聖魔の娘
▽ 2


急ぎレンバール城まで駆け戻ったエフラム達。
派遣され城に入る前だった兵士を襲い鎧を拝借してから堂々とレンバール城に忍び込んだ。
兵士が来ないよう、武器や食料、宝物などの無いただの倉庫に隠れる。


「っっはあー、ヒヤヒヤしたぁー。エフラム様ほんと大胆すぎですって」

「そんなこと言いつつ、フォルデさん結構楽しそうにしてるじゃないですか」

「んー……。まあこんなの滅多に味わえないしな。って言うかエルゥは怖くなかったのか?」

「それはドキドキしましたよ……! でもエフラム様なら大丈夫って安心感があったと言うか……」

「フォルデ、エルゥ、あまりベラベラとお喋りするんじゃない」


フォルデとエルゥの会話に割り込み、二人を叱責したカイル。
慌てて口を噤み頭を下げるエルゥとは裏腹に、フォルデは黙ったもののふにゃりと笑っている。
それを見たカイルは何か言いたげだったが、溜め息を吐いただけだった。

その時不意に扉の外が騒がしくなる。
エフラム達に緊張が走り、じっと耳をすませた。
暫くは複数の兵士が走り回っているであろう音が聞こえていたが、やがてそれは収まり、人の話し声が聞こえて来る。
初めのうちはまだ足音とざわめきで聞こえ難かったが、遂にはっきりと会話の内容が聞こえた。

そして、その内容は。
エフラム達を驚愕させるのに充分なもの。



「では任せましたよオルソン。ルネス王女エイリークを上手くおびき寄せるのです」

「……!」


オルソン、の名を聞いた一同に動揺が走る。
カイルがそっと扉の隙間から覗くと、確かにそこには死んだと思われていたオルソンが立っていた。
すぐさま扉を閉め、無言のまま訊ねるエフラム達に首を縦に振って答える。

以前敵に囲まれたレンバール城から脱出した際、ヴァルターの言葉から内通者が居た可能性も出て来た自軍。
これはもう内通者が誰かなどと一々口にしなくとも思い知らされた。
やがて人の気配も無くなり完全に静まり返ってから、エフラムが片手で顔を覆って一つ息を吐く。


「何故だ。彼は昔からルネスに仕えてくれていた古参なのに。俺が主として至らなかったか……」

「エフラム様、今は嘆いている場合ではありません。きっと妹君が近くまで来ておられます。無事に再会する為に態勢を整えましょう……!」

「エルゥ……。そうだな、エイリークが危ないんだ、無事に会う為に嘆いてなどいられない」


武器を握る手に平常より力が篭もって行く。
エルゥは袋に詰めるという少々乱暴な手で連れて来たミルラの両肩に手を置き、諭すように言う。


「いいわねミルラ、戦いが終わるまで絶対にここでじっと隠れてて。見つかりそうになった時や日が暮れても私達が帰って来なかった時は、そこの窓から逃げなさい」

「姉様……」

「大丈夫、万が一よ。きっと戻って来るから」


尚も不安そうにするミルラを抱きしめて背中をあやすように優しく叩く。
そうすると幾分か落ち着いたのだろう、ミルラの体から力が抜けた。
それから暫くは静まり返っていたが、突然、周囲が慌ただしくなり兵士達の会話が聞こえて来る。


「作戦は失敗だ、敵が城内で戦闘を始めた!」

「狙うはルネス王女エイリークだ、総員配置に着け!」

「エフラム様……!」

「ああ。行くぞ!」


エフラム・フォルデ・カイル・エルゥの四人が倉庫から飛び出した。
周りに居た兵士達は虚を突かれ、足並みも揃わぬまま倒されて行く。
ルネス王子までもが城内に現れたと情報が広まった頃には、レンバール城内は大混乱に陥っていた。


++++++


敵を倒しながら騒ぎの大きな方を目指し駆ける。
どうやら東の回廊で戦闘が起きていて、そこに王女エイリーク達がいると見て間違いなさそうだ。
やる事はただ二つ、エイリークを救い、敵を倒す。
カイルはまずエイリーク達と合流するべきだと主張し、フォルデは西側の回廊を回って敵を倒すべきだと主張した。
どちらもエイリークの助けになる事には間違いないが、意見を求められたエルゥはエイリークと合流すべきだと主張する。


「まずは一刻も早くエイリーク様にエフラム様のご無事な姿を見せて差し上げましょう。それだけできっと士気に関わる筈です」

「そうだな……。俺もエイリークが心配だ。よし、三人とも俺に続け!」


エフラム達は東の回廊を目指し駆けて行く。
階段を昇り先の小部屋に辿り着いた所で、エフラム達にとって見慣れた人物を見付けた。
その人物もエフラム達に気づき、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。


「エフラム様! それに兄さん達も……!」

「よ、フランツ。元気にしてたか?」

「兄さんこそ……。グラド軍に捕らえられたと聞いてとても心配していました」

「? もしかしてフォルデさんの弟さんですか?」


不思議そうに訊ねて来たエルゥに、フォルデはそうそうと頷く。
見知らぬ女性の登場に今度はフランツが疑問符を浮かべたが、それを口にする前にエフラムが進み出た。


「無事で何よりだフランツ。エイリークは……」

「エイリーク様はここより少し先でゼト将軍や他の仲間と共に戦っておられます。僕は西で騒ぎが起きているようでしたので、偵察がてらの斬り込みを任されて……」

「そうか、有難う。早く無事を知らせてやらないとな」


見ればフランツの後からも味方と思われる者達がやって来る。
ペガサスナイトや傭兵のような風貌の剣士など、よくこんなに集めたものだ。
フォルデとカイルにも西側攻略に残って貰い、エフラムはエルゥと共にエイリークの元を目指した。


「いよいよ再会の時ですね、エフラム様」

「ああ。エルゥ、こんなに付き合ってくれて本当に有難う。お前が居なければ俺は今頃、生きてなかったかもしれない」

「そんな……。エフラム様や、フォルデさんにカイルさんが必死で戦って来たからですよ。私はただ皆さんに付いてお供しただけです」

「いいや、ヴァルターから逃げる時を筆頭に、お前の魔法や予知能力に度々助けられた。改めて礼を言わせてくれ」

「……はい」


ここまで言われては謙遜せず素直に受け取った方が相手の為でもある。
照れくさいようなくすぐったいような気持ちになって、ついエルゥは照れ笑いしてしまった。
やがて前方に、美しい青髪の少女が剣を手に戦っているのが見えた。
側には赤い髪の騎士が寄り添っていて、エフラムは二人を認識するなり大声を上げつつ駆け寄る。


「エイリーク無事か!」

「あ、兄上……!? 生きて、生きておられたのですね!」


少女と騎士の顔が驚愕に染まり、すぐに綻ぶ。
エフラムと少女……エイリークは側へ駆け付けるとお互いに手を取り合う。
今にも泣きそうな顔をするエイリークを見ていると、エルゥまで貰い泣きしてしまいそうだった。

エフラムから事情を聞き、助けに来て逆に迷惑を掛けてしまった事を詫びるエイリークだが、エフラムはお前が助けに来てくれただけで嬉しいと、顔を綻ばせていた。
エイリークの側に控えていた赤髪の……ゼトという騎士とも短く会話するが、今はこの戦いを切り抜けるのが先決。


「エイリーク、ゼト、今は目の前の敵を倒すのが先だ。エルゥの事も紹介したいが後だな。彼女には幾度も助けられた。信頼できる仲間だから宜しくしてやってくれ」

「はい。エルゥ……ですね。兄上を助けて下さり心より感謝します。私達に力を貸して下さい」

「こちらこそエイリーク様、微力ながらお手伝いさせて頂きます」


笑顔で挨拶を交わすエルゥとエイリーク。
エイリークは、兄と再会できて今なら何も恐い物が無いような気がした。
そして、この兄を幾度も助けたという少女……エルゥが居れば更に百人力だとも。
共に戦って来た仲間達にエフラムの無事を知らせ、心を弾ませるエイリークだった。


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