烈火の娘
▽ 2


陣形を出来るだけ崩さないよう進軍。
やがて少し大きめの川とそれに掛かる橋の辺りまで来た時、突然近くの砦から増援が現れて陣形の隙を突いた。
すぐに陣形が崩され、真っ先に狙われたのは戦闘力の無いセーラ。


「ちょ、ちょっと来ないでよっ!」

「セーラ!」


わたしはセーラに駆け寄りながらファイアーの魔道書を構える。
……だけどセーラを狙ったと思った敵は、ぴたりと足を止めた。
わたしと同じくらいの年齢に見える男の子だ。
あの格好、リンの格好に似てる。サカの人なのかな。


「なんだよ、丸腰の女まで居るなんてやり辛すぎだろ……。いくら仕事を選り好み出来ないからって、やっぱりあんな奴らに雇われたのはマズかったか?」

「あの、あなたはわたし達の敵……で、いいの?」

「……そうみたいだな。なあ、悪い事は言わないから立ち去れよ、今なら知らない振りしてやれるから」

「気遣いは嬉しいけど、わたし達はやる事があるの。領主様のお城へ行かなきゃ」


言って魔道書を構えると、彼も観念したように剣を構える。
お互いに隙を窺って動かない……けど、ふとわたしの背後から、この場にそぐわない明るい声が聞こえて来た。
マシューさんの声だ。


「あれ? お前ギィじゃないか!」

「あ、あんた、マシュー!?」


え、知り合い?
明るい顔をしているマシューさんとは裏腹に、ギィと呼ばれた男の子は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
うーん、穏やかな関係じゃなさそう。


「久し振りだな、おい! 剣の扱いはマシになったか?」

「……言っとくけど馴れ合いは無しだからな。今のおれとあんたは敵同士なんだ」

「勇ましいな、ギィ。それじゃあ……あん時の貸しでも払って貰おうか?」


ニィッ、といたずらが成功した子供のような笑みを浮かべるマシューさん。
するとギィの顔が更に引き攣ってしまった。
どうやら行き倒れていたギィにマシューさんが食べ物を恵んであげたみたい。
……お腹を空かせたギィの目の前でこれ見よがしにお肉を焼いて、『何でも言うことを聞く』と言ったら食べさせてあげると言って……。
ひ、卑怯者だ……!


「サカの民は嘘吐かないんだよな、ギィ?」


その一言が決定打。
ヤケになったギィはすぐさま目標をわたし達からサンタルス兵に変更。
突然の事に虚を突かれ、敵兵達は少しずつ指揮系統が乱れ始める。
っていうかギィ強いなあ、あの素早さはリンを思い出す。
サカ人って身軽な人が多いんだろうか。

わたし達はその勢いのまま城門に陣取っていた重騎士を倒し、城内へ。
ヘルマン様の名を呼びながら走り回り、とある一室で彼を発見する。
だけどお腹に怪我をしているらしいヘルマン様は大量に失血していて、もう息も絶え絶えな状態だった。

ヘルマン様は泣きそうな顔で自分を抱き起こしたエリウッド様に、消え入りそうな声で謝罪を口にする。


「すまぬ、エリウッド……わしがダーレンの事を、エルバートに話したりせねば……こんな……事……には……」

「喋ってはいけません! 今、治療を……!」

「……ラウスへ行くのだ。ダーレンなら、全てを……知っている……。黒い……牙に、気を、付け……」


震えていた声も体も、そこで動かなくなった。
だけどその表情は思ったより安らかで……エリウッド様の無事を確認できて安心したんだろうか。
サンタルスの兵士達がおかしかったのは この人のせい?
でも何だか違和感がある。
今 会ったばかりなのに、ヘルマン様はそんな事をする人じゃないと分かる。
エリウッド様を見る目も、まるで息子を見るかのような目で……。

……ちょっと待って。
ヘルマン様、最期に何て仰った?

【黒い牙】って、言ったような……。
ブルガルでわたしを殺そうとし、(未確定だけど)ニニアンとニルスを襲った集団。
ここでも名前が出るの? 一体何だっていうの……!

わたしがぐるぐると考えている間に、エリウッド様は指示を仰いで来た城仕えの人達に、ヘルマン様を手厚く葬って差し上げるよう言った。
遺体は丁重にベッドへ横たえられ、エリウッド様が目を閉じて祈っている。
遠巻きな位置ではあるけれど、わたしも目を閉じて心の中で祈った。

そうこうしていると、マシューさんがヘクトル様の所へ。
周辺で情報収集をして来たようで、ローブで全身を覆った怪しい人がお城へ頻繁に出入りしていたらしい。
エリウッド様とヘクトル様は沈んだ顔で話し合う。


「ヘルマン様は【黒い牙】に気を付けろと仰っていたが、何の事だろう」

「心当たりならあるぜ、確かベルンを根城にしてる暗殺集団の名がそれだ。その不審人物が黒い牙の一員だって可能性もある」

「そんな集団が関わっているかもしれないなんて……父上……」


……言っておいた方が良いよね、わたしも襲われたって事。
今回の件には関係ないかもしれないけど、同行させて頂くんだし、また会ったら襲われるかもしれないんだから……。


「あの、エリウッド様、ヘクトル様。わたし黒い牙の人達に殺されかけた事があります」

「何だって……!?」

「サカにあるブルガルという街で、このペンダントを目印に襲って来たみたいで……」


わたしが服の下から真っ赤な真円のペンダントを取り出して見せると、エリウッド様とヘクトル様が驚いたように目を見開く。


「あの、どうされました?」

「……そのペンダント、エリアーデが肌身離さず持っていた物なんだ」

「えっ」

「同じ物があるかもしれないから、断言は出来ないけど……」


断言できないにしても、わたしがエリアーデさんかもしれない疑惑が高まっている今、エリアーデさんの物だと考えるのが自然だよね。
……なんか、頭がぼうっとする。夢の中にでも居るみたい。


「おい、やっぱりマジでコイツがエリアーデなのか? 話が本当なら、エリアーデは黒い牙に狙われてるって事じゃねえか!」

「父上だけでなく、叔父上一家の失踪にも黒い牙が関わっているかもしれない……? ヘルマン様はラウス候ダーレン殿が全てを知っていると仰っていた。ラウスへ行こう!」


こうしてわたし達は、すぐさまサンタルス城を後にした。
サンタルスとラウスの間にはキアラン領の端部分が少しだけ挟まっている。
そこに足を踏み入れた時にはすっかり日が暮れてしまい、近くの村で宿を取る事に。

エリウッド様がマーカスさんに宿の手配を頼み、それを待つ間に川沿いをぶらぶらする。
ふと近くを見ると、エリウッド様とヘクトル様が何やら談笑してる。
楽しげに喋り、時にふざけ合って笑っている彼らを見ていると、何故か無性に交ざりたくなってしまった。

だけど彼らは貴族。どうにも遠慮が出て近付けない。
あのお二人ならきっと、身分差なんて気にせず気さくに応対して下さるだろうけれど、それでも気後れしてしまう心はどうにもならない。


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