聖魔の娘
▽ 2


「ううん、いいの。だってこうしてまた、皆で会えたんだもの。お兄様もね、もうすぐ前線からお帰りになるのよ」


言った所で、鎧に身を包んだ兵が伝令にやって来る。
ターナの兄でフレリア王子であるヒーニアスが前線から帰還したと。
そちらへ目をやると、姿勢を伸ばした凛とした姿で歩いて来る人影。
彼がヒーニアス王子らしく、ターナが進み出て嬉しそうに声を掛けた。


「お兄さま、お帰りなさい! ご無事で戻られて本当によかった……!」

「当然だ。この私がグラドの雑兵相手に手傷など負うものか」


エフラム達の帰還時と同じような感極まった声音のターナに対し、ヒーニアスの方は眉ひとつ動かさない。
口調も姿勢と同じく毅然としており、妹との温度差が余計に彼の冷たさを際立たせた。
そんな彼の様子にエルゥは、妹に対して随分厳しい態度だと少し嫌な気分になってしまう。

……が、よくよく聞いていると厳しい態度ながら、留守の間に変わりは無かったか、私が居ないからとだらしない生活をして体調を崩していないか等、言い方はどうかと思うがターナを気遣っている様子。
友人であるエフラムとエイリークはそんな彼の気持ちが分かっているらしく、苦笑して歩み寄って行った。


「久し振りだな、ヒーニアス」

「お元気そうで何よりです」

「エフラム、エイリーク。……ルネスは滅んだそうだな。以前警告した筈だ、グラドなどに付け入る隙を与えるからそうなる」

「お兄さま、そんな言い方しなくたって! エフラムとエイリークはお父上を亡くされているのに……」


労る言葉すら無く批判から入るヒーニアスに、ターナが堪らず抗議する。
その言葉に少しだけ黙ったヒーニアスだが、向ける視線は相変わらず厳しい。
お父上の事は気の毒だった、と言いながら、大国と境を接している国としては無防備過ぎたとまた批判。
ヒーニアスの批判も一理あるので、エフラムもエイリークも神妙に聞いている。

しかし言い訳にしかならないかもしれないが、グラドとは友好国だった。
皇帝ヴィガルドは優しさと聡明さ、強さを備えた名君だったし、皇子リオンも優しい心を持っていた。
もし侵略されたのが自国でなかったら、未だに信じられないだろう。


「ヒーニアス、俺達は」

「まずは一刻も早くグラドを倒し、この戦いを終わらせる事が先決だ」


言い訳など聞きたくないとばかりにそれだけを言い、城内へ向かうヒーニアス。
そんな彼を視線で見送りながら、ターナが申し訳なさそうに謝罪した。


「ごめんなさい、二人とも。お兄さま、厳しいだけで悪気は無いと思うわ」

「いや、相変わらずで寧ろ安心した。ヒーニアスは昔から俺を嫌ってたからな」

「違うわ、お兄さまはエフラムをライバルだと思ってるのよ。王としても人間としても、男としても戦士としても、とにかくエフラムには、何もかも負けたくないんだって……」

「ターナ、余計な事を喋るんじゃない」


地獄耳と言うべきか、突然離れた所から聞こえた声に、ターナがびくりと震えて振り返る。
城内へ向かった筈のヒーニアスが引き返して来ていた。
どうやらフレリア国王のヘイデンが、軍議を開くにあたりエフラムとエイリークにも同席してもらいたいと言っているらしい。
二人ともグラドへ進撃し、その実情を目にしているため話を聞きたいのだろう。
エフラムやエイリークの方も、報告したい事があるとして同席に同意。
……そんなやり取りを見ていると、エフラムが不意にエルゥの方を見た。


「エルゥ、お前とミルラも同席してくれ」

「私達も? いいの?」

「ああ、ヒーニアス、彼女達の同席を許可して欲しいんだが」

「……あの女性は?」


ヒーニアスやターナの視線を受け、ミルラを伴って近付き頭を下げるエルゥ。


「お初にお目に掛かりますヒーニアス王子、ターナ王女。私はエルゥ、こちらは妹のミルラと申します。グラド領内で賊に襲われていた所を、エフラムに助けて頂きました」


グラド領内、の言葉にヒーニアスが眉を顰め、ターナがえっ、という顔をする。
エフラムとエイリークも、驚いたのか少し目を見開いてエルゥを見た。
今まさにグラドと交戦中のフレリア王族の前で、その国で仲間入りしただなんてまずい事を告げるとは思っていなかったらしい。
エルゥがそんな事も分からない人物だとは思えないエフラムは、怪訝な表情で彼女を見ていた。
その沈黙を破ったのは、ヒーニアス。


「グラド領内……だと? エフラム、お前は本当に命を賭けた局面で何を考えていたんだ。よもやこの者、間者ではあるまいな」

「無い。逆に彼女が居なければ俺は既に死んでいるだろうし、敵へ情報が筒抜けている可能性が上がった時に自分を疑わない俺達に、敵国領内で仲間になった自分を疑わないのはおかしいと必死に主張していたんだ。本当に間者なら、そんな自分に疑いを向けさせるような事は言わないだろう」

「そうかもしれないが……」

「それにエルゥは賊に襲われていた時、自分が殺されそうだというのに妹のミルラを案じた。そんな妹想いの奴が、間者だなんて思いたくない」


真っ直ぐなエフラムの主張に、ヒーニアスは盛大に溜め息を吐いた。
何を言っても聞かないだろう事を察し、もしあの者がグラドの間者だった時はお前も覚悟しろ、とエフラムに厳しい口調で釘を刺した。
結局エルゥとミルラは軍議には参加せず外に控え、必要となった時に呼び出すという事で話がついた。
不安ならば監視を、とエルゥ自身が主張したため、もし軍議に入るなら兵を付けるという事に。

広間へ入るエフラム達を見送り、エルゥはミルラと共に、フレリア兵の監視付きで扉の外に控えた。
耳が良いせいか、分厚い扉を隔てても耳を澄ませると大体の内容が聞き取れる。
ヒーニアス王子やエフラム達の帰還により明るい雰囲気で始まった軍議だが、エイリークやエフラムの報告にどよめきが走り、やがて暗い雰囲気に陥った。

無理もない。
グラド帝国の目的は、かつて魔を封じ、各国に祀られている聖石を破壊する事、他国の守りを低下させる目的かと思われたのに、グラド帝国は真っ先に自国の聖石を破壊した事が告げられたのだから。
更には大陸の各地に、かつて魔王の手先として人々に害を成していた魔物が出現していたとエイリークの報告が上がった時は、ざわめきは一層大きくなった。
やがてエフラムから“気になる話がある”と発言され、扉が開いて中のフレリア兵に招き入れられる。
軍議に出ているフレリアの将や重鎮達、果ては国王と思しき人の視線が集まり少し緊張したものの、真っ直ぐ背筋を伸ばしたエルゥはミルラを伴って王から少し離れた所に膝を折り、挨拶して名乗った。


「うむ、楽にするが良い。……しかしエフラム、この者達は一体?」


突然登場した女性と少女に面食らったヘイデン王は、エフラムに説明を求める。
それからエフラムがエルゥとミルラに視線を送ると、二人は背中に小さくして隠していた翼を広げた。
突然の事態に、先程より大きなどよめきが走る。
ヘイデン王がそれを静まらせて続きを促し、それを確認したエルゥは話し始める。


「私とミルラは、古の竜人種族なのです」

「竜人……マムクートか」

「はい、人の間ではその名で通っております」

「聖石の伝説に何度か名が出て来るな。人でも魔でもない孤高の種族だというが」


ヘイデン王は、伝説の種族を目の当たりにしてやや気持ちを昂らせているようだ。
王だけでなく、周りの将軍達や重鎮も同様に。
またもざわめき始めた広間を静まらせ、ヘイデン王は更に続きを促した。


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