聖魔の娘
▽ 4


そんな中、エルゥは最前線で戦っていた。
自分は竜として恐れられているから魔物に攻撃されない、と主張し、自ら申し出た。
絶対に魔物の仲間だと疑われるだろうな……と思っていたが、ティラザ高原での実績が功を奏し意外にもすんなり信じて貰えた。
あの山々を揺るがす程の咆吼と、数多の傭兵を薙ぎ倒した様子なら有り得ると思って貰えたようだ。

砦の中程まで進み、3度目のトーチが先方を照らした時。
エルゥは前方に2つの人影を発見する。
やや近寄ってその姿を確認した瞬間、息を飲んだ。
貿易港キリスで出会った妙な旅の一行だ。
一人足りないが……ラーチェルとドズラ、だっただろうか。

あのトルバドールの少女は確か、エルゥを見て一瞬だが苦々しい反応を見せた。
また何か言われるのでは……と身構えていると、向こうがエルゥに気付く。
と、すぐこちらに馬を走らせて来たので、慌てて近くの魔物から離れた。


「まあ、あなたは以前、貿易港キリスで……」

「……こんにちは」

「ああ、良かった! もう一度あなたにお会いしたかったの!」

「え?」

「わたくし、あなたに失礼な態度を取ってしまいましたでしょう? あなたを酷く傷付けたかもしれないのに、すぐ立ち去ってしまって……。是非とも もう一度お会いして、改めて謝罪をしたかったのです」

「……ずっと、気にされていたんですか?」


ずっと、と言ってもたった数日。
しかし ほんの行きずりの出会いだった上に、顔見知りだったらしいエイリークの仲間かどうかも、あの時は確信が無かった筈。
しかも一応、エルゥは既に謝罪を受けている。
それなのに悪いと思い気にしていてくれたなんて。

苦々しい反応をされた時に感じた重い気持ちが、すうっと消えて行く。
きっと優しい少女なのだろう。
申し訳なさそうに眉尻を下げた表情に、いっそ微笑ましくなってしまった。


「あの時は本当にごめんなさい。人々を救う旅をしながら、罪も無いあなたを傷付けてしまうなんて……。わたくしもまだまだ未熟者ですわ……」

「もう気にしていませんから大丈夫ですよ。寧ろ行きずりの赤の他人を、ここまで気遣って頂けて恐縮です。……ところで、あなたはここで何を……? 確か陸路でロストンへ向かうと仰っていたような」

「道に迷ってしまいましたの。ですが、このような所で魔物に会うなんて、それも神のお導きなのでしょう。レナックとは はぐれてしまいましたが、まあ彼なら心配要りませんわ」


一人足りないと思ったらはぐれていたらしい。
……あの青年のうんざりした様子からして、逃げ出した可能性も無きにしも非ず、だが。
利害も一致しているようだし一緒に戦うよう提案しようか……と思っていた所へ、一匹のスケルトンがエルゥの背後から現れた。


「! 魔物ですわ! ドズラ!」


従者の名を呼ぶラーチェル。
戦う術を持たない彼女を庇うようにエルゥはスケルトンの前に立ち塞がる。
すると奴はエルゥを前にぴたりと止まり、構えていた武器を下ろしてしまった。
そしてその隙を突き、エルゥは闇魔法で奴を屠る。


「まったく……すぐに湧いて来るんだから」

「……まあ。今、魔物の動きが止まりましたわね」

「ええ。私、実は魔物に攻撃されない体質でして……」

「素晴らしいですわっ!!」


突然上げられた大声に、エルゥはびくりと肩を震わせた。
こちらへ向かっていたドズラが、如何なさいましたラーチェル様! と血相を変えている。
見ればラーチェルは星のように瞳をきらきら輝かせていて……。


「きっとあなたも神より使命を帯び、魔物を退治する流離いの旅人なのですね!?」

「え……あー、まあ、当たらずとも遠からず、でしょうか……」

「決して多くは語らない、なんとミステリアスな……。吟遊詩人が歌うサーガの英雄のようですわ! きっとあなたはこれまで数え切れない程の徳を積まれたのでしょう! それによって神より、魔物を寄せ付ける事すら無い奇跡の力を授かったのですね! 感動いたしましたわ! わたくし、必ずあなたのような素晴らしい人物になってみせます!」


呆気に取られたエルゥは、否定するのも忘れてしまう。
捲し立てるように興奮した声を上げるラーチェルに、ドズラも涙を流さんばかりの勢いで感動している。
感動の対象はエルゥではなく、尊敬する存在に出会えたラーチェルへの祝いの気持ちのようだが。


「決めましたわ。わたくし、あなたに付いて行きます。こうしてここで出会えたのもきっと神の思し召し……。ドズラ、よろしくって? これまで通り張り切って魔物を薙ぎ倒しましょう!」

「ガハハ! お任せをラーチェル様!」


この様子では、こちらの話など聞きそうにない。
まあ悪い人ではなさそうだし、見ていて楽しいからいいか、と自己完結するエルゥ。
エイリーク達にはちゃんと知らさねばなるまいが、後回しにする事に。
張り切って魔物に対峙しようとする二人……だが、ふとラーチェルがエルゥの方を見て。


「そういえば名乗っておりませんでしたわね。わたくしラーチェルと申します。こちらは従者のドズラ。よろしければ、ぜひ! あなたのお名前を教えて下さいませ!」

「……エルゥ、です」

「エルゥさんですわね。神の使命を帯びた者同士、これから宜しくお願い致しますわ!」

「……誤解があるようなので、それはまた後程お話ししましょう」


少々疲れたような声音のエルゥに、ラーチェルもドズラも疑問符を浮かべるばかり。
これは何を言っても尊敬の眼差しはやめてくれそうにない。
嫌な訳ではない。ただ、どうにも小っ恥ずかしいだけ。

その後、仲間入りした二人の活躍もあって魔物の殲滅に成功したエルゥ達。
エイリークはラーチェル達との三度の邂逅に驚いていたが、彼女が旅に付いて来る事になったので事情を説明し、身分を明かした。
ゼトは何か言いたげだったものの、彼女達は悪い人ではないとのエイリークの言葉に黙る。
案の定、話を聞いたラーチェル達は益々正義の使命に燃え上がり、そんな旅に同行しているエルゥへの憧れを強めるのだった。

ちなみにエルゥも、自分が竜である事や、別に徳を積んで神から祝福された訳ではない事をきちんと説明したが。


「謙遜なさるなんて、本当に心の清い方ですわね……。何よりあの伝説の種族・竜だなんて! 神よ、このような方に引き合わせて下さり、感謝いたします!」


どうやら、火に油を注いだだけのようである……。




−続く−


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