聖魔の娘
▽ 1


ターナとエルゥの活躍によりシューターを突破したエフラム達。
混戦の中 港町を駆け抜け、デュッセル将軍の元へ辿り着いた。


「デュッセル!」

「そなたは……エフラム殿か」

「何があったか訊きたいが、後だな。今はあなたの身を守らせて貰う。俺達と来てくれ」

「……わしは帝国三騎が一人、【黒曜石】のデュッセル。この名と陛下の存在こそわしの生きる糧であった」


それを失った今、もはや生きるつもりは無いと彼は言う。
やはりエフラムの想像は当たっていた。
この忠義に厚い男が皇帝からの信頼も大義も失う理由など、今の状況では一つしか思い当たらない。
戦に異を唱えた事で皇帝から忠義を疑われ、反逆者として名指しされた。


「だが全てを失ったとしても、最期までわしは帝国の臣でありたい。敵対するそなたの助力は受けぬ」


エフラムは苛立つ。
彼がこの戦に異を唱えるのは、国と主と臣民を思っての事に他ならない。
それなのになぜ、助かるかもしれない道を切り捨てようとするのか。


「ふざけるな! あなたの矜持はそれで保たれるかもしれない。しかし残される国は、民はどうなる!」

「……エフラム殿」

「皇帝ヴィガルドの乱心は俺も聞いている。だがここであなたが死んで、グラドは救われるのか?」

「……」

「生きるんだデュッセル。帝国の将であるあなたにとって、今のまま生きるのが死より辛い屈辱である事は分かっている。だがそれでも、生きるんだ。今のグラドには、あなたのような真の忠義者が必要だ!」


その真摯な言葉がデュッセルの胸を打つ。
皇帝の乱心、望まない戦、忠義を疑われ裏切られた事、それらがデュッセルに重く圧し掛かっていた。
だからと言って後の役目も希望も命も、全てを擲とうとしていたなど……。


「……承知した。この老体の命、そなたに預ける。これまでのグラドの悪行、我が身を以って償いとさせて貰おう」


こうしてデュッセル将軍と、追われる事も厭わず彼に付き従った騎士達が仲間になった。
さすがは帝国三騎と言うべきか、馬を駆る重騎士・グレートナイトである彼は破竹の勢いでグラド軍を撃破して行く。
それに遅れまいと自身も歩を進めるエフラムの元に、ミルラを伴ったエルゥがやって来る。


「エフラム、将軍は大丈夫だった?」

「エルゥ。彼なら何とか説得に応じてくれたよ。しかしもっと後ろに下がっていてくれ、ミルラも居るんだ」

「大丈夫、ちゃんと周囲には気を配っているわ。それより南の方にもう一隻、シューターを積んだ船が現れたみたい」

「! そうか、厄介だな……また君に頼んでも良いか?」

「そのつもりでここまで来たの。ミルラを誰かに預かって貰おうと……」

「シューター船の討伐なら俺にやらせてくれ」


突然、上空から知らない声が掛かった。
見上げれば一騎のドラゴンナイト。
グラドの増援かとエフラムが槍を構えると、デュッセルがやって来た。


「待ってくれエフラム殿。彼はクーガー。先程話して、我らに協力すると約束してくれた。信頼できる男だ」

「俺もデュッセル殿を討ち取るよう命じられここまで来たが、迷っていたんだ。お会いして確信できた。彼は紛れも無く帝国三騎のデュッセル将軍。国に仇為す裏切り者ではない」

「そうか……事情は分かったが君はドラゴンナイトだろう。竜騎士も天馬騎士同様、弓矢は弱点だと聞くが」

「あの距離なら一気に詰めて攻撃を仕掛けられる。あんた達に敵対するグラドからの寝返りだからな、これで少しでも信用して貰えると有難い」


デュッセルが信頼しているのなら受け入れるつもりのエフラムだが、そうする事で彼の荷が少しでも下りるならやって貰った方が良いだろう。
ぶわりと飛竜を舞い上がらせたクーガーは一直線に海上へと飛び去る。

エルゥは竜化するつもりで来たとは言ったが、それは飽くまで仕方なしに。
あの姿になるのは正直 気が進まないし、きっとミルラも怯えているだろうと思っていた。
そうならずに済む方法があって安心した。

やがてシューター船討伐の報を持ってクーガーが戻って来る。
そうなればもうエフラム達の進軍を阻むものは何も無い。
港町ベスロンのグラド軍を一掃し、改めてデュッセルから話を聞く事になった。
港の一角にあった砦で落ち着いたデュッセルは、目を細めてエフラムを見る。


「エフラム王子……立派になられたな。わしが槍を教えていた頃はまだ、負けん気だけの少年であったが」

「デュッセル、あなたの指導のお陰だ。そのあなたに何があったのか、詳しく教えてくれ」


デュッセルは躊躇った。
無理もない。
つい少し前まで帝国の将だったのだから、心まですぐに付いて行かないだろう。
ましてエフラム達は敵対している国の者。
だがそれも少しの間で、やがて話し始める。

皇帝ウィガルドはやはり、エフラムが知る通りの温厚な人物だった。
自国のみならず大陸全ての国の平和と幸福を望んでいたが、ある日を境に人が変わったという。
ルネスに大義の無い戦争を仕掛け、それに異を唱えようものならどんな忠臣であっても反逆者扱い。

デュッセルはそんな皇帝に命じられエフラムの討伐に向かう事になったが、皇帝はそこに補佐と言う名目で帝国将の一人、【蛍石】のセライナを同行させた。
その真の目的はデュッセルの監視。
無益な戦を避ける為にエフラムと話し合いたいと言ったデュッセルにセライナは反逆罪を宣告し、投降しなければこの場で処刑すると。
そこへエフラム達がやって来たという訳だ。
どうやらセライナ将軍は再び皇帝から命を受け、帝都へ戻って行ったらしいが。

右腕とも言うべき腹心のデュッセルに反逆罪を宣告するとは、いよいよ皇帝の乱心も深刻な事態。
皇帝の人が変わった時に何が起きたのか、デュッセルもはっきり把握できていない。
ただ一つ、それと時を同じくして皇子リオンと闇魔道士達が、魔術研究の末に【魔石】という宝石を誕生させたという。


「わしは武人ゆえ、魔術の類はよく分からぬが……あの【聖石】をも上回る力を持つものだという」


聖石……伝説の時代に魔王を封じたという石。
今も大陸の五国に奉じられており、グラドはその破壊を狙っていた。
同席して話を聞いていたエルゥとミルラは、闇魔道士達の研究の末に生み出されたという石に合点が行った。


「エフラム。私達が闇の樹海で南方……グラド帝都の方から感じていた禍々しい気配。あれは人の心に作用する性質の物だったわ」

「人の心に?」

「ええ。時にそれは、人を別人のように変えてしまう。理性を崩壊させたり、思考回路を余りに極端な方に振り切らせたり、思考そのものを変えてしまったり」

「では皇帝ヴィガルドの変化は、その禍々しい気配の影響という事か? 魔石とやらも無関係ではなさそうだな」


その魔石は帝都に居る皇子リオンが肌身離さず持っているという。
しかしそれでは、リオンにも魔石の影響が出ているのではないだろうか。


「デュッセル、リオンの様子は? 彼も人が変わってしまっているのか?」

「いや……皇子にその様子は見られなかったように思う。以前のお優しい皇子のままだった」

「そうか、それを聞いて安心した」


魔石が全ての元凶だと言うのなら、リオンと協力して皇帝ヴィガルドを救わなければ。

次の目的地は港町ベスロンの対岸、タイゼル港。
そこまでは海路を船で行く事になる。
後続のフレリア軍が船を手配してくれているそうなので、それまで休息を取る事になった。
一人で水平線の先を眺めていたエフラムの元へ、エルゥがやって来る。


「エフラム、お疲れ様」

「エルゥか。ミルラは?」

「結構な混戦の中に居たから疲れちゃったみたい。他の皆が居る所で休んでるわ」


× next#


戻る


- ナノ -