聖魔の娘
▽ 3


根本的な目的である王子エフラムの救出。
それがほぼ叶ったとあって、エイリーク率いる軍の士気は最高潮だった。
瞬く間に敵軍を滅し敵将ティラードの居る玉座の間へ辿り着く。
エフラムは愛槍レギンレイヴを手にティラードの前に立ちはだかった。
その後ろにはエイリークとエルゥ、更に騎士を筆頭として様々な仲間達が構えている。


「もうこの城は落ちたも同然だ、観念しろ!」

「……やはり部下達では手に余る獲物でしたか。ならば私の力、お見せいたしましょう」


ここまで追い詰められているのに降伏する気はさらさら無いようだ。
エフラムはレギンレイヴを構え臨戦態勢を取る。
相手はジェネラル、重装歩兵に特攻のある彼の愛槍ならすぐ勝負もつく筈。

しかしその瞬間、エルゥの脳裏に不穏な意識が広がって行った。
その出どころは敵将ティラード……。
奴は銀の槍を装備しているが、ふと傍らを見ると隠すように手槍を所持している。
そしてエフラムに対峙しつつも、片足が微妙に別の方を向いている事に気付いた。
エルゥ……いや、その隣に居るエイリークを狙っているようで。

エフラムがティラードへ立ち向かって行く。
ほぼ同時にエルゥはエイリークを、彼女の隣に居たゼトの方へ思い切り突き飛ばす。
咄嗟の事に慌ててエイリークを受け止めるゼト、驚くエイリークと背後に控えていた仲間達。
放たれた手槍がエルゥに突き刺さるのと、エフラムのレギンレイヴがティラードの命を奪ったのは同時だった。


「エルゥ!」


真っ先に叫んだのはエルゥと半月間行動を共にしていたフォルデとカイル。
次いでエフラムがあらぬ方向へ飛んで行った手槍の行方を追い、行き先に愕然とする。
胸のやや上、深々と突き刺さった手槍を鮮血が伝い滴り落ちていた。
エルゥは何とか膝をついたが、耐えられなかったのか倒れてしまう。


「エルゥ……!? おい、しっかりしろ!」


駆け寄ったエフラムが倒れたエルゥを膝に乗せ、すぐさまゼトが手槍を引き抜いてシスターのナターシャにリライブを掛けさせる。
すぐに治療したお陰で何とか大事にならずに済んだようだ。
エイリークが膝を折り、エフラムに身を預けているエルゥの手を握る。


「エイリーク様、私は大丈夫です。シスターのお陰で傷は塞がりました」

「良かった……! 本当に有難うございますエルゥ、あなたが庇ってくれなければ、どうなっていたか……」

「あの敵将、勝てないと踏んで道連れを狙ったみたいですね。事前に気付けて良かった」

「そうか、俺はまたエルゥの予知能力に助けられたという訳だな」


エフラムの言葉に疑問符を浮かべる周りの者達。
エフラムは、エルゥには不思議な予知能力があって、それに何度も助けられたと説明した。
仲間達は予想だにしない言葉に目を丸くする。
確かにエルゥからは、どこか普通の女性とは違う雰囲気を感じるが……。

やがて体調が戻ったのか、ゆっくり起きてから立ち上がるエルゥ。
痛みは少々残っているが大したものではない。
彼女の無事を確認してから改めてエフラムとエイリークは向き合った。


「心配をかけたなエイリーク。ゼト、お前にも」

「いえ、ご無事で何よりです。それよりエフラム様、オルソンは離反を……」

「ああ、知ったのはついさっきだ。まさか長年ルネスに仕えてくれたあの男が……全て俺の不徳のいたすところだな」

「兄上……」


信頼していた家臣の裏切りにエフラムも心中ではかなり傷心のようだ。
エイリークにとっても衝撃的で、この古参の重鎮の裏切りはルネス騎士団に暗い影を落とすだろう。
暗い影、と言えば、エルゥはオルソンを初めて見た時、聖騎士の彼が闇魔法の気配を身に纏っていた事を思い出した。
主君から信頼され長く仕えた彼が離反したのは、それも関わっているかもしれない。


「あの、エフラム様。オルソンは闇魔法を使う事が出来るのですか?」

「闇魔法? いいや、彼はパラディンだから無理だ。どうかしたのか」

「もっと早くお伝え出来れば良かったのですが確信が持てず……。以前に彼から闇魔法の気配を感じ取る事があったんです。離反に何か関係しているかもしれません」

「闇魔法か……。何かに操られている可能性もあるかもしれないな。何にせよ、気付けなかった俺に責任がある」


エフラムは少し項垂れる様子を見せたが、妹の前でいつまでも沈んでいられないと思い直したのか、すぐに持ち直した。
強い瞳が戻り、エイリークやゼト、そしてエルゥも安堵の息を吐く。
そこへ響く軽い足音。
振り返ればミルラが急いだ様子で駆けて来る。
エルゥは寄って来た妹の頭を優しく撫でた。


「ミルラ……! ごめんね、迎えに行くのが遅れて」

「いえ……それより姉様、ご無事……ですか?」

「えっ?」

「私さっき、姉様に危機が迫っている予感がして……でも戦いは続いているし、足手まといになりたくなかったから……。辺りが静まってから探しに来たんです」

「そうだったの。でも心配しなくても大丈夫よ、ほら、姉様はこんなに元気だから」


優しくミルラの肩を叩いてあげてから、エルゥはエフラム達の方へそっと目配せする。
自分は無事だったのだしミルラを心配させたくない、そんな彼女の意思を汲み取り、エフラム達は何も言わなかった。
だがミルラが予知したのはエルゥの事だけではない。
南の方を指さし、悪意や敵意を持った黒く大きく、たくさんのものが来ると告げる。


「わかった。急いで脱出した方が良さそうだな」

「あの、兄上。まさかこの少女にもエルゥのような不思議な力が……?」

「ああ。まあ彼女達の事は話せば長くなるから後でな。今は撤退するぞ。皇帝ヴィガルドは何か尋常ならざるものの力を得ている。今はまず、それを皆に知らせなければな」


エフラム達は仲間を率いて急ぎレンバール城を脱出し、フレリアを目指す。
これで終わった訳ではない……寧ろ始まりかもしれない。
大陸に広がった不穏や奪われたままの祖国、解決すべき事はまだまだ沢山あるのだから。
エルゥは闇の樹海に居る父ムルヴァの事が心配だったが、今となっては父の為に自分がしてやれる事は無いと諦めていた。
せめで義妹ミルラだけは何が何でも守らねばと、自分自身に強く誓う。

そして、父の跡を継ぐかどうか……。
取り返しのつかない決断の時は、確実に刻一刻と迫り来ていた。




−続く−


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