聖魔の娘
▽ 1


エフラム達がレンバール城を落として半月近く。
追跡の手も緩んで来たが油断は出来ない状況だ。
岩山の洞穴で休息を取っていると、不意にエルゥは置いて来たミルラの事が気になってしまう。
迷子を装って通り掛かった村に保護して貰ったが……今も無事でいるのか。
まさか連れて来る訳にいかないが、離ればなれになるとそれはそれで気掛かりになってしまう。
エルゥが溜め息を吐いたのが聞こえたか、エフラムが話し掛けて来た。


「疲れたか、エルゥ。こんな事になってすまない」

「い、いえ、違いますよエフラム様。無理に付いて来たのは私ですから。ただミルラが気になってしまっただけです」

「エルゥは本当に妹思いなんだな。お前のような姉が居てミルラは幸せ者だ」

「……そうでしょうか」


てっきり、はにかんで礼を言われると思っていたエフラムは、急に沈んだ声音と表情を見せたエルゥに戸惑ってしまう。
まだ会って半月近くしか経ってない訳だが、褒められてそんな反応をする女性とは到底思えない。
一体どうしたのか、具合でも悪いのかとエフラムが訊ねる前にエルゥの方から口を開いた。


「……私、あの子の姉に相応しくないです。むしろ離れるべきかも……」

「何故だ。ミルラもお前を随分と慕い頼っていたように見えたが。少なくともミルラはお前を頼れる姉と見ている筈だ」

「……私……」


エフラムの励ましには応えず、何かを言いかけて黙り込んでしまった彼女。
しかし次の瞬間には俯けていた顔を上げ、明るい笑顔を見せた。


「でも、そうですね。確かにミルラは私を頼ってくれていると思います。見捨てるような事をするなんて無責任ですよね」

「……」


ようやくエルゥが見せた笑顔だが、それを見た瞬間エフラムの心によぎったのは安堵ではなく、漠然とした痛み。
妹思いで責任感も強い、優しい庇護者のような頼れる守護者のような彼女。
芯の通った強さを持っているであろう彼女におよそ似つかわしくない表情。

弱みの無い者など居ないのは分かるが、やはりイメージと余りに違って呆然としてしまう。
儚く崩れ去ってしまいそうな笑み、それは平常の強さとの落差が激しく、普段から儚げな者より更に守り支えたいという気持ちが強く湧き上がる。
つい今すぐ抱き締め慰めてやりたくなり、一つ息を吐いて自分を落ち着けるとエフラムは話題を変えた。


「……そう言えばエルゥもミルラも竜だが姿は変わらないんだな。ずっとその姿のままか?」

「いいえ、私達は人でも魔でもない者……。人から竜に化身する事も出来ますが竜石という石が必要なんです。以前賊に襲われた時、ミルラはそれを奪われてしまって」

「な……。大事な物だろう、どうしてそれを早く言わなかったんだ」

「言えばきっとエフラム様は探して下さるでしょう。こんな大変な時に負担をお掛けする訳にいきませんから。私は少し訳あって出来るだけ竜に化身しないと決めているんですけど、闇魔法や予知能力で少しでもお役に立つよう頑張ります」

「ああ、エルゥがいなければとっくにグラドに捕まっていたかもしれない。もう助かってるよ」

「エフラム様!」


話の途中で見張りをしていたカイルがエルゥ達の方へやって来た。
交代でもするか、と立ち上がったエフラムはカイルが、小さな少女を連れているのが見える。
それを目にした瞬間エルゥが慌てて立ち上がり、その少女に駆け寄った。


「ミルラ……!? どうして来たの、一人で行動しちゃ危ないじゃない!」

「ごめんなさい姉様、でも私、噂を聞いて心配になってしまって……」

「噂?」

「ルネスの王子がレンバール城に捕らわれて、ルネスの王女が城へ助けに向かってるって……」

「何だと!?」


捕らわれているも何も、今こうしてグラドから逃げ回っている最中だ。
そんな間違った噂が流れているとは、まさか……。

果たして噂が伝わっているかどうかは分からなかったが、ミルラはエルゥの力の痕跡を辿って探しに来たらしい。
ミルラの聞いた噂が、エフラムの妹である王女を騙す為の罠なのか、逆にエフラムを騙す為の罠なのかは断定できない。

しかし魔王を倒した英雄の子孫とは言え、敗戦国の王女が敵地へ乗り込むとは普通考え難いだろう。
その王女がどんな人物かはエルゥには分からないが、実際に王女が攻め込んで来たからそんな噂を立てたと考える方がずっと現実的だ。
少なくともエフラムを騙す為の嘘ではないと思えた。
それならばエフラムが捕まったと騙されている王女の身が危ない。
エルゥがエフラムへ視線を向けると、彼は槍を手にすぐにでもレンバール城へ戻る勢いだ。


「すぐレンバール城へ戻るぞ。カイル、フォルデにも伝えてくれ」

「はっ」


カイルが洞穴を出て行き、彼を見送ったエルゥはミルラを振り返った。
レンバール城へ行く前に再びミルラを預かって貰わなければならないな、と考えていたら、
まるでミルラはエルゥの考えている事が分かると言いたげに首を横に振る。


「姉様、次は私も姉様と一緒に行きます」

「え……!? 駄目に決まってるじゃない、危ないからまた待ってなさい」

「いや、です……。この半月、ずっと姉様の事が心配でした。胸が張り裂けてしまいそうなくらい……。竜石が無いから足手まといになるのは分かります、戦いになりそうな時は隠れますから」

「エルゥ、ミルラを連れて行ってやろう。目的地は城だから隠れる場所も沢山あるはずだ」

「エフラム様……!」


エフラムまでもがミルラに味方して後を押す。
彼の妹である王女がグラド領内に攻め込んで来た可能性が限りなく高まった今、戦地へ共にやって来る心配より側に居られない心配が募っているのだろう。
確かに城なら隠れる所も沢山あるし、エルゥもつい先ほど側に居ないミルラを心配した所だ。
血は繋がってないとは言えこうなると頑固なのは姉妹だな、と思わず苦笑するエルゥ。
もしミルラに危機が訪れたらいっそ竜の姿を解放しようかと考える。

しかし、果たして本当に竜へと化身する覚悟が自分にあるのだろうか?
エルゥは自問し、本当は竜に化身するのを嫌がる自分に気付いた。
自分が竜になった姿を見たミルラが怯えないか、彼女に拒絶されないかが気になって仕方ない。


「姉様……」

「分かったわミルラ、一緒に行きましょう。ただし無理はしない事、危なくなったら逃げる事を約束してちょうだい」

「は、はい」


これ以上エフラムを待たせていられないと、竜になる決心がつかぬままミルラの同行を許可する。
どうかミルラに危害が及ぶような事になりませんようにと、ひたすら祈る事しか出来なかった。


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