聖魔の娘
▽ 3


ミルラが何かを言い掛けていたが、その前にエフラムがやって来た。
緊迫した様子が窺え、話は後で聞くわねとミルラを制する。


「どうしたのエフラム?」

「不審な船が近付いている。どうやら魔物が乗っているようだ」

「魔物が……!?」

「戦闘準備をしてくれ、ミルラは船室へ」

「分かったわ。行きましょうミルラ」

「……はい」


後方から寄って来る船は2隻。
霧が深い為よく見えないが、1隻は既に肉薄している。
不気味な羽ばたきの音も聞こえ、どうやらガーゴイル等の空を飛ぶ魔物も居る模様。
ここは天馬騎士のヴァネッサやターナ、新しく入った竜騎士のクーガーに活躍して貰う必要がある。


「船が来るぞ、構えろ!」


エフラムの声から間もなく、1隻の船が右側につき魔物が雪崩れ込んで来る。
霧の中の混戦となるが、魔物の外見は人と程遠い為、同士討ちの危険が無いのは不幸中の幸いだ。

シスターのナターシャが周囲を明るく照らす事の出来るトーチの杖を用い、後方から周囲を照らしてくれる。
また、目の利くコーマの存在も有り難い。
霧の中でも先の方を確認できる彼は、魔物の接近を忙しく仲間達に伝えていた。

そんな中、エルゥは魔物達の間を縫って幽霊船に乗り込んでいた。
もう1隻、幽霊船の右側につこうとしている船を警戒しての事。
自分は竜として恐れられているから魔物に攻撃されない、と主張し、自ら申し出た。
絶対に魔物の仲間だと疑われるだろうな……と思っていたが、ベスロンでの実績が功を奏し意外にもすんなり信じて貰えた。
あの水平の果てまで揺るがしそうな程の咆吼と、禍々しい程の威圧感から有り得ると思って貰えたようだ。


「(もう1隻の船……来たわ、あれも魔物の船なのかしら)」


船を着けられた瞬間、再びトーチの杖が使われエルゥの周囲が照らされた。
するとその船の甲板に2つの人影を発見する。
やや近寄ってその姿を確認した瞬間、息を飲んだ。
港町ベスロンで出会った妙な一行だ。
一人足りないが……ラーチェルとドズラ、だっただろうか。

あのトルバドールの少女は確か、エルゥを見て一瞬だが苦々しい反応を見せた。
また何か言われるのでは……と身構えていると、向こうがエルゥに気付く。
と、すぐこちらに馬を走らせて来たので、慌てて魔物溢れる幽霊船からもう1隻の船に乗り込んだ。


「まあ、あなたはベスロンでお会いした方ですわね」

「え、ええ」

「良かった、もう一度あなたにお会いしたかったの!」

「え?」


聞けば彼女、早く船を探そうと思っていた為、エルゥに失礼な態度を取ったのにアッサリ終わらせてしまった事を気にしていたらしい。
あの時は本当にごめんなさい、と申し訳なさそうに眉尻を下げた姿に、エルゥはいっそ微笑ましくなってしまう。
きっと心根の優しい少女なのだろう。


「もう気にしていませんから大丈夫ですよ。それより、あなたは何故ここに……?」

「わたくし、ラーチェルと申します。正義と秩序を守るため、ドズラ・レナックと共に魔物退治の旅をしておりますの」

「……1人足りないみたいですけど」

「レナックですわね。乗船前までは居たのに、どこで迷子になっているのかしら」


あの疲れ果てた様子からして逃げ出したとしか思えないが、一向にその答えが浮かばないようなので逆に黙っておく。
利害も一致している事だし、彼女は見た所、聖杖の心得があるトルバドール。
協力して貰えないかと提案しようとした時、霧の中から不気味な羽ばたきの音。
二人の前にガーゴイルが現れ、槍を振りかぶる。


「! 魔物ですわ! ドズラ!」


従者の名を呼ぶラーチェル。
彼が来る前に、戦う術を持たない彼女を庇うようにエルゥはガーゴイルの前に立ち塞がる。
すると奴はエルゥを前にぴたりと止まり、構えていた武器を下ろしてしまった。
そしてその隙を突き、エルゥは闇魔法で奴を屠る。


「空を飛ぶ魔物は厄介ね、あの、もっと船の中央へ……」

「今、魔物の動きが止まりましたわね?」

「え? あ、ええ。私、実は魔物に攻撃されない体質でして……」

「素晴らしいですわっ!!」

「!?」

「きっと神に祝福されし御使いなのでしょう! その力は魔を滅する為に得られたもののはず! わたくしの先輩に当たる方なのですね……!」


まるで演劇のような大仰な声音と動きで、祈るように手を組む彼女。
そんな動作と言葉も妙に似合ってしまうのだから不思議だ。
傍にやって来た戦士ドズラもうんうんと頷き、ラーチェルの感動を後押し……と言うか駄目押しする。


「えっと、あの、別に私は……」

「決めましたわ。わたくし、あなたに付いて行きます。是非お名前をお聞かせくださいな」

「……エルゥ、です」

「エルゥさんですわね。同じく神よりの使命を帯びた者同士、協力して魔物を成敗いたしましょう!」

「え、ええー……あの、その……」


すっかり圧倒されまともに言葉を交わす事が出来ない。
そうこうしていると背後から馬の蹄の音が聞こえ、振り返ればフォルデとカイル。


「二人とも、どうしたの?」

「エルゥがあんまり戻って来ないもんだから、エフラム様から助けに行けって命令されてさ」

「どうやら無事のようだな。ところでそちらは?」


疑問符を浮かべてラーチェル達を見る2人。
そんな騎士達の様子に、ラーチェルが目を見開いて。


「まあ。そう言えばあなた方、魔物退治をする美少女の噂、ご存知ないんですの?」

「さあ? 聞いた事ないな。カイルとエルゥは?」

「いいや、俺も聞いた事が無い」

「私も無いかな〜……」


そう答えると、突然ラーチェルが眩暈でもしたかのようにくらりと脱力した。
倒れると思い慌てて支えようとしたエルゥだったが、彼女はしっかりと馬に乗っている。
代わりにドズラが慌てた様子で支えたが、多分それは必要なかった。


「ラ、ラーチェル様、お気を確かに!」

「大丈夫、何でもありませんわ……。ですがわたくし、少し泣きたい気分ですの」

「こんな所で泣くと危ないですよ。見た所 聖杖の心得があるようですし、協力して貰えませんか?」

「それもそうですわね。わたくしの華麗なる活躍、よくご覧なさいな!」


立ち直りが早い。
逸って馬で駆けて行く彼女を、エルゥ達は慌てて追い掛ける。
すぐ後に、霧でよく見えない前方からラーチェルの声。


「エルゥさん、こちらにはまだ魔物が残っていますわ! 共に成敗いたしましょう!」

「は、はいはい分かりました、から、あまり1人で先走らないで……」


そんな会話を聞いて、フォルデとカイルは顔を見合わせる。


「エルゥお前、あの子と知り合いか?」

「さっき初対面を果たしたばっかりよ」

「随分と懐かれてしまったようだな」

「……懐かれた、で良いのかしら、あれ」


何はともあれ新しい戦力の協力もあり、魔物を殲滅した一同。
改めてラーチェルをエフラムに紹介すると、何やら彼に似ている女性と会った事があるとラーチェルは言う。
聞けば彼女、以前レンバール城を目指していたエイリークと会ったらしく、エフラムの口から名前を知った彼女は、それがルネス王女の名だと思い至ったようだ。
エフラムも身分を明かし事情を話すと、ラーチェルが今までの印象とは違う真剣な表情を見せた。


「まあ。でしたらわたくしもご一緒させて頂きますわ」

「だが俺達はグラドと正面からの戦を続ける事になる。これからもっと危険な戦いになるが……」

「覚悟はしておりますわ。驚かないで聞いて下さいな。実はわたくし……ロストン聖教国の聖王女ですの」


ロストン聖教国はジャハナの隣、大陸の北東部にある国だ。
確かに高貴そうな雰囲気が滲み出ており、普通の旅人には全く見えない。
何でも吟遊詩人の語るサーガに憧れ、お忍びの旅に出ていたのだとか。
それにしてもロストン聖教国の王女だったとは……。


「(じゃあ初めて会った時に、私を見た彼女が妙な反応をしたのって……)」


あの苦々しい表情。
彼女があんな反応をした理由は今なら完全に思い当たる。
神を崇め、神秘の力を崇め、信奉して駆使する聖なる国の王女。
清らかな彼女だからこそエルゥの闇が分かってしまったのだろう。


「(……私に関する真実を知ったら幻滅するでしょうね)」


少々勢いはあるが慕ってくれる彼女を可愛いと思ってしまった為に、その眼差しが嫌悪に変わる想像をすると気が滅入る。
エフラムは怖がらないようになると約束してくれたが、やはり自分は人に恐れられてしまう存在なのだから。
ちなみにエルゥも、自分が竜である事や、別に神から祝福された訳ではない事をきちんと説明したが。
その話を聞いたラーチェルは更なる正義の使命に燃え上がり、エルゥへの憧れを強めるだけだった。

誰かと、人間と仲良くなれるのは嬉しい。
それだけにいつか自分の正体が知られた時にどんな反応をされるか……本当に恐ろしい。

そんなエルゥの心など知る由も無く、晴れ渡った空の下、海を渡り切った船はタイゼル港に到着した。





−続く−


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