聖魔の娘
▽ 1


エフラムはグラドへ、
エイリークはロストンへ、
ヒーニアスはジャハナへ。

一人として倒れる事の許されない旅路へ、それぞれが身を投じて行く。
どの部隊と行動を共にしようか悩んでいたエルゥが決めかけた時、エフラムが訪ねて来た。


「エルゥ、少しいいか」

「どうしたのエフラム。明日からグラドへ進軍するんだから、早めに休んでおいた方がいいわよ」

「その事で頼みがある。お前、エイリークに付いて行ってくれないか」

「えっ?」


まさにその結論が出た所への提案に、エルゥは思わず目を丸くした。
エイリークの部隊は、三部隊の中で一番危険の少ない、はっきり言ってしまえば楽な行軍である。
確かヒーニアスの部隊が向かう方角にポカラの里があるが、街道からは離れているし私用で訪ねるような勝手は出来ないので、すっぱり諦めて圧倒的に厳しい旅路のエフラムに付いて行くつもりだったのに。


「何を言ってるの……! 敵国の中枢へ向かうエフラムが危険でしょ、私はあなたに付いて行くから」

「いいや、頼む。エイリークに付いて行ってくれ。兄馬鹿だと言われるだろうが、傍で守ってやれないのが心配なんだ。フォルデやカイルもエイリークの部隊に入って貰う事にした」


余りの言い分に、エルゥは呆れ果ててしまった。妹が心配なのはエルゥも分かるのだが、航路ですぐの友好国へ向かうエイリークと違い、エフラムは敵国グラドの帝都へ向かう。
それなのに、ずっと傍で戦っていたフォルデ達までエイリークに回すなんて。
エフラムは、エイリークを心配していた方が身が入らず、己の身の回りを疎かにしてしまいそうだという。
自分はフレリアの正規兵を連れて行くから心配はいらないと、そればかり。


「フォルデやカイルは了承したの? 信じられない…」

「あいつらも最初は渋ってたけどな。俺が言うならと信じてくれたんだ。どうかエルゥも俺を信じてくれ、俺は勝ち目の無い戦いなんかしない」


以前言われた言葉に、エルゥはドキリとする。
やはり、どうしてもエフラムの言葉を信じたい。
それだけの力が彼から発せられているような気がして、無条件に頷きかけた。
ただ委ねればいいのだと、それを思い出したエルゥは了承する方向だが、やはり納得できない部分もあるので、とある条件を付けてみる事にする。


「分かった、エフラム。私はエイリークを守る」

「すまない……恩に着る。エイリークを頼んだ」

「ただし。エフラムはミルラを守ってちょうだい」


エルゥが笑顔で出した条件に、今度はエフラムが目を丸くする番。
奪われたミルラの竜石は恐らくまだ、グラドにある。
エフラムがグラドへ向かうなら丁度良いとばかりに、ミルラの同行を提案。


「私がエイリークを守るなら交換条件。勝ち目の無い戦いなんてしないんでしょ、なら問題ないよ」

「いや、しかし……」

「あなたを信じてるから、エフラム。私の代わりにミルラを守ってあげて」


特に威圧感など無い笑顔に何故か押されてしまい、エフラムはたじろぐ。
しかし初めに頼んだのは自分のため引っ込め辛く、結局は、穏やかで優しげな外見と相反した頑固な主張に、苦笑しつつ頷く事に。
見た目の問題ではなく、そういう所がエイリークに似ていると思ったエフラムだが、口には出さなかった。 


+++++++


翌日、出立する前エイリークに会いに行くエルゥ。
私はあなたに付いて行くから、と言うと、やはり彼女も驚いた顔を見せる。


「エルゥ、あなたも兄上に言われたのですか? フォルデとカイルまで私に回したから、まさかと思っていましたが……」

「もう話が行ってるなら早いわね。私もエフラムに付いて行くと言ったんだけど、どうしてもあなたが心配なんだって」

「兄上ったら……私の行軍は兄上やヒーニアス王子に申し訳ないくらい楽なのに、過保護なんですから」


困ったような笑顔をしているところを見るに、エフラムを心配する気持ちと気遣いを喜ぶ気持ちが入り交じっているらしい。
恐らく昨日のうちにエフラムが話していたのだろう。
エイリークと別れると、さほど離れていない場所にフォルデとカイルの二人。
本音を言うならエフラムに付いて行きたかったであろう彼らにも挨拶しておく。
半月の時間を生死を共にした間柄として、多少からかいの念も持ちながら。


「フォルデ、カイル。エフラムに付いて行けなくて残念だったわね」

「エルゥ。いや、我々はエフラム様の臣下。主君の仰る事であれば、信じてそれに応えるのが……」

「なぁーに言ってんだよカイル、お前俺よりも食い下がってたくせに」


真面目な顔で心構えを説きかけたカイルを遮り、フォルデが軽口を叩く。
一瞬顔を顰めたカイルだが、フォルデの言う通りだったのか反論は無い。
ちなみに、主君であるエフラムを呼び捨て&敬語無しにした手前、彼の臣下であるフォルデとカイルに丁寧に接するのもおかしいかと思ったため、二人に対しても敬語なしと呼び捨てだ。
宜しく、と言い合って、最後にエルゥが向かうのはミルラの所である。
静かな渡り廊下、庭を眺めていたミルラを発見し、声をかける。


「ミルラ、もう出発の準備は終わったの?」

「姉様。はい、特に用意するものもありませんから」


柔らかく微笑むミルラに、やはり自分と同じエイリーク隊に付いて行かせるべきかと逡巡するエルゥ。
ミルラはそれを見透かしたように、私はエフラムに付いて行きますと言った。


「竜石はきっとグラドにあります。それに姉様がエフラムの傍を離れるなら、私が代わりに彼の力になりたいんです……」

「……分かったわミルラ、ただし約束して。無茶や勝手な行動はせず、エフラムの言う事をよく聞く事。危険な時は自分の身を優先して。逃げるのも勇気よ」

「はい、エフラムにも言われました。姉様も、どうかご無事でいてください」


エルゥは、まだまだ自分より小さな体を屈んで抱き締め、あやすように背中を軽く叩いてやる。
ミルラはそんな姉の動作にホッとしたような顔を見せ、暫くはそのままだった。


ヒーニアス王子は、同盟国のカルチノを通るので危険は無いと判断し、一個の傭兵隊を連れとっくに出立してしまったらしい。
エフラムとエイリークは少しの間別れを惜しんでいたが、やがてエフラムが踵を返して南方へ進軍。
エルゥもミルラと別れ、エイリーク隊に付いて東へ出立した。

フレリアの東から南東にかけて領土を構えるカルチノ共和国は、新興国である。
他国と違い英雄の血を引いた指導者は居ないが、複数の豪商が集まって財を成し、選ばれた長老達が政を進める商人の国だ。
フレリアとは同盟関係にあり、今回の戦争でもフレリア支持を表明している。
ヒーニアス達が向かったのは南東だが、エイリーク達はフレリア王都から真っ直ぐ東の港町を目指す。
街道を進みながら、エルゥは出立してから強く感じる視線にたじろいでいる。
恐怖を感じている訳ではないが、何とも関わり合いになりたくない感じだ。


「……ねえ、私に何か用でもあるの?」

「ただ観察しているだけです。お気になさらず」


濃い紫の髪を二つのお下げにした少女魔道士ルーテ。
自らを優秀と公言して憚らず、それに見合った魔力と知識の持ち主なため、仲間達から頼られている。
ただ少々世間離れしているというか、他人には理解し難い思考回路の持ち主。
今も、人間ではない種族であり更に高い魔力を持つエルゥに興味を示したらしく、付き纏っている。


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