聖魔の娘
▽ 2


「しっかりしろ!!」

「……」


風が、吹き抜けて。
エルゥを襲おうとしたならず者が2人とも地に伏せて動かなくなった。
自分に掛かった影を見上げると、槍を構えた一人の青年の後ろ姿がある。
逆光で上手く見えなかったが、肩越しに振り返りエルゥを見詰める表情は、優しげだった。
その瞬間聴こえた馬の嘶きにそちらを見れば、赤い鎧と緑の鎧の二人の騎士がならず者を倒していて、やがて赤い鎧の騎士の馬に乗せられ、ミルラが助け出されて来た。


「ねえ……さま」

「ミルラ……!」


青年……少し青みがかった薄緑の髪をした彼に支えられながら、エルゥは立ち上がってミルラへと歩み寄った。
しっかり抱きしめ、ごめんね、と何度も繰り返す。
エルゥはミルラを抱き寄せたまま、青年と騎士へ礼を告げた。


「有難うございます、あなた方が来て下さらなかったら、どうなっていたか……」

「気にするな、俺達も偶然通りかかっただけなんだからな」

「全く、エフラム様もお人好しですよね〜。今から大変だって言うのに」

「慎めフォルデ!」


気にするな、と言う青年に赤い鎧の騎士がノンビリ突っ込み、緑の鎧の騎士が厳しく一喝する。
青年はそれを聞いて笑っているだけで、特に気にしてはいないようだ。
エルゥ達がグラド国外からやって来て連れとはぐれてしまった事を告げると、青年……エフラムは2人を隊へ連れ帰り、手当てをしてくれた。
信じて貰えるか不安だったのだが、エフラムは、あんな必死に妹を守ろうとする奴なら信じたいと周りを説得してくれる。


「エルゥとか言ったか。お前は自分の身が危ないのに、ギリギリまで妹の身を案じていた。そんな奴が嘘を吐くなんて思いたくないんだ」

「信じて下さって有難うございます。本当に、良かった……」

「俺にも妹が居るからな、今も無事でいてくれと願うばかりだ」


エフラムはルネスから来た王子で、常に側に控えている騎士は、赤い鎧がフォルデ、緑の鎧がカイルという事だった。
自分を信じて敵地で身分を明かしてくれたエフラムに対し、エルゥも誠意を見せる決意をした。


「あの、エフラム様。身分を明かして下さった代わりに、私も誠意をお見せします」

「うん? 何だ」


エルゥが少し屈むようにすると、着ている旅装のローブの背中から翼が生えて来る。
エフラムも、控えていたフォルデとカイルも、ただ唖然とするばかり。


「私と妹は人ではなく、古から大地と共に生きている……竜です」

「……まさか、本当に」

「はい。翼は、普段は小さくしているので周りには気付かれなくて」


だから、人に化けるのはとても容易なのだ。
化けるというより、ただ着替えるという感覚。


「うっわー、まさか本気で竜とは。えっらい拾いものしちゃいましたね」

「だから慎めと言っているだろう!」


フォルデとカイルのやり取りに、エフラムばかりでなくエルゥも微かな笑顔を見せた。
ミルラも表情は変わらないが、肩の力が幾らか抜けたような気がする。
やがて話も終わり、近くの村まで送るというエフラムにエルゥは首を振って提案を断る。


「何故だ? エルゥもミルラも軍装はしていないし、魔道書と翼さえ隠せば保護して貰う事だって可能な筈だが」

「私、助けて頂いたお礼に戦いに参加します。そうした方がいいから……ねぇ、ミルラ?」

「はい……ここで出会ったのも、何か大きな力のお導きでしょう。逆らう事は出来ません。それに…姉様は、とても強いですから」


ミルラの言う事は分からないが、エフラムの軍に魔道使いは居ない。
充分休んだエルゥの魔法を見ても戦力として頼もしそうなので、エフラムは協力を請う事にした。
ルネスとの連絡が途絶え、兵力も騎士が十数名となってしまった今、戦力の増強は正直に有り難い。
戦えないミルラだけは付近の村で迷子を装って保護して貰い、エルゥはエフラムの隊に参加した。


「フォルデ、残りの装備はどうだ?」

「かなりまずいですね。武器もそうですが、傷薬や食料が底をついています。近くの村から徴収すれば食料は何とかなりますが…」

「だめだ。いくら敵国領とはいえ、関係の無い民を巻き込む事は出来ない」


きっぱりと言い切ったエフラムに、エルゥは何か眩しいものを感じた。
戦いに身を置きながらも敵国の民まで労る。
それは決して余裕から来るものではないのに、フォルデもカイルも納得顔だ。

彼は信頼されている。
エルゥが参戦できたのも彼の口利きのおかげだ。
今まで信頼に足る行動を取って来たからこそ、周りもそれを認め、信じて彼に付いて来ている。
エフラムの祖国ルネスは随分と侵攻されているらしく、噂では王都は既に陥落したと言われている。
その噂はエルゥも逃げ回っている時に聞いた。
しかしエフラムは飽くまで父の無事を信じ、彼らが逃れる為の時間稼ぎに騒ぎを起こすようだ。


「カイル、偵察に出たオルソンからの連絡はまだか?」

「はっ、そろそろ戻られる頃かと……」


言い終わるや否や、白馬に乗った立派な武装のパラディンが現れる。
彼がオルソンらしいが……エルゥは彼を見た瞬間、ゾッとしてしまった。
なぜ、なぜパラディンであるらしい彼が、闇魔法の気配を身の回りに纏っているのだろうか……?
他の者は気付かないようだが、闇魔法を得意とするエルゥには、その禍々しさが伝わる。
闇の樹海に居た時に、グラドからの禍々しい気配を真っ先に感じ取ったのもエルゥだ。

彼からの、この気配。
エルゥはずっと昔に感じ取った事がある。
出どころは他ならぬ自分で……あれは、辛さや悲しさに押し潰され、耐えられなくなった時に……。

あの時、自分がやってしまった事は、あれは、

あれは……。


「……ところでエフラム様、この少女は一体?」


オルソンと彼に繋がる闇の事を考えていた所へ、突然話題を出されて心臓が跳ね上がるエルゥ。
そう言えば、敵国領内で仲間内の誰もが見知らぬ者が仲間になるなど怪しい事この上ない。
それを表すかのように、オルソンはエルゥに不信の眼差しを向けている。


「彼女はエルゥ、ついさっき我が隊に参戦して貰う事を決めた。闇魔道の使い手だ、戦力になると思うから宜しく頼む」

「エルゥです、これから宜しくお願いします」

「承知しました」


エフラムは信頼されているのだろうと、やはり彼が眩しく見えるエルゥ。
戦時中のこんな時に、少し説明するだけで納得させてしまうなんて、なかなか出来る事じゃない。
いつか嘘吐きとして、エフラムを騙す事になってしまうかもしれない自分とは余りにも大違いだ。

エフラム……ルネスの王子。
まさか、かつて魔王や魔物と戦った英雄の子孫と近付けるなんて、まさしく運命の導きだろう。
エルゥは、遂に、遙か昔から己に定められた運命の渦へ飛び込んでしまった事を実感し、闇の魔道書を強く抱き込んだ。




−続く−


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