聖魔の娘
▽ 2


「傭兵か……私も彼らみたいに自由に生きられたら」

「おいおい、いくら自由が欲しいったって傭兵はお勧め出来ないぜ」


突然声を掛けられ、振り返ると傭兵のヨシュア。
赤い長髪と目深に被った帽子が印象的な彼は、コインを弄びながら歩いて来る。


「ふらふらどこへでも行ける身軽さはあるが、そうして身軽な分、命も軽い。無惨な死に方したくないなら やめといた方が良い」

「……ごめんなさい。傭兵は生きる為に仕方なく、って人も多いのよね。軽率な事を言ってしまったわ」

「あー……まあ俺は偉そうに説教できる立場じゃないんでな。あんたみたいな別嬪さんを、死地に送るような真似はさせたくないだけさ」

「ふふ……お上手ね。でも美人傭兵ならテティスやマリカが居るじゃないの」

「あいつらは既に覚悟の上だろうよ。必要に迫られた訳でもないのに、傭兵になろうとするなって事だ」

「ありがとう。でも責任に縛られない人生には少し憧れてしまうのよ」

「……責任、か。竜人様も苦労してんだな」

「父の跡を継ぐか継がないか、私は決断しなくてはならないの。でもそれはとても重い事で……つい逃げ出したくなってしまう」

「……」


ヨシュアはエルゥの言葉を神妙に聞いていた。
なぜ話しているのか、なぜ聞いてくれるのかは分からなかったが、喋り始めたらもう止まらない。


「つまらない愚痴を聞かせちゃったわね。でも全てを投げ出して逃げても、私はきっと寂しくなる。妹や仲間や……父にだって会いたくなるに決まってる。今だって会いたいのに……」

「帰ってやれよ。俺みたいな親不孝になる前にな」


その言葉、ヨシュアは親を捨てて自由の世界に飛び込んだという事か。
色々と辛い事もあっただろう彼に、ずけずけ訊ねようとは思わなかったが。
ヨシュアはそのまま立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まるとエルゥを振り返り、コインをちらつかせる。


「なあ。表か裏か、どっちか賭けてみるかい」

「賭け事のお誘い? 私、あんまりお金無いけど」

「単なる運試しだよ。ほら、どっちか言ってみな」

「じゃあ……表」


エルゥの答えを聞き、ヨシュアはコインを弾く。
ピン、と小気味良い音を立てて宙を舞ったコインは、やがて持ち主の元へ。
コインを掴んだ手に被せていたもう片方の手を退けたヨシュアは、大仰な動作で肩を竦めてみせた。


「残念、裏だ。さしもの竜人様も賭け運は持ってなかったみたいだな」

「……あら」

「ま、実際に何か賭けてた訳じゃないんだ。気にすんなよ」


それだけ言い、今度こそ去って行くヨシュア。
しかし後に残されたエルゥは、自嘲するような笑みを浮かべていた。


「……これからの私の運命を祈ってみたんだけど、ね」


単なる運試し、おまじないのような軽いもの。
それは分かっているのだが、やはり悪い結果が出れば気になってしまう。
何よりエルゥは、もう父ムルヴァに会えないであろう事は、分かっていた。
どうにも沈んでしまう気分を、忘れる事で払拭しようとするエルゥだった。



翌朝、準備を整えポカラの里を目指す一行。
しかし出発して間もなく、突然エルゥを嫌な予感が襲い掛かった。
ぞわり、と肌が総毛立つようなおぞましい感覚。


「気を付けてエイリーク、何かが来る!」

「えっ!?」


エルゥの言葉に武器を構えるエイリーク達。
少しの間 彼らを静寂が覆っていたが、やがて南の空から三騎の竜騎士がやって来る。


「あれは、グラドのドラゴンナイト……!」


庇うようにエイリークの前に出たゼトの言葉に、誰もが息を飲んだ。
折角ここまで気付かれずに進軍できたのに、まさか見付かってしまうとは。
しかし相手は変わらず、確かに三騎のまま。
精鋭だとしても、たった三騎で敵うと思ったのだろうか?

急降下して来た三騎のドラゴンナイト達。
その先頭に居た金髪の精悍な青年に、エイリークは驚愕の表情を浮かべる。


「あなたはグレン将軍ではありませんか! 昔、帝都でお会いした……」


以前、兄と共にグラドへ留学していたエイリーク。
元は同盟国なだけはあり、顔見知りも少なくない。
グレン将軍は留学していた時にリオンの紹介で出会い、何度か交流した。
愛想は少ないが親切で、実直で内に優しさを隠す生真面目な性格に好感を持ったもの。
エフラムは槍術について師事していたデュッセル将軍がグレン将軍をやたらと褒めるので、ライバル視したりもしていたようだ。
そんな人物だというのに。

一方エルゥはグレンに違和感を覚えていた。
確かにおぞましい程の感覚がしたのに、実際に目にしたグレンからは全くそんな嫌な印象を受けないのだ。

……グレン将軍と二騎の部下以外に、この近辺に誰かが居る……?

しかし悲愴さが醸し出されるエイリークとグレンの再会は、そんな口を挟む隙を与えてくれない。


「このような形で会う事になるなんて……」

「ああ、確かに私も、このような形で会いたくはなかった。エイリーク、私は陛下の命を受けてここへ来ている。カルチノ市民を虐殺した罪で、君を討伐せねばならない」

「……!?」


余りの言葉に、エイリークの息が詰まった。
全く身に覚えが無い。


「待って下さい! 虐殺とはどういう事ですか!?」

「弁明があるなら聞こう。我々グラド帝国によって祖国ルネスを失ったとはいえ……君がそこまで堕したとは私も思いたくはない。だが君は現実に兵を率いてカルチノを侵略した。貿易港キリスで市民らを次々に殺害したと聞く」

「そんな、違います!」


エイリークを陥れる為に嘘を言っている……という訳ではないのだろう。
彼がそんな人物でない事は、エイリーク自身が彼との交流でよく分かっている。
つまり信じているのだ。
皇帝がそう言った事により、忠誠心の高い彼は信じ込んでしまった。
確かに、現場を見なければエイリーク達がカルチノに侵略したように見える。

だがそんな雰囲気を打ち砕いたのはヒーニアスだ。
エイリークを庇うように彼女の前に出ると、冷めた表情でグレンを睨む。


「下らんな。何かと思えば、噂に聞く帝国の将はここまで愚かなのか?」

「……どういう事だ」

「カルチノは我々フレリアを裏切り私を襲わせた。エイリークが賊軍だと?馬鹿げた芝居を……」

「キリスだけではない。ティラザ高原では無惨なまでに惨殺された多数の死体が確認されたそうだ。そこにはエイリーク達の姿と、巨大な魔物の影があったと報告が上がっている」


私だ、と、まず間違い無いであろう情報に気まずい思いをするエルゥ。
ヒーニアスを助ける為とはいえ、それがエイリークに疑いの目を向けさせる事になるなんて。
炎とは違うブレスで焼き殺され、速度が乗った巨体に押し潰され……。
確かに戦場でも珍しい部類の、むごい惨殺死体の山だっただろう。
しかしそれについても、ヒーニアスがきっぱり否定する。


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