聖魔の娘
▽ 3


「私達は東……大陸の中央付近にある闇の樹海で暮らしていました。800年前に魂を封じられた魔王の亡骸を見張り、そこから溢れる魔物が人の世に出る前に倒してしまう為です」


しかしある時、南、つまりグラド帝都の方角から禍々しい気配を感じ、サレフという名の従者と三人でその気配を確かめる事にした。
しかし途中で戦いに巻き込まれた事、エフラムに助けられて以降、行動を共にしている事を説明する。
突拍子も無い話ではあったと思うが、背中の翼を見た為か誰もが口を挟む事なく神妙に聞き入っていた。


「そのグラド帝都から感じる気配は、今も濃く、強くなっています。その気配こそが、各地の魔物を目覚めさせている原因です」

「ふむ……」

「聖石が全て破壊されてしまえば、最悪の事態が訪れかねません。ヘイデン様、フレリアの聖石を……」

「ほ、報告致しますっ!」


エルゥがフレリアにある聖石の警備強化を進言しようとした瞬間、広間に鎧姿の兵が飛び込んで来た。
突然の事に叱りつけようと思ったのかヒーニアスが口を開き掛けるが、その前に兵が無礼をお許し下さいと前置きし、落ち着かぬ様子のまま声を荒げる。


「塔に、ヴェルニの塔に安置されていたフレリアの聖石が、グラド軍の手により破壊されました!」

「な、何じゃと!? あそこには相当数の兵が警備に当たっていた筈だ!」

「敵方の将は【虎目石】のケセルダと【蛍石】のセライナ! 我が軍は半日と待たずに崩壊を……」


今まさに聖石の警備強化を進言しようとしていたが、ヘイデン王や兵の様子からして既にかなりの警備をしていたようだ。
そしてそれが無駄に終わったと、報告がなされた。
敵将の名に聞き覚えがあるらしく、それまで黙っていたゼトが口を開いた。


「【蛍石】のセライナ……皇帝の右腕とも言うべきデュッセル将軍に次ぐ、名うての将だと聞きます」

「その者を帝都から動かす程、皇帝は聖石の破壊を望んでいるという事か……。何故だ、ヴィガルド皇帝は何故、このような……!」

「父上、手をこまねいている場合ではありません。まずは手を打ちましょう!」


動揺を隠しきれないヘイデン王へ、ヒーニアスが凛とした声を張り上げる。
それに我に返ったらしい王は一つ息を吐く。
グラドに占領されたルネスの聖石は既に破壊されてしまっただろう。
フレリアの聖石までも失われた今、残るジャハナ、ロストン二国の聖石は何としても守らねばならない。

しかし、聖石を破壊しているなど伝令を送った所で信じて貰えるだろうか。
きっとエフラムやエイリーク、そしてヘイデン王やヒーニアスでさえ、グラドの侵略が無ければ、聖石が破壊されなければとても信じられないだろう。
エルゥは口を出すべきか迷ったが、ここはと意を決して告げてみる。


「恐れながら陛下、伝令ではなく正式に使者を立ててはいかがでしょう。将軍など、一定以上の身分の者に国家の大義名分を与えて」

「ふむ、確かに由々しき事態だ、それぐらいの事はせねばなるまい」

「では父上、その使者の任、私にお与え下さい」


相変わらずの態度と口調で言い放ったヒーニアス。
フレリアの王子が直々に訪問したとなれば、相手も決して無下には出来ない。
ヒーニアスはジャハナへ赴き、同盟を取り付けて来る事を誓ってみせた。
ヘイデン王は自分が行ければと思っていたようだが、聖石が破壊されれば魔物が溢れかねないと先程エルゥが言ったばかり。
このような状況で国王が国を空ける訳にはいかない。
決して息子を信用していない訳ではない、寧ろ頼もしく思っているヘイデン王も、非常事態ゆえ決めあぐねている様子。
ここは押さねばと思ったのか、何故かエイリークが立ち上がり宣言する。


「では、私はロストンへ向かいます」

「エイリーク?」


突然の妹の主張にエフラムが驚いて彼女を見る。
まさか妹にそんな危険な真似などさせる訳にはいかないと止めようとするが、ロストンへは船で北海を渡ればすぐに着くと言ってエイリークは聞かない。
祖国ルネスを取り戻す日まで、王女として戦い続けたいのだと。
エフラムは自らの性格を思い出し苦笑した。
一度こうだと決めたらよほどの事が無い限り主張を曲げない、自分そっくりだ。
分かった、とエイリークに微笑んだエフラムも立ち上がり、真剣な表情でヘイデン王に宣言した。


「ヘイデン様、俺は西からグラド帝都へ進軍します」

「なんと……! こちらからグラドへ攻め込むというのか?」

「帝都を制圧すれば戦争は終わります。聖石を守る必要も無い。こちらからグラドに攻め入り、一気に帝都まで押し進めば……」

「しかし、帝都には皇帝ヴィガルドだけではない、デュッセル将軍をはじめ名うての将達が待ち受けておるのだぞ」

「それが敵ならば、戦うだけです」


相変わらずのエフラムに、エルゥはやはり気持ちの良い思いで彼を見る。
彼ならば、どんな事でもやってのけそうな気がする。
勝ち目の無い戦いなんてしない、そう告げた真っ直ぐな瞳が忘れられない。

ヘイデン王は、エフラムの豪胆さに閉口した。
しかし呆れていると言うよりは切なそうにしている。
お主の豪胆さは父親ゆずりじゃな、と目を細めたヘイデン王にその理由が分かり、エフラムとエイリークは押し黙った。
フレリア王ヘイデンと、エフラム達の父ファードは古くからの友である。
懐かしい思い出に少しだけ浸っていたヘイデンだが、すぐに毅然とした口調と態度を取り戻した。



「良かろう。ならばそなたら三人に全てを託す。ヒーニアスはジャハナ王国、エイリークはロストン聖教国、エフラムはグラド帝国へ。軍資金はそれぞれに用意させるが、兵達はそう多くは割けぬ。いずれも厳しい道のりになるであろう」


ヘイデン王は見た目からして温和そうで、息子のヒーニアスと髪の色こそ同じだが印象は違う。
しかし今の毅然とした口調にエルゥは、確かにあのヒーニアスの父親だと、何だか微笑ましくなった。
三人のうち誰かが途中で倒れれば、戦争はグラドの優位となってしまうだろう。
決してしくじる訳にはいかない。

フレリア王国は、このマギ・ヴァル大陸の北西部に位置している。
大陸の北部は凹んでおり、フレリア王都から真っ直ぐ東へ陸路を行き、船に乗れば対岸がロストン。
兄上やヒーニアス王子に悪いくらい楽な旅です、とエイリークは笑っていたが、エフラムがグラド帝国へ進撃する事で感じている不安を和らげる為でもあるだろう。

ヒーニアスは南東へ陸路を行き、更にそこから東へ向かってジャハナへ。
途中で通るカルチノ共和国は商人達によって作られた新興国で、フレリアとは同盟を結んでおり危険は無いだろうと兵は小数しか連れず、他には数人規模の傭兵団を雇い旅立つそうだ。
ちなみにカルチノはフレリアの東に位置しており、エイリークが向かう事になる港もカルチノ領である。

エフラムはエイリーク達とは別方向、大陸西の沿岸部を南下してグラド帝都へ。
エイリークやヒーニアスとは比べ物にならない程の苦難になるであろう事は容易に想像できるが、エイリークを安心させる為にもエフラムは、心配するなと笑っていた。

エルゥはエフラムに付いて行くつもりだ。
奪われたミルラの竜石は恐らくまだグラドにある。
しかし離れ離れのサレフの事も気になっていた。
サレフの故郷であるポカラの里はヒーニアスの陸路と同じ方角になる。
サレフならば心配はいるまいが、逆にこちらを心配しているだろう。
会って安心させたい気持ちも大きくある。
明日に出立する事になり、フレリア王宮で鋭気を養う戦士達。
どうするべきか未だに迷っているエルゥのもとを、エフラムが訪ねて来た。




−続く−


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