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「竜……孤高の種族。書物や資料も曖昧なものが多く、真実を伝えているとは考え難いところです」
「そうですね」
「例えば竜は卵生だと聞きますが、今のあなたは哺乳類のように見えます。その大きさは羨ま……ゴホン、取り敢えず本物かどうか確かめさせて下さい」
「ちょ、ちょ!?」
「何をやっているんですかルーテさん!」
正面からルーテに胸を鷲掴みにされそうになった瞬間、一人の男が後ろからルーテの肩を掴み止めた。
彼は確かアスレイ、光魔法を得意とした修道士で、見た目の印象通り穏やかでふわふわした感じの青年だ。
ルーテとは旧知の間柄らしく、先程からこちらを気にしていたようだった。
恐らくルーテが何か狼藉を働けば止めるつもりで構えていたのだろうが、彼女が余りに予想外の行動に出たので、心の準備も虚しく相当慌てている。
「そ、そのような事は人前でするものではありませんよ、はしたないです!」
「いやアスレイ、顔が赤いけどあなた何か誤解してるよね」
「確かに竜の秘密は、そうそうバラしたくありませんね。ではエルゥ、また夜にでも二人きりで」
「だからルーテもそういう誤解を招く発言はやめてお願いだから!」
周りで話が聞こえていたらしい数人が気まずそうに、あるいはニヤついて、ひそひそと噂話を繰り広げている。
いたたまれなくなり、その場から走り出して前方に居るエイリーク達の元へ。
「エルゥ、どうかなさったのですか?」
「いや……エフラムからあなたの事を頼まれたしね、傍に居ようかと」
「万一戦いが始まった時で大丈夫ですよ。ゼトも居ますから心配ご無用です」
ルネス城が陥落した時から、エイリークを守り傍で戦っていたというゼト将軍。
今もエイリークのすぐ隣に控えており、ただ馬を歩かせているだけのように見えて周囲に油断なく気を配っている。
……こんな人も居るのに自分が必要なのかと、段々疑問になるエルゥ。
やはりエフラムに付いて行くべきではなかったのかと、今も背後から熱視線を送って来るルーテに対して溜め息を吐いたのだった…。
++++++
やがてカルチノ共和国にある貿易港キリスに到着するエイリーク達一行。
フレリアの王都以上に戦時中である事を感じさせない活気は、さすが商人が治める国といった風だ。
この港町へ辿り着く前に、エイリーク達は一人仲間を増やしている。
それは何と、エイリークの後を追って来たフレリア王女ターナだ。
ペガサスナイトとして修行を積んでいる彼女は、友人や兄が戦っているのに一人蚊帳の外なのが辛いらしい。
当然、娘を溺愛しているフレリア王には置き手紙一つで了承など取っておらず。
フレリア王女として、エイリークの友人として戦いたいと必死に主張するターナに押し負け、エイリークは彼女を同行させる事に。
今、初めて来る港町にはしゃいでいるターナを見るに、エイリークより幾らも幼く見えてしまう。
実際の年齢は、さほど変わらないのだろうが。
「すごい、フレリアの港町以上に活気があるかも! あの大きな船はロストンへ行くのかしら?」
「ターナ様、よそ見しているとエイリークに置いて行かれますよ」
「エイリークはそんな事しないから大丈夫よ。それにしてもエルゥさん、だったかしら。エイリークは呼び捨てなのに、私は様付けなのね。他人行儀よ」
「えっと、許可も得ず王族の方を呼び捨てするのは、いくら何でも……」
「じゃあ許可するわ。エイリークの友達なら私の友達よ、仲良くしましょ!」
無邪気で可愛らしい様子に、性格は丸っきり違うのにミルラを思い出した。
数日前に別れた妹。今も無事で元気にしているだろうか。
エフラムを信じるしかないし疑っている訳ではないが、やはり心配は心配だ。
信用する事と心配する事は、決して矛盾しないはず。
そしてターナが旅に出た事を知れば、彼女の兄ヒーニアスもきっと心配する。
父のフレリア王なんて今頃、泣き崩れているのでは。
「えっと、ターナ。もし戦いが起きても無茶はしないでね。私の妹はエフラムと一緒に居るの。離れると心配になってしまうものよ」
「それ、私のお兄様も心配なさってるって事?」
「きっとね。厳しい方みたいだけど、丸っきり愛情が無いようには見えなかった。必ず生きて、ご家族と再会しなきゃ駄目よ」
「……分かったわ。でもエイリークを守りたい」
「私もエフラムからエイリークを頼まれているし、皆で協力すればいいの。一緒にエイリークを守ろう」
一緒に、と言われ、邪険にされていない確信を得てホッとするターナ。
アキオスという名らしいペガサスを撫でながら、頑張ろうねと話しかけている。
戦いにならないのが一番だが、地形を無視して移動できる飛行兵は重要だ。
彼女ともう一人、フレリアの天馬騎士ヴァネッサは戦力になってくれるだろう。
もちろん、全ての仲間達が大切な戦力だが。
ロストンへは、ここから船で10日ほどの旅。
船を探して船着き場へ行ってみると、向こうから三人組がこちらへ来た。
杖を手にした馬上の少女、恐らくトルバドールだろう。関係は無いがどことなく気品を漂わせている。
それにごわごわと髭をたくわえたやや老年の戦士と、軽薄そうな若い男。
エルゥが怪訝な表情で妙な三人組だと思っていると、エイリークが進み出る。
「あなたは……以前お会いしましたね。魔物と出会った時、お連れの方と一緒に現れた……。確かラーチェルさんでしたか」
「まあ、こんな所でまたお会い出来るなんて! きっとこれも神のお導きですわね」
目をきらきらさせる少女と、うんうんと頷く戦士。
ただ若い男だけはうんざりした様子で溜め息を吐く。
事情は分からなくても振り回されているであろう事は充分に窺い知れる、気の毒になる溜め息だ。
ラーチェルと呼ばれた少女は、エイリーク達がロストン聖教国へ向かう旅の途中だと聞き、大仰な、しかしとても似合う動作で片手を頬に持って行く。
まあ、とそれだけを言うのに溜めがあったが、何故か似合うので嫌味ではない。
「それはお気の毒に。船は一隻も出ませんわよ」
「え?」
「わたくしも、丁度ロストンへ帰る所でしたの。けれど海に巨大な幽霊船が現れ、次々と船を沈めてしまうんだとか。船乗り達はみんな恐がって、商船も客船も出そうとしませんの」
幽霊船……魔物だろう。
エルゥは魔物に攻撃されない自信があるので大丈夫なのだが、それを証明する手立てが無い。
また仲間達なら大丈夫だろうが一般人へ下手に証明しても、魔物の仲間だと疑いをかけられる面倒な事態を引き起こしかねない。
ただでさえ自分は、竜という人ならざる存在なのだから。
どうしようかと困惑するエイリークに、ラーチェルは胸を張って打開策を提案。
「どうしても急ぎでしたら、海路は諦めて陸路で行けば宜しいですわ。大変な遠回りになりますが、これこそ神の与えたもうた試練! 来るべき時、巨大な邪悪に立ち向かうための序曲なのです! 神よ、あなたの忠実なるしもべラーチェルは、この試練を乗り越えて御覧に入れましょう!」
「いや、あんたはそれで乗り越えた気分になるかもしれませんけどね」
「さ、ドズラ、レナック、行きますわよ!」
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