聖魔の娘
▽ 3


フォルデも楽しそうに笑って言い、何が何だかさっぱりだが取り敢えず愛想笑いで返事をしておいた。
こんな状況なのに皆楽しそうだが、やはりカイルが一番に気を引き締める。
いくら何でも、もう目眩ましは消えてしまっている頃だろう。
これからは命懸けで逃げ隠れしなくてはならない。


「これからは見付からない事を最優先に動かねばなりません。村などに身を寄せる訳にもいかないでしょう」

「だな。万一俺達を匿ったりしたら、グラドの民は酷い目に遭う筈だ」

「まずは足の速い竜騎士に見付からないよう森の中に……。ああでも、馬では動き辛いですね」


3人の相談を聞きながら、エルゥは頭の中でぐるぐる考えていた。
竜石は手元にある。これさえ使えばグラドの精鋭にも引けを取らない。
だが、出来なかった。
戦時中に余計な混乱を招かないように……と、言うより、自分がただ竜の姿になりたくないだけ。

エルゥは闇の樹海に住んでいた訳だが、竜の姿に化身した事が殆ど無い。
溢れ出る魔物は竜の姿に化身した父ムルヴァと共に、得意の闇魔法を用いて対処していた。
ミルラには、自分が竜に化身した姿を見せた事など只の一度も無い。
エルゥは明らかに普通の竜ではないから。
姿形がと言うより、その生まれと存在そのものが普通ではなかった。
竜に化身できない、決してしたくない。
だとしたら自分が役に立つには不安定な予知の力を使うしかない。


「……!」


決意した瞬間、エルゥの頭に浮かぶ光景。
複数の魔道士が部隊を組んで、自分達を発見している場面で……。


「エフラム様、この場所は危険です。魔道士部隊が近付いています!」

「なに……? どうしてそれが分かるんだ」

「私たち竜には、自らに降り掛かる危機が事前に分かる能力があります。どんな先でも見通せる訳ではありませんし、分かった所で防ぐ力が無いと意味がありませんし、私の力は不安定ですが……」


自信の無さと、ある理由による後ろめたさから、言葉尻が萎んでしまう。
ついには黙り込んでしまったエルゥだが、エフラムは少し考える姿を見せた後、素早く決断した。


「分かった、見られる分は予知してくれ。どうにもならない分に関してはこちらで何とかする」

「えっ……あ……」

「それで、敵はどの方角からいつ来るか分かるか?」

「西、です。あと一刻ほどで発見されるかと」

「分かった。北へ移動しよう。森の中を進む」


その言葉にカイルとフォルデが頷いたのを確認し、エフラムはすぐさま北を目指して出発する。
エルゥは慌てて付いて行きながら、疑問が頭の中に渦巻いてしまった。

先程、ある理由により言葉尻が萎んだエルゥ。
その理由とは勿論、こんな予知能力があると言ったって信じて貰えない、それどころか、敵の密偵じゃないかと疑われてしまうだろうというもの。
そう言えば先程ヴァルターとか言うあの男は、どうやらエフラムの行動を知っていたらしかった。

となると懸念されるのは自軍の行動が筒抜けだったのではないかという事。
そして真っ先に疑われるべきなのは、敵国領内で初対面を果たし仲間に入ったエルゥだ。
しかしエフラム達は疑うどころか、この命懸けの局面でエルゥの予知能力を信じてくれている。
寧ろエルゥの方がエフラム達を信じられなくなってしまい、同行しながらつい口をついて出てしまった。


「……なぜ私を疑わないんですか?」

「ん? どういう事だ」

「だって、予知能力だなんて普通は疑いますよ! それにさっきのヴァルターっていう男、あの様子だと内通者が私達の方に居た可能性もあります! 敵国領内で仲間になった私を疑うのが普通の事じゃないんですか!?」


一気にまくし立て、その後黙り込むエルゥ。
エフラム達に付いて行く足は止めないが、心中では止めたいと思っている。
しかしエフラムは、そんなエルゥの不安など吹き飛ばすかのように、キッパリ言い放った。


「本当に間者なら、わざわざそんな疑いを向けさせるような事は言わないだろうな。第一、お前のお陰でヴァルターから逃げられたんだぞ?」

「……」

「それに俺は、自分より妹の命を優先して助けるような奴なら信じたいって言ったじゃないか」


何故この人の言葉は、こんなに真っ直ぐ響いて心を捉えるのだろうか。
清涼な風が隙間を狙いながら吹き付け、余計な雑念を取り払って行く。
これは、エフラムと出会ったあの時に感じた風のようだと思った。

ああ、そうか。私はただ委ねればいいんだ。
エルゥはようやくそれに気付いて、余計な口を利くのをやめる。
自信のある魔法の力や、不安定だが使える事には使える予知の力で彼の助けになればそれでいいのだ。


「(彼なら、ひょっとすれば私を、この大陸を……)」


彼になら、この大陸の命運を任せられる気がする。
やはりこんな所で古の勇者の子孫に出会った事は運命だったのだと、ただ納得するエルゥ。
神というものは、非常に気が利いているようだ。

神……エルゥには二つの心当たりがあるが、それは当然エフラム達へ教える訳にはいかない。
ただ自分の運命が、それらに操られているなどとは思いたくなかった。
自分の運命は自分で決めたい。
ただ自分で決めるという事は重大な責任が生じてしまうため、決め倦ねている訳だが。


「(お父さんの跡を継ぐかどうか、決めなくちゃいけないのに……。多分、残り時間もそう多くない)」


父の跡を継いでも継がなくても、後悔してしまう事は目に見えている。
そしてどちらも重大な責任を要してしまうのだ。
それはエルゥの出生に秘密があって、決して逃れられない運命である。
父から受け継いだ血と、母から受け継いだ血。
その二つは、生きている限りエルゥの体に流れ続けてしまうのだから。

そうこう考えているうちに再び、エルゥに不吉な予感が襲い掛かる。


「! 皆さん、どこかに隠れましょう! 竜騎士が上空に迫っています」

「竜騎士が……!?」


元々が森の中で空からは発見され難いが、更に発見され難くする為に木々が深い方へ向かう。
馬は山の更に木々が深い方へ寄せ、自分達は草の下に隠れる。
そうして数分と経たないうちに上空に竜騎士が数人現れ、暫く偵察してから行ってしまった。


「……やれやれだな。レンバールから離れるか」


少しでも危険から離れ、またグラド軍へ一矢報いる機会を得る為、エフラム達はレンバールから離れてグラド領内を行く。
空はこんな状況とは裏腹に、恨めしいほど気持ち良く晴れ渡っていた。




−続く−


*back ×


戻る


- ナノ -