烈火の娘
▽ 3


私の居場所はあそこにあるのに、今の私では交ざれない。悲しい、寂しい。


「……!?」


え、なに、今の声!
誰かが喋った訳じゃない、まるでわたしの頭に直接響いたような声だった。
わたしが彼らに交ざりたいと思ったら聞こえて来た女の子の声。
もしかして居場所って、エリウッド様達の所?
じゃあ今の声の主は まさか……。


「エリアーデ、さん?」


自分かもしれないのに さん付けしてしまう。
だけどわたしとは何もかも違うんだよね? それってもう他人じゃないのかなあ。

エリウッド様の従妹……それならヘクトル様とも親交があったかもしれない。
もし仲が良かったなら、今の状況はエリアーデさんにとって辛いはず。
何の垣根も無かった親しい関係に、確かな壁が出来てしまったとしたら。

わたしまで悲しくなってしまい沈んだ顔でエリウッド様達を見ていると、ふと彼らがわたしに気付く。
逃げる事も出来ずに突っ立っていたら、こちらへ歩いて来た。


「アカネ、どうしたんだい? 何だか辛そうだね」

「え……」

「疲れたなら無理すんなよ、お前はエリウッドに似て昔から……」

「待ったヘクトル。今のところ彼女はまだ……」

「あ? ……ああ、そうか。すっかりエリアーデだと思い込んじまった。悪ィなアカネ、まだ確定はしてないんだったか」

「い、いえ」


エリウッド様はわたしをエリアーデさんだと確信しているけど、わたしが認めないからか、そこは気を遣って下さってる。
少なくとも“エリアーデ扱い”ではなく“アカネ扱い”はしてくれていた。

謎の声が聞こえた事が言い辛くて迷っていると、今 居るここがキアラン領だという事を思い出した。
リン達やお兄ちゃんの事を気にして辛い顔をしていた、という事にしておこう。
完全な嘘でもなく、本当に気になってたし。


「ここはキアラン領なんですよね。リン達どうしてるかなって思って」

「確かフレイエルに襲われて、何も言わず置き手紙だけで出て来たんだったね」

「はい。1年も一緒に居たから寂しくって。……お兄ちゃんに至っては生死すら分からないし……」


お兄ちゃんの笑顔を、優しく撫でてくれる手を、つい思い出したら泣けて来た。
やだなあ、大変な状況のエリウッド様達に余計な心配を掛けたくないのに。
頭に浮かぶお兄ちゃんの笑顔に合わせて楽しげな笑い声まで聞こえた気がして、とうとう わたしの目から涙が溢れてしまう。

……すると、誰かの手がわたしの頭に優しく乗せられた。
驚いて顔を上げたら、それはヘクトル様の手。


「元気出せよ。強ぇ兄貴なんだろ? 生きてるに決まってるじゃねぇか。妹のお前が信じてやらなくてどうすんだ」


髪の間に指を通して、頭にしっかり手が触れるけれど力加減は優しい、気持ちの良い撫で方。
あ、これ、よくお兄ちゃんがしてくれてた撫で方だ。
温もりを感じたら悲しみが薄れて、涙を拭って笑顔を向けた。


「えへへ……何だかヘクトル様、お兄ちゃんみたい」

「んん? 兄貴か……まあ悪くはねぇな。そんなに似てるか?」

「外見は似てませんけど。性格とか喋り方とか、撫で方が」

「撫で方って、また絶妙な所が似てるな」


おかしかったのか、笑顔になるヘクトル様。
その笑顔すらお兄ちゃんに似ているような気がして来る。
顔が似ているというよりは、笑い方がそっくり。

……その時。
わたしの体にゾワリと嫌な感じが走った。
そして急に明後日の方を向いたものだから、エリウッド様が怪訝な様子で訊ねて来る。


「アカネ? どうした」

「……誰か、襲われてる?」

「何だって!?」

「あっちの方……あ、悲鳴……」

「行ってみよう!」


ちょうど男性の悲鳴が聞こえ、そちらへ行ってみると中年男性が山賊に襲われていた。
もちろん見過ごせる訳は無い。
当然のように戦闘に入り、わたし達は仲間と共に山賊と戦う。
辺りはすっかり暗くなっていたけれど、夜目が利くマシューさんと、襲われていた男性がくれた松明に頼りながら敵を倒した。

助けた男性はマリナスという名前の商人さんで、ヘクトル様の提案により荷物の管理をするため同行してくれる事に。
なんでも貴族に仕えるのが長年の夢だったんだって。
嬉し泣きしているマリナスさんは見ていて微笑ましい。

一騒動あったけれど、近くの村に取った宿でようやく休める事になった。
疲れた。今日はけっこう移動した上に戦いの連続だったもんなあ……。
お兄ちゃんが居たら、頑張ったなって褒めてくれたかもしれない。
女子陣で纏まった部屋の中、ベッドでだらだらしているとレベッカが話し掛けて来た。


「ねえアカネ。さっきちょっと話が聞こえちゃったんだけど、お兄さんが行方不明なの?」

「うん。数日前にわたしを守ろうとして一人で敵に立ち向かって、それきり。あんなに強いお兄ちゃんが追い掛けて来ないなんて、もしかして……って思えて、怖いよ」

「そうだったんだ……。わたしもお兄ちゃんが行方不明なの。もう5年くらい」

「レベッカも……!? それも5年って、どうして」

「家出しちゃったの、わたしの幼馴染みと二人で。もう二人とも わたしの事なんて忘れちゃったのかな……」


泣きそうな顔で言うレベッカに言葉を掛けてあげられない。
忘れる訳なんか無いよと言えればよかったけれど、この世界で5年も帰らないなんて、命の保証も出来ないレベルじゃ……。
わたしがそうして困っているとセーラが割り込んで来る。
いつも通りの自信たっぷりの顔と声音で。


「あんた達ねー、何にせよ今はどうにもならないんだから暗い顔しないのっ! 考えても分かんない事を悲観したって疲れるだけでしょ、どうせなら良い方向に考えないと、健康に悪いわよ!」


……すごい説得力。
なるほど。セーラが元気なのは、この前向き精神のお陰なんだ。
元気過ぎてエルクとかマシューさんとか疲れさせてたみたいだけど。
レベッカと顔を見合わせ、おかしくなって二人で笑う。


「あはは、セーラが相変わらずでホントに安心した!」

「元気が出たなら、私を癒やしの聖女として讃えてくれたっていいのよ? 遠慮はしないで」

「レベッカ、お兄さんは生きてるよ。レベッカの事きっと忘れてないよ。わたしのお兄ちゃんだって、絶対に生きてる」

「うん。わたしも信じる。アカネもセーラもありがとう」

「さり気にスルーしたわね私の言葉……」


ちょっとジト目で拗ねたような口調のセーラも、やれやれと言いたげに溜め息を吐いて笑顔を浮かべた。

頼もしい仲間や大好きなお兄ちゃんと離れて、寂しくて辛いけれど、今もこうしてわたしを思いやってくれる仲間が居る。
そう実感すると勇気と希望が湧いて来た。
お兄ちゃんの無事を信じよう。
信じる事から始まる……お母さんが言っていた事を久し振りに反芻した。

明日は、ヘルマン様曰く全てを知っているらしいラウス候の領地へ向かう。
エリアーデさん一家の事に関しても何か分かれば良いな。
気持ちを新たにして、わたしはこれからの事に思いを馳せた。




−続く−




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