聖魔の娘
▽ 1


合流したヒーニアスと、彼が雇っていた傭兵の生き残りであるジストとテティスを引き連れ、エイリークの元へと急ぐエルゥ。
数日間も勝てる見込みの無い消耗戦を繰り広げていたヒーニアス達に、戦いは自分に任せて少しでも体を休めるよう言うエルゥだが、ヒーニアスは頑として首を縦には振らない。


「問題は無い。エイリークと合流しても、眼前の敵を滅するまで戦い続ける」

「ですがヒーニアス様、あなたに万一の事があってはエイリーク達に顔向け出来ません。どうか、戦いは私に任せて……」

「くどい。君はそんなに私に恥をかかせたいのか」

「は、恥だなんて!」


無愛想な態度で冷たく言い放つヒーニアスに、エルゥは少々ムッとする。
そんなつもりで言った訳ではないのに そうとしか受け取れなかったのだろうか。
以前に見たターナに対する態度を考えれば、彼の表面と心の中は違うと分かるが、やはり面と向かってこういう態度を取られては良い気分はしない。
そんなエルゥの心中を察してか、ジストが苦笑しながら。


「勘弁してやってくれよ、王子は責任感が凄まじいだけなんだ」

「まあ分かるけど……」

「それにああ見えて優しい所もあるんだぜ。さっきなんて……」

「勝手な事をべらべらと喋るな」


ヒーニアスに割り込まれ遮られてしまった。
取り敢えず今はエイリーク達との合流を急ぐ事にする。
小高い丘を駆け下りると、未だ敵と交戦中のエイリーク達が目に入った。
しかし彼女達との間にはカルチノ軍。
先に奴らを蹴散らさなければ……と思っていると、一番後ろから付いて来ていたテティスが声を張り上げる。


「隊長、あれってマリカじゃ……!」

「なに!?」


テティスの指さす先へ視線を向けると、鎧を身に纏った敵兵達の中に一際目立つ軽装の剣士。
纏め上げた薄い紫の長髪を靡かせ剣を振るう様は、見とれてしまう程の美しさだ。
しかしその太刀筋には容赦が感じられず、立ち向かったフレリアの兵士達が翻弄されている。
聞けば彼女……マリカはジストたち傭兵団の一員らしい。
普通はこういう事にならないようギルドに気を使ってもらうのだが、手違いにより敵味方で仕事を配分されてしまったようだ。


「参ったな……傭兵としちゃ人情より依頼が第一だが……話してみるか」

「じゃあ援護するわね」


敵兵が固まっている所へ、エルゥの魔法とヒーニアスの弓を駆使し道を切り開く。
攻撃に気付きマリカを含めた敵の一団がこちらへ向かって来る。
ジストはその一団に立ち向かって行くと、手前の敵を屠ってマリカへ近付いた。
マリカの方もジストに気付いたか攻撃の手を止め、何やら二人で話している。
やや離れているため聞こえないが……突然マリカが向きを変え、カルチノ兵に斬り掛かった。
急展開に呆然とマリカを見たまま、エルゥはテティスに声を掛ける。


「説得……成功したみたいね」

「成功すると思ってたわ、マリカなら隊長に言われればすぐ戻ってくれる筈だもの」

「傭兵は依頼が第一じゃなかったの?」

「そうじゃない時もあるの。だって人だもの、情ってものがあるじゃない」


それはきっと命取りになる事もある。
現に先程までの籠城戦、あのままではヒーニアスもろともジスト達も終わっていた。
エルゥの助けが間に合ったのは飽くまで結果論だ。
そんな厳しい世界に身を置きながらも、きっと彼らは情を捨てないのだろう。
事情によってはそんな訳にいかないかもしれないが、出来れば最後の最後、ぎりぎりまで保っていたい筈だ。
それがきっと、真っ当な人間というものなのだから。


「やっぱり……人間って素敵な存在ね」

「確かあなたは竜……だったわね。でも人間とそう変わるものかしら? あなたにだって、裏切りたくない、傷付けたくない大切な人が居るんじゃない?」


笑顔で言うテティスに、エルゥも笑顔で頷く。
その一番の対象は言うまでもなくミルラだ。
血は繋がっていないけれど、大切な大切な妹。
今はきっとエフラムが守ってくれているであろう彼女だけは……。

しかし、“傷付けたくない、裏切りたくない”という希望・感情と、現実はまた別問題。
それはテティス達だってきっと分かっている筈だ。
ずっと厳しい世界に身を置いて来たのだから。
そしてきっとエルゥも自らの選択によっては、それを思い知らなければならない事にもなるだろう。
ミルラだけではない、エフラム達だって……。

そんなエルゥの思考は、エイリーク達の合流によって中断された。


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フレリアを裏切りヒーニアスを亡き者にしようとした長老パブロ。
奴はヒーニアス達が籠城戦をしていた丘からそう遠くない村に陣取っていたようだが、形勢逆転されたと見るや、雇った傭兵達を盾にして逃げ出してしまった。
パブロを追い払った事で村の者達に歓迎されたエイリーク達は、村の敷地や村長の家を借り休息を取る事に。

そこで出会ったのは、カルチノ長老の一人クリムト。
彼の話によるとカルチノ共和国は現在、二つに分かれてしまっているらしい。
長老達の合議が決裂し泥沼のような内紛状態に陥っていると。
クリムトが属する穏健派……フレリアとの同盟を重んじるべきだと主張する一派と、パブロが属している、フレリアを裏切りグラドにつくべきだと主張する一派。
パブロは金で穏健派を懐柔できないと知るや、ついに穏健派の暗殺にまで手を染めた。
穏健派の中で最も発言力のあるクリムトは最大の標的として執拗に狙われ、穏健派を支援しているこの村で匿われていたそうだ。

要は、カルチノの裏切りは国の総意ではないという事。
ヒーニアスも、自分がティラザ高原に到着して間もなく、カルチノ兵達が何かを探している事に気付いたと告げて来た。
だが総意ではないと言っても、今やパブロが議会を牛耳っている状況である。
何も説明が無ければ、他国にはカルチノが一丸となって裏切ったように見えてしまうだろう。
なのでクリムトはフレリアへ赴き、ヘイデン王に事の次第を説明に行くつもりだそうだ。

そしてクリムトが提案したのは、ヒーニアス達も一度フレリアへ戻る事。
ヒーニアス暗殺未遂の件は天馬騎士により、既にフレリア本国へ知らされている筈。
窮地に追い込まれたパブロはきっと今後も執拗に追っ手を放って来る。
ロストンへもジャハナへもここからはカルチノを通るしかなく、このまま進むのは危険極まりない。

だがフレリアに戻り戦力を増強しようにも、主力部隊はエフラムと共にグラド遠征中だ。
海路の再開を待つか……だが目処は全く立っていない。
聖石が残っている国へ一刻も早く危機を伝えなければ、ぐずぐずしているとグラドに先を越されてしまう。

進むべきか戻るべきか、話し合いは長引き、なかなか纏まらない。
真剣な様子のエイリーク達をエルゥは少し離れた所から見ていたが、ふと彼女の横を小柄な影が通り過ぎて行く。
見やれば、真っ赤な髪の少年。村の住人だろうか。
呆気に取られたエルゥが止める間も無く、少年は切迫した会議の輪に飛び込んでしまった。


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