしれないな」


サレフの返答に、エルゥはぐずぐずしていられないとテティスと二人で先に行く事を提案する。


「私、テティスを連れて行くから援護をお願い。あそこなら万一ユアンが居なくても身を守り易いし」


その言葉に一行は頷く。
サレフが溜めた魔力を用いて大きな火球を敵の群れへ撃ち込み、怯んだ隙にジストとマリカが切り込んだ。
そうして通り道が空いた所へ、エルゥがテティスを引き連れ走り出す。


「テティス止まらないで! 一気に駆け抜ける!」

「ええ!」


テティスの顔は真剣そのもので、常に笑顔を振り撒く印象しかない“踊り子”の彼女を、“弟を想う姉”へと変貌させた。
エルゥとしても大切な妹が居る身として、テティスの思うままに弟を大事にさせてあげたい。
追い掛けて来た魔物はエルゥの魔法で倒し、目指す小屋へ辿り着いた。
扉を開けようとしたが開かず、テティスが扉を叩きながら弟の名を呼ぶ。


「ユアン、居る!? 居たら返事をしてちょうだい!」

「お姉ちゃん……!?」


恐らく家具などで戸を塞いでいたのだろう。
ガタガタと荷を崩すような音がした後、扉が開く。
間違いなくユアンだ。
テティスは感極まった息を漏らしユアンに抱き付く。


「わぁっ!」

「大丈夫だった? もう、勝手に一人で先に行くからこんな目に遭うのよ!」

「で、でも魔物を何匹か倒せたんだよ! 僕だってやればできるんだからさ!」

「それ以上 倒せなかったからこうして逃げられずに隠れてたんでしょう!? お願いよ、お姉ちゃんをこれ以上心配させないで……」


テティスの声が涙声になり、泣かないでお姉ちゃん! とユアンが慌てる。
テティスの腕から逃れたユアンは、目に涙を溜める姉を見て高らかに宣言。


「よし、決めた! お姉ちゃんがこれ以上 泣かなくてすむように、僕もっともっと強くなるよ! まずは魔物を倒さなきゃ!」


まさかそっちの考えに行くと思わなかったテティスが呆気に取られているうちに、元気よく小屋から飛び出して行くユアン。
慌てて止めようとしても、身軽な少年は止まらない。


「ちょ、ちょっとユアン!? あの子ったら……!」

「テティス。彼の事は私に任せて、ジスト達が来るまで小屋に隠れてて」

「ごめんなさいねエルゥ、更に迷惑を……」

「いいの。私にも大切な妹が居るから、あなたの気持ちは理解できるつもりよ」


微笑んで、ユアンの後を追い小屋を飛び出すエルゥ。
見れば近くにジスト達も来ており、テティスが小屋の中に居る事を彼らに告げてからユアンの隣に並んだ。
近付いて来たバールにファイアーの魔法を放つユアンだが、相手は巨体で体力もかなり多い。
まだまだ未熟なユアンでは掠り傷しか付けられず、すぐさまエルゥが闇魔法を放ちバールを倒した。


「ユアン、あまり一人で先走っては駄目よ」

「でも僕、早く強くなりたい……。昔からずっとお姉ちゃんに守られてばっかりだった。これからは僕がお姉ちゃんを守るんだ!」

「誰だって最初から強い訳じゃないんだから、強くなってお姉さんを守りたいなら生き延びなくちゃ駄目。皆だって協力しながら戦ってるでしょ。そうして経験を積んで行くの。ね、皆と一緒に戦おう」

「……うん。分かった。つまり僕がこの軍で一緒に戦うのを認めてくれるんだね? じゃあこれからよろしく、お姉ちゃんやエイリーク様たちの説得はお願いね!」

「えっ」


いたずらっぽく微笑んだユアンに、エルゥは半ば誘導された事に気付いた。
見かけや姉への態度からは想像し難いが、意外と強かな少年だったらしい。
しかし家族の為に強くなりたい彼の気持ちは分かる。
強かでも、性根の方は真っ直ぐで純粋な男の子。

してやられた、とは思うが気持ちの方は愉快だし、彼の筋は悪くなさそうだ。
将来を見据えて修行がてら戦えるよう取り計らってあげてもいいかな……と考えるエルゥだった。




−続く−


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